ブルー・バレンタイン
今回ばかりは、やばいかも知れない。
ゴレンレッドこと赤井 正義は、歯を食いしばりつつ周囲の惨状を見まわした。
赤井のすぐそばで片膝をついているのは、ゴレンピンクこと美山桃子。その顔には疲労が濃く、普段の快活さは影を潜めてしまっている。
少し離れたところで大の字になって倒れているのは、ゴレンイエローこと黄瀬大和。120キロ越えの巨体が苦しげに震えている。その黄瀬の肩を揺すり健気に励ましているのは、ゴレングリーンこと細川みどり。唯一無事に見える彼女も、黄瀬のことで手一杯でとても戦えるとは思えない。
そしてブルー。
そう、ゴレンブルーこと青島 一人は…。
「どうした赤井?いつもの元気がないな。早く立ち上がらないと吹っ飛ぶぞ?」
冷たい水のような笑い声が響く。
四人の前に立った青島は、愛用の二挺拳銃を油断なく構えていた。照準の先に赤井と黄瀬を捉えて。
「くっ…何故だ青島!本気なのか!?」
不自然に体をねじった姿勢のまま赤井は叫ぶが、青島はピクリとも反応を示さない。
「やめてよ青島君、私たち仲間でしょ!?」
桃子の呼びかけも耳に入らぬかのように、青島は平然と彼女らを見下す。
「お~い…あおしま~…まだまにあう~…やめろ~…」
切れ切れに説得する黄瀬の声も、やはり届かない。
「青島…君。どうして…?どうしてこんな酷いことするの?」
「…酷い事、だって…?」
嘆願するようなみどりの声に、青島の視線が初めて動く。だがその顔に浮かんだのは、どこまでも暗い憤怒の形相だった。
「本当に酷いことをしたのはどっちかも、まだわかってないんだね。みどりさん…」
虚ろな声で呼びかけられ、みどりの体が強張る。視線を逸らしたくなるようなプレッシャーをなんとか受け止め、みどりは青島を見つめて言った。
「わ、私たちがなにか悪いことをしたなら謝るよ!だから、だから黄瀬君に…きーくんに銃を向けないで!」
プチッ
何かが切れる音が、やけに大きく響いた。
「それが許せねぇって言ってんだよおおおぉ!!」
声と同時に、青島の手の銃が跳ねた。感情に任せた射撃は狙いが逸れ、赤井と黄瀬の周りに無数の弾痕が穿たれる。熱線が赤井の鼻先を掠め、背後の壁に突き刺さる。
十数秒後、青島がトリガーから指を離した時には、優に百発以上の穴が周囲に開けれられていた。誰にも当たらなかったのは奇跡に近いだろう。
「はぁ…はぁ…お前ら…今日が何の日か言ってみろ!!」
血走った眼の青島が唸るように声を上げる。
「え?ハッピーバレンタイン?」
「なにがハッピーだあぁ!!」
即座に放たれた一発が赤井の眉間を直撃する。戦闘スーツの耐熱コーティングと特殊素材の被膜が溶け、素肌が露出したぎりぎりのところで熱線が消滅する。
「…あ、あぶねぇ…」
「そうだよ!今日はあの忌々しいバレンタインだよ!で!!」
銃を構えなおして、青島が怒鳴る。
「お前らは何やってんだよ!!?」
一瞬の沈黙。青島以外の四人は顔を見合わせる。
「何?と言われても…バレンタインパーティーだよ?」
探るようにゆっくりと、桃子が答える。
「赤井君の提案で、みんなで集まって遊ぼうぜって。青島君のところにもメール来たでしょ?」
「ああ、来たよ。だからわざわざやってきたんだよ。で!!!お前と赤井は何やってんだよ!?」
「「え?」」
赤井と桃子は疑問の声を合わせつつ自分たちの周りを見やる。先ほどの銃撃で所々に穴が開いたシートが、二人の下に敷かれている。それに描かれた赤や青などのカラフルな円の上に、二人の手や足が絡まるようにしつつ乗っている。
「何って…ツイスターゲームだよ」
「青島知らねーの?ツイスターゲームってのはな、二人でこのシートの上に立ってだな、指定された色のところに手やあs」
「やかましいわ!!!」
銃撃。赤井のおでこの穴が一個増える。
「それぐらい知ってるよ赤野郎!!俺が言いたいのは、なんでこんなもの使ってるんだってことだよ!!こういうのは恋人同士とかで遊ぶのが定番だろうが!!」
「だって、私と赤井君って恋人同士だし」
「うんうん。戦友&恋人のダブル絆のパワーで、倒れることなく絡まりあいながら俺たちのツイスターゲームはまだまd」
二連銃撃。現在の穴数四個。
「お前らがつきあってるってのは最初から知ってる。だがまあ、それはいい。五人中二人がカップルぐらいなら大目に見てやろう、このふざけたゲームもな。だがな!!」
青島は放置していた黄瀬の方に視線を向け、鋭く言い放つ。
「黄瀬ェ!!!てめぇは何をしている!!」
「え~…ツイスタ~ゲ~ムの罰ゲ~ムで、腹筋~…」
「寝転がってるだけだろうが!!しかもそんなことは聞いていない!!てめぇこのカレー野郎、いつの間にみどりさんをたぶらかしやがった!!?」
「え~と…二か月ぐらい前かなぁ…」
相変わらず大の字になって天井をみつめながら、スローペースで黄瀬が答える。
「みどりんが『髪の毛を切りすぎた~失敗した~』って言っててさ…『そんなことないよ、かわいいよ~』って僕が言ったらさ~…『黄瀬君もいつもかわいいよね~』って言われてさ~…」
「だって、きーくんっていつものんびりしてて、プーさんみたいじゃないですか。かわいらしいですよね、桃子さん?」
「うーん、まぁ安心感はあるかもね。私は赤井君のほうがいいけど」
「桃子さんはきーくんの素晴らしさを知らないんですよ。きーくんってお腹もぷにぷにでとっても気持ちいいんですよ?この前二人でお昼寝を」
バキャッ
無機質な破壊音に四人が視線を向けると、青島が自らの拳銃を握りつぶしていた。銃の破片を手からこぼしつつ、青島はゆっくりと背中に手を回す。
次の瞬間、その手には怪人爆破用のレーザーバズーカが握られていた。
「弾倉確認…味方識別オフ…目標人数4…炉心安定…チャージ開始…」
「ま、待て青島!落ち着け!落ち着けって!」
ぶつぶつ呟きつつ射撃体勢に移行する青島に赤井が必死に声をかけるが、虚ろな目には既に理性の光が無い。
「ターゲットをセンターに入れてスイッチ…当たらなければどうということはない?…じゃあ当たったら?…」
「ちょ、本格的にまずいって!桃子、ちょっとどいてくれ!」
「そんな、急に言われても、赤井君の体が邪魔で…!」
「き、きーくん、逃げるよ!」
「…立てな~い…みどりん手伝って~…」
ようやく危機感を持った四人が右往左往する中、致死の光が砲身に集まり、輝きが増す。
「ふふふ…カップル二組に俺一人…のろけ話…バカップル…きーくん…彼氏彼女自慢…リア充…爆発四散…!」
ピーッ
チャージ完了、発射準備完了の警告音が、青島の脳内を残響する。
「死ッ…!」
殺意が引き金を引かせる、その寸前。
虚空から現れた峰の一撃が、青島の後頭部を打った。
取り落とされたレーザーバズーカは下に落ち、地面で跳ねると同時にその衝撃で発射される。
解放されたエネルギーは家の壁を貫き、近隣の建造物をも巻き添えにしつつ、空の彼方へ吸い込まれるように消えて行った。
「げっほ、げほ…桃子、無事か!?」
崩れそうな家の中、もうもうと立ち上る煙に咳き込みつつ赤井は自分の恋人に尋ねる。
「ええ、私は平気。みどりー、あんた達はー?」
「私もきーくんも無事でーす!ほらきーくん、危ないからそろそろ立って!引っ張るよ!」
「ありがと、みどりん~…なにがどうなったの?」
「なんか、誰かが急に青島君を後ろから気絶させたんだよ。…煙でなにも見えないけど」
四人は青島のいた方向を向いて黙る。やがて煙が落ち着き、二人の人影が浮かびあがる。
「危ないところだったね」
気絶した青島を肩に担ぎつつ、腰に剣を履いた銀色の女が言った。
「ああ、銀姉さんだったのか!」
銀色の女、ゴレンシルバーこと、銀糸ひかり。男一人の体重を支えつつも顔色一つ変えず、小首をかしげる。
「なんか負のオーラを感じたから寄ってみたんだけど、仲間割れの真っ最中だったのかい?」
「いえ、それが」
4人がこれまでの経緯を説明すると、銀糸は形のいい眉をひそめた。
「そりゃ、この青君も怒るよ。カップル二組に挟まれてツイスターゲームなんて馬鹿馬鹿しくてやってられないさね。しかも自分の惚れてた女がいつのまにか取られていたとか、可哀想に。バズーカのひとつぐらい撃たせてやれば良かったかねぇ」
「いやいや、撃たれたら俺たち死んじゃいますから」
「とにかくあんたらも、これからは独り身のことも気を使うようにするんだよ。戦闘中にいちゃつくとかしたらあたしが叩っ斬るからね。」
言いたいことを言うと、銀糸は地面に青島を下す。
「…う…頭が…」
「お、起きたかい?」
頭を押さえて呻く青島に、銀糸はニッと笑いかける。
「青君も災難だったね。バレンタインデーにカップルのいちゃつきばかり見せられてさ」
「…ああ、銀糸さん。僕は一体…?」
「覚えてないのかい?まあいいや、忘れちまいな。あんたなかなか男前なんだから、彼女ぐらいできるって。いつまでもひがんでないでがんばりなよ」
「あ、ありがとうございます…」
「よっし、そんじゃ!」
銀糸は軽く手を振ると、来た時と同じように忽然と姿を消した。
「ほんと、銀姉さんは気ままだなぁ。興味のあることには首を突っ込んで、すぐに消える」
「でも今回は助けに来てくれて良かったよ。青島君も元の青島君に戻ったみたいだし」
「青島君、さっきはごめんね。ちょっと無神経だったね、私たち」
「?なにがです、みどりさん?」
「あおしま~、僕とみどりんが付き合ってるって知ってる~?」
(ちょ、おま、さっきの今で!)(またバズーカが!)(きーくんKY!)
黄瀬の能天気な一言に赤、桃、緑が凍りつく。
しかし、
「ん、ああそうなんですか?おめでとうございます」
青島の反応は、至って淡々としたものだった。
「…青島?怒らね―の?」
「何故?別に俺が何か言う筋合いではないし、怒らないですよ」
(さっきは激怒してたけどな)
四人が内心で呟いたことも知らず、青島は埃を払って立ち上がった。
「それにしても、銀糸さんは凄いですね、また俺が知らないうちに助けてくれたようですし。かっこいですね」
憧れと、それ以外の感情を含んだその声に、他4人は顔を見合す。
ひとつ咳払いをして、赤井が青島の肩を軽く叩く。
「青島、銀姉さんは手強いぞ。がんばれ」
「え?…あ…べ、別に僕はそういうつもりというわけでも…」
しどろもどろになって語尾を濁らせる青島を、他4人はにやにや笑って見つめていたのだった。
そう、銀糸ひかりは手強い。
ゴレンゴールドこと、金糸剣山。まだ彼らが知らぬ最強のゴレン戦隊であり、銀糸の夫。
青島の恋路は、険しい。