そうして天使は別れを告げられた
男性視点です
イメージ変わるかもしれません、ご注意ください(>_<)
「はあ・・・」
隣から大きな溜息が聞こえてきたので、条件反射で殴ってしまった。
「ってえなあ!突然殴ってんじゃねーよ!」
「うるさい黙れ」
なんて絶対零度の眼差しなんだ、こいつ本当に人間か・・・?
なんてことをぼやいているアホをもう一度殴ろうとして避けられた。
「ちっ」
「なんて忌々しい顔してんだ!親の敵を見るような目で親友を睨んでんじゃねえよ!」
「うるさいと言ってるだろう、それから俺のことを親友呼ばわりするなこの勘違い野郎」
「ひでー!ひどすぎる!なんてやつだ!もういい!俺には好きな女には冷たい態度とっちゃうウブな親友がいるんだと学校中に広めてやる!」
「殺す」
「ぎゃー!急所を狙って一撃で仕留めようとするのはやめてー!」
床に沈めたバカを無視して、全く進んでいない目の前の宿題へと向き直った。
「ぜんぜん進んでねーじゃん、学校一の秀才がどうしたんだよ。早く終わらせて写させてくれないと、帰れねえじゃねえか。この宿題明日提出なんだぜ」
「立ち直りの速い奴だな。そんなところだけは尊敬するよ。それと課題は終わっても見せない」
「えええええ!?なんか褒められてんのかけなされてんのかわからないし!あと課題見せてくださいお願いします」
「プライドの欠片もないのかお前には。すぐ土下座する癖やめろ。それか一生俺の視界に入るな、目障りだ」
「いつもに増して辛辣~、怖い~。もう、ため息が出るぜ」
「ぶっ殺すぞ」
「そこまで!俺のため息はそこまで罪なのか!」
ひと睨みくれてやったら、バカはやっと大人しく自分の課題を始めだした。
罪に決まっているだろ。
ため息をこぼすと、妖精が死ぬのだから。
―――――――
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
自分が世の中の平均より、少し裕福な生活を送っていることを自覚したのは、椎名に出会ってからだ。
小学校に上がる頃、母親がどうしても俺に通わせたい学校があるからと家を引っ越した。
マンション暮らしが一戸建てになったところで、今までもそれからも暮らしていくことに関して不憫に思ったことはなかった。
椎名は階段がギシギシ音を立てる、今にも壊れるんじゃないかと思うくらい古いアパートに住んでいた。
たまたま隣のそのアパートに母親の友人が暮らしていて、その子供が椎名だった。
真っ黒の髪のおかっぱ頭で、一重の大きな目をキョトンとさせて、その女の子はじっと俺を見ていた。
俺が来ている母親の好みのブランド物の服に目を向けて、自分の服に視線を落とした。
次の瞬間耳まで真っ赤にして、洗いすぎて柄の消えかかっているワンピースの裾をギュッと握った。
細くて小さい女の子が、ますます小さく見えて。
気づいたら目の前まで歩み寄っていて、無意識に頭を撫でていた。
女の子はびっくりして大きな目を見開き、花が咲いたようなかわいい笑顔を浮かべたのだ。
衝撃だった。
こんな可愛らしい生き物がいるのかと思って。
どうしてかこれは俺が守らないといけないのだと思った。
その後何度も椎名と椎名の母親はうちにやって来た。
しかし椎名はいつも放置され、俺は母親たちに捕まっていた。
常日頃俺の母親は、俺があまり親に甘えないことを嘆いているのだが、椎名も親に甘えない子供だった。
それは、俺がどこか冷めたガキだったのとは違い、椎名の母親が椎名が甘える事を極端に嫌ったからだ。
椎名は自分の容姿が他人より劣っていると思っている。
綺麗なものや可愛いものが好きな母親が自分に興味を示さないのは、自分が可愛らしくないからだと思っている。
椎名が思っているほど椎名の容姿はひどいものではない。
それどころか、整った綺麗な顔立ちをしている。
母親たちの会話によると、椎名の母は父に浮気されて離婚したらしい。
椎名の母親と椎名はあまり似ていない。
なら、椎名は父親似なのだろう。
椎名の母親が椎名に冷たく当たるのは、椎名が父親に似ているからなのだと思う。
そうじゃないかと椎名に言ってみたことがあるが、椎名は悲しそうに笑ってみせただけだった。
俺の言葉を信じないのは、椎名の母親が俺に構うからだと気づいてからは、俺は椎名の母親を避けるようになった。
俺を褒める椎名の母親を見た椎名が、いつも悲しそうな寂しそうな顔をするのを見ていられなくなったから。
椎名の母親は悲劇のヒロイン気取りの女だった。
高校時代からの友人だと言っておきながら今まで俺の母親と連絡をたっていたのは、自分のこれまでの境遇があまりにも惨めで、こんな自分では会いに行けなかったからだと言う。
母親同士の会話は、正直不愉快以外のないものでもなかった。
俺の母親は可哀想な友人にどうしても肩入れしてしまうらしく、父親似の椎名をどこか遠巻きに見ているふしがある。
椎名の母親の椎名に対する扱いに腑に落ちない気持ちを抱いてる様子も感じる。
だが、自分の結婚時に親と揉めて、荒れた時期を乗り越え、現在思い描いていた家庭を手に入れている母は、自分が体験した苦労を椎名の母親に重ね合わせているのかもしれない。
幸せになれなかった友人しか目に入らないのだ。
仕方ないことなのかもしれない。
金がある家にも、生きにくい世界がある。
母親は、自分を守るために自分を巡る世界から鈍くなるしかなかった。
だから、仕方ない。
ひとりぼっちでいるしかない椎名が、一番弱い存在であることに気がつかないとしても。
母親が椎名と雑なコミュニケーションしかとってこなかったためか、幼い頃の椎名は他人と話すことが苦手で、なかなか友達も作れなかった。
出会った当初、椎名は俺の名前をうまく話せなかった。
「よーしくん」
「ちがう、ようじ」
「よー、し?」
「ちがう、ようじ」
そのうち諦めて俺のことを、ようちゃんと呼ぶようになった。
だから俺は、椎名のことをしいと呼ぶようにした。
「しー?妖精のことかい?」
父親にぽろっと、しいのところに行ってくるとこぼした時だ。
親の前では椎名のことは苗字で呼ぶようにしていたので、父は『しい』が誰のことかわからなかったようで。
「妖精?」
「そうだよ、ケルト語で、sheeは妖精って意味なんだよ」
妖精。
その言葉が、椎名と重なってピタリとはまった。
妖精みたいに、小さくて可愛くて、守ってあげないといけない弱い女の子。
今世紀最大の発見をしたような激震を受けた。
しかし朗らかな笑みを浮かべた父親の次の一言はさらなる爆弾を落とした。
「ため息を吐く度に妖精が死ぬらしいぞ」
俺は死んでもため息はつかないと決めた。
体が弱く、よく熱を出して寝たきりになる椎名に対して、死という言葉はそう遠い意味でないこと気がした。
だから、余計怖かった。
何がきっかけでそんな話になったかは忘れてしまったが、どうして俺のことをちゃん付けで呼ぶのかと椎名に聞いたことがある。
椎名から、女の子同士でそのように呼び合っているのを見て羨ましくなった、と聞いたときは、ものすごく腹が立ってその呼び方をするのを禁止した。
椎名が女の子の友達が欲しかったことは知っていた。
それにもひどく嫉妬して、俺はますます椎名と遊ぶようになった。
それが独占欲だと気がついたのは、中学に上がった頃だった。
エスカレーター式に私立中学に入学した俺と違い、椎名は地元の公立中学に入学した。
椎名は、急に大人びていった。
おかっぱ頭はサラサラのロングヘアーになり、小さい顔に大きな一重の目と小さな口が収まっている。
化粧っけはないものの、スラリと伸びた足や体つきが、子供だと思っていた椎名をどうしても意識させた。
認めるしかなかった。
俺は、椎名が好きだ。
しかし、未だに他人との距離感がつかめず友達の少ない椎名に、この想いを伝えて椎名を困らせたくなかった。
何より、今の関係を崩したくなかった。
隠そうとそればするほど、今まで自分がどのように椎名と接してきたのかわからなくなりだし、冷たい態度をとってしまい。
気がついたときには後の祭りで、椎名は俺と距離を取り出していた。
高校生になり、今の関係をいい方向へどうにか改善したいと考えていた折、小学生の頃からの腐れ縁から厄介事を持ちかけられた。
「なあ、俺の彼女が変な男にストーカーされてるらしんだよ、助けてやってくれないかな」
「やっと自覚したのか、なら彼女のために即刻この世から消え失せろ」
「ちげえ!俺じゃねえ!俺はストーカーなんかしてねええ」
「何が違うんだ。恋人でもないくせに彼氏気取りで四六時中張り付いて、一日中彼女の話をしてるような変態はお前が」
「付き合ってあげてもいいよって!やっと!やっと色よい返事をもらえたんだ!その条件が、つきまとってくる男を追い払えたらってことなんだ!」
「つまり遠まわしにフラれたんだろ」
「ちがうっつーの!俺じゃないっつーの!そしてフラれたって言うな!泣くぞ!」
「やめろ。・・・1億歩譲ってお前じゃないとして、なんで俺がそのストーカーを追い払わないといけないんだ」
ため息がこぼれそうになるのをなんとか耐えた。
さすが俺の親友!と言う目の前のうっとおしい男の話をさっさと終わらせることにする。
しかし、聞くだけのつもりだったそれは否応なしに関わり合いにならなくてはいけなくなった。
そのストーカーというのは、腐れ縁の狙っている彼女のみならず、いろんな女の子を狙っているらしく。
標的にされている女の子の中に椎名がいるらしい。
ゾッとした。
ストーカーは、ストーキングに失敗し腐れ縁の彼女の前に姿を現し、駆け出して逃げていった際に写真を落としていった。
その写真に写っていたのが、椎名だったのだ。
腐れ縁とその予約彼女は、二人とも椎名のことを知っている。
(ちなみになんで彼女も椎名のことを知っているのかというと、腐れ縁が彼女との会話のネタに俺たちのことを話しているからだ。)
この程度のことでは警察は動いてくれない。
俺は二つ返事でこの件を引き受けた。
「あの時のお前の顔は悪魔のようだった・・・」
後になって自称親友は顔を青くして震えながらそう語った。
そうそう親を頼らない俺が助力を乞うたことが珍しかったのだろう、父親は面白そうに協力してくれた。
天然わがままな母に惚れ込んでいる策士で腹黒な父親は、基本的に放任主義だ。
家の権力を何に使うのかや、息子が首を突っ込んでいる内容を聞いてくることはなかった。
親の権力や金の力に縋るのは常ならしたくないのだが、椎名が絡むなら別だ。
使えるものは全て使うのみ。
ストーカー退治はそう難しいことではなかった。
ストーカーの身元調査をその筋の職業人に依頼し、麻薬の前科があることが分かり、現在も麻薬中毒者であることがわかった。
ひと月もかからず、ストーカーは逮捕された。
逮捕に行き着くまでに、ストーカーが二度とそのような行為に及ばないよう、色々行ったのだが、たいしたことではない。
自称親友は、このことは墓場まで持っていくからと震えていたが、たいしたことではない。
彼氏気取りの態度に失笑させられ、相手にされていない様子に嘲笑がもれ、お前もじゃねえかという小声に、危うく犯罪者になりそうなことも何度かあったが、つつがなく計画は進み無事解決を遂げた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
父親の発言に心臓が止まりそうになったのは2回目である。
「妖精ちゃんからお姫様に乗り換えたのかい?ぼくの息子は面食いで困る。そんなところは僕に似たんだから。でも、女性は見かけじゃないからね、僕みたいに性格もいい女性を選ぶんだよ」
何をわけのわからないことを言っているのかと問い詰めたところ、俺が腐れ縁の彼女と二人で一緒にいるところを母親が何度か目撃したらしい。
おかしい。というか、二人きりではない。
馬鹿が、馬鹿が一緒にいたはずだ。
・・・最悪だ。
母親に知られたってことは、誤情報はまず間違いなく椎名の母親にも広まってる。
そうなると、きっと椎名も知っているはずだ。
あのバカは彼女の眼中に入らないどころが、一般大衆の目にも映らないのか。
馬鹿な上になんて役立たずな野郎だ!
いてもたってもいられなくなり、何年も通い続けている古いアパートへと向かった。
インターフォンを押すも、静まり返って物音一つしない。
時間帯的にも椎名は家にいるはずだ。
別の不安が沸き起こる。
もらった合鍵でドアを開けて中に入る。
椎名は一度体調を崩すとひどく寝込む。
椎名の母親は何もしない、できるなら俺が看病してやりたい。
なので、ほぼ無理やり合鍵を受け取った。
部屋に上がり込むと、案の定椎名は布団にも入らず部屋の真ん中で丸まって苦しんでいた。
背中に腕を差し込んで軽い体を持ち上げ、椎名の部屋に運び布団の上に下ろす。
携帯が着信を知らせる。
母からだった。椎名の母と2人で出かけていたのだが、椎名の母が忘れ物をしたので一度家に帰ってからもう一度でかけてくる、という内容だった。
椎名の母親がここへ帰ってくる。
舌打ちが出た。
自分の一人娘が苦しんでいるくせに、何かと耀司に構おうとする態度は、耀司たちが高校生になった今でも変わっていない。
知らぬ間に眠っていた。
対して長い時間でもなかったので、椎名の母はまだ帰ってきていないらしい。
うとうとして苦しそうな椎名の傍にいてやりたいのは山々だが、もうすぐ母親が帰ってくる。なら、一度家を出て椎名の母親がいなくなった時にもう一度様子を見に来る方が懸命だ。
謝り続ける椎名を見ていられなくて、ついそっけない態度をとってしまう。
そうして、愚かにも先ほどまで懸念していた事柄をすっかり忘れてしまっていた。
なんとなくわかっていた。
もう、こんな中途半端な関係は続けられないのだと。
椎名は、椎名から何もかも奪ってしまう。俺のことを、きっと心のどこかでは嫌っているのかもしれないと思っていた。
それでも、怖がられても傍にいさせてくれるうちは、まだやり直せるのだと思っていた。
椎名は、どんなに辛く悲しい状況でも泣かなかった。
だから、俺が椎名の泣く姿を見るのはそれが初めてだった。
もう大丈夫だと、そう妖精は泣く。
俺はもう、君の世界には必要ないのだと、そう告げられた。
妖精うんぬんについては
Wikipedia参照です(´ー`)
適当です、すみません(´-`)