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京アニ事件──ラノベに罪があるとする人達

作者: 埴輪庭
掲載日:2026/08/06

先日、こんな趣旨のポストが炎上していた。京アニ事件の青葉死刑囚のせいでガソリンを携行缶で買うのがとても面倒になった、つまりラノベは携行缶を使う多くの人々に大変な迷惑をかけている、というものだ。火元は不明。引用していたユーザーの配慮で、元の投稿者名は伏せられていた。


炎上の様子を見ていくと、「青葉死刑囚の罪はラノベの罪にはならないやろ」という声が結構あった。個人的に私も同感だ。青葉死刑囚の罪はあくまで青葉死刑囚の罪であって、ラノベにも、勿論京アニにも、一切責任はないと思う。


これはもうスタンスだとか思想だとか、ラノベに対してポジティブな思いを持っているとかネガティブな思いを持っているとか、そんなことは一切関係なく、百人にきいたら百人が「いや、青葉個人の罪でしょ」となる話だと思っていた。ところが、どうも炎上元の周辺ではそうは考えていないらしい。投稿内容に問題はない、現状を見ればそんなことは言えない、あとは炎上させているのは自分達と法的に揉めている連中だという、よく分からない主張まであった。


最後のそれについては突っ込みどころが満載である。私が思うに、問題なのは「誰が言うか」ではなく「何を言うか」だ。仮に炎上させている人達とやらが前科百犯の極悪人であったとしても、おかしいことにおかしいと声をあげること自体にはなんら問題はない。


そもそも私自身、その火元の人どころか誰とも法的トラブルを抱えていないが、このわけのわからない他責めいた投稿を批判している。彼、彼女、あるいは彼ら彼女らと法的に揉めている人達が悪意を持って炎上させているのではなく、火元の人の投稿内容がイカれてるから炎上している事を理解できていないのだろうか。


まあそれはともかくとして、ラノベが嫌いなのは別に良い。それは個人の好みの問題なので、誰かが咎めることでもない。ただ、嫌いだからといってそれを京アニ事件の原因にスライドさせようなんてやり口は、余りにも卑劣だし、下種だし、下品だ。あれだけの人が亡くなった事件を自分の好き嫌いの踏み台にしている。腐っている。軽蔑する。


ただ、分かったこともある。嫌いなものを叩く時、理由なんかなんでも良い、叩ければよいと考える人が一定数はいるということだ。


青葉死刑囚については公判記録もあるし、動機についての考察も沢山ある。けれど、事件の原因がラノベにあるとするものはほぼほぼない。もしかしたらそういう記事もどこかにあるのかもしれないが、少なくとも私はそんな記事は全くみなかった。つまりこの京アニ事件の責をラノベにもっていく考えは、資料や事実から出てきたものではなく、その火元の投稿者の脳内にあったものだ。


要するに順序が逆なのだと思う。事件を検討した結果としてラノベに行き着いたのではなくて、先に「ラノベが嫌い」という結論があって、そこに事件が理由として後から貼りつけられた。ガソリン携行缶の規制強化は、その接着剤として都合よく使われただけだ。


だからこの手の相手にいくら資料を示しても、たぶん意味がない。理由は道具であって根拠ではないからだ。


何だか妖怪みたいだな、と私は思った。


言葉は話せる──しかし、情を解する事はできない、みたいな。魔物というか妖怪というか……。




(後日譚 08/07)

あれから自分の感情を少し見つめ直してみた。すると、個人的な感情ではない部分で奇妙な感覚を抱いていることに気づいた。


前提として、私はあの投稿にはっきりと軽蔑を抱いた。これは自分でも珍しいことだと思う。生きていれば、こいつむかつくな、こいつ嫌いだな、と思う相手は当然出てくる。ただそれはたいてい怒りや苛立ちの類であって、軽蔑ではない。


これを読んでいる人は「軽蔑の念」を抱いた事がどれだけあるだろうか?生きていれば嫌な思いを抱くことは多々あるだろうが、どれもこれも怒りとか悲しみだとか失望だとか、その辺じゃないだろうか。


あくまでも私見だが、軽蔑という感情は結構希少な気がする。で、その軽蔑とは別にもうひとつ変な感覚があった。


怒りでも嫌悪でもなく、もっと事務的な手触りのものだ。「こういうものが同じ場所にいるとまずい」という感覚。


憎いというより、排除対象として認識している感じに近い。私はこの人物に何をされたわけでもないのに不思議なものだと思う。


これは何なのだろうと少し考えて、たぶん共同体の一員としての排除感情だろう、と思い至った。こういう人間が自分の属する場所にいると危険だ、という防衛本能の発露なのではないか、と。


あとで知ったのだが、軽蔑は「共同体の規範を破った者」に向く感情として位置づける感情らしい。


人は外部の人間よりも内側の人間の逸脱に厳しくなる、という話もある。黒い羊効果というそうだ。これは今回かなり効いていると思う。火元の人は本を作る側にいる人だ。まったく無関係な外部の人間が同じことを言っていたら、私はここまで反応していない気がする。


だとすると私が感じたものの正体は、恐らくは「汚染」の検知に近いのだろう。分かりやすい所でいえばゴキブリだ。ゴキブリは別に直接的に害を与えてきたりしないがしかし、我々は彼らをある種本能的に忌避している。路上などで見かけた場合は避けるように歩く程度ではあるが、仮に自分の部屋で見かけた場合は狂的に排除しようとする人が多い。


そこまで思い至ったところでようやくすっきりした。


なるほど、かれらはゴキブリだったか、と。



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