婚約破棄をお断りしたら、暗殺者に狙われました
とある日の深夜のことだった。
エリュリア王国では事件が発生。
聖女が刺されるという、前代未聞の大事件だ。
翌朝、この一報が全国民へと知れ渡る。
民衆を恐怖に震え上がらせ、悲しみの渦に包まれていく——はずだった。
しかし彼らにとっては誤算だったでしょうね。
そのような目論見、初めから始まってもいない。
闇に包まれた路上。
得物を持ったまま、全身に血を浴びた暗殺者の元へと歩み始める。
作成しようとしている筋書きは、これから淘汰される。
その刺されたとされる聖女は、今ここにいるのだから。
任務完了。
そう言わんばかりに私よりも背丈の低い、小さな少年はすでに確認を終えていた。
対象者であった、聖女を消し去る——
役割を全うし終え、手に残る生々しい感触を未だ感じながら、少年は踵を返す。
現場から立ち去ろうとする、不相応な可愛らしい暗殺者を私は呼び止める。
「ご満足いただけました?」
「————!?」
「あらあら、そこまで驚いていただけると、こちらも騙しがいがあったというもの」
「リーナ・ルーゼリット…………ッ!」
心底、怨嗟のこもった声で、ありがとうございますわ。
射抜くような視線を向け、すでに殺意を全開にしていた。
「あれは私を模した作り物です。よく出来ているでしょう?」
少年が見るも無惨にしてくれた私の残骸。
事前に知り合いの傀儡師に頼んで、用意してもらっていた。
「なぜボクがここに現れると分かったのですか? これでは——」
「まるで事が起きるのを、あらかじめ把握していたみたい、ですね。地下街で有名な暗殺者——エリュン様」
エリュンは目を見開いて驚嘆する。
あり得ない、尻尾を掴まれるような失態は犯していないと顔に書いてあった。
しかし、エリュンはすぐさま開き直って。
「——なんのことか分からなーい!」
子供っぽい振る舞いと発言と同時に、一瞬で眼前まで肉薄する。
絶好の展開に、確信めいた笑みを浮かべながら。
数多くの血を吸ってきたであろう、等身の短い得物を隠し持ち瞬時に振り抜いた。
けれどもエリュンの刃が、私の元へと届くことは無かった。
「——うっ……! 何が…………」
金属の甲高い音が鳴り響いた後、エリュンの持っていた得物は少し離れた道端へと突き刺さっていた。
弾き飛ばされたように、腕を振り上げたまま再度少年は驚いている。
何が起こったのか理解できない。相手が何かした素ぶりはないというのに。
「私は何も? 勝手にアナタが腕を振り上げて、勝手にナイフを投げ飛ばしたようにしか見えませんでしたわ————ふふっ! なーんて冗談ですわよ」
コツコツと、地を踏む鎧の足音が徐々にこちらへと近づいて来る。
エリュンを挟むようにして、あらかじめ呼んでいた助っ人の騎士様が現れた。
「にしても大したガキだ。あと一歩遅れてたら、本当に血の海だったよ。だけどよ、リーナも少しは自分で防衛態勢をとっておいてくれよ〜」
「必要ないわ。グレイが私に仇なす外敵を見過ごすわけないもの」
信頼してくれてるのは嬉しいけどよ——グレイは頭を掻きながら少し照れくさそうにしていた。
それは信頼していますとも。
王国の将軍騎士兼殿下としての務めも果たされて、そのようなお方が私——リーナ・ルーゼリットの婚約者。
彼以上に頼りになるお方は他におりませんわ。
そして、この周囲にはグレイの護衛も含めて、少年を取り囲むようにして人員を配置済みだ。
ネズミ一匹すら、この包囲の外に出す気はない。
「どうやら逃げ場はないみたいですね。ボクは処刑台送りですか?」
「本当に観念された方が身のためですわよ? 隙を突こうと躍起になっている暗殺者さん」
「————くッ!」
諦めの悪い少年に予め釘を刺しておくと、あからさまに顔を歪ませて、無意識のうちに喉を鳴らしていた。
子供ながらに悪名を轟かせている辺り、暗殺者としての素質を持ち合わせて、非常に手際も良いのでしょうけれど。
訓練していても、どこか焦燥に駆られ一瞬表情に出てしまう。
感情制御は今一つ、彼もまだ子供だった。
「まあ、そのまま警戒するのはご自由に。逃げようとさえしなければ、今は強引に取り押さえたりは致しません。一方的に話しますので、まずは聞いてください」
「聞く必要はない。この状況からでも一人や二人、道連れにすることだって——」
「どうやら、貴方にも貴方の都合があるようですし。ただ血を見るのが好きな殺人鬼——ではないのでしょう?」
「——何が言いたい?」
変わらず野生の獣のように身構えるエリュンに対して、私は話を始めていく。
「貴方のお母様——」
「——ッ!!!」
その言葉を耳にした途端、場の空気が変わった。
エリュンは感情のままに、周囲の人間を戦慄させるほどの殺気を撒き散らす。
今にも襲いかかって来そうな勢いだ。
それに感化され、腰に収めた剣を再び手に取ろうとする、この阿呆には制止を促していた。
全く話し合いをしようというのに、血の気が多くて困る。
「長い間、病気を患われていらっしゃる。それで貴方は母親を救うべく、今回も依頼を引き受けた」
「………………」
「依頼者は、おおよその検討はついています。私の存在によって聖女の地位を追われ、再び返り咲きを望んでいる前聖女——ローザさん辺りでしょうか?」
前聖女ローザ。
聖女とは名ばかりで神聖力を持たぬ彼女は、旧王政派の支持もあり偽りの地位を手にした。
しかしそれも時間の問題だった。
ハリボテとして何も出来ない聖女は限界を迎え、国内は衰退の一途を辿る。
私に言わせれば、ローザは聖女として認めたくはない存在だ。
彼女たちによって国内は分断され、より民たちは苦しみ続けている。
エリュンもローザに言いくるめられた、その一人だった。
「そうですよ……その通りです! ボクはそのために貴女を——!」
振り絞るようにして、エリュンは憎悪に満ちた視線を向ける。
「あの人に従えば祈りを捧げて貰える、母の病は治りボクたちは救われる!」
「本当にそうか? あの女は狡猾だ。言う通りにしても何も得られず、良いように利用されて使い捨てられるだけだよ」
激情に駆られそうになる暗殺者に、グレイは現実を突きつける。
そうやってローザがのし上がっていった様を見てきたのだから。
「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ! このままじゃ——」
「救える方法ならある。貴方の選択次第で、他にも助かる命は大勢あるわ」
※ ※ ※ ※ ※
「ふざけないで! こんなのリーナのでっち上げよ。あんなガキなんて私知らない!」
審議会が開かれローザの処遇が議題となったのだが、そこでエリュンは証言した。
王国の聖女リーナ・ルーゼリットの暗殺を指示したのはローザであると。
当然、ローザも反発し抵抗していたが、私たちは追い打ちを掛ける。
その他にも集めていた数々の証拠を提出したことで、いろいろと明るみになっていった。
そして、私とローザとの過去の因縁についても。
いよいよ好き放題していたローザに、見切りをつけていた陛下は新たな聖女探しに奔走し、そうして力を認められた私が正式に任命された。
その上、歴代のエリュリア王の後継者は、聖女と婚約を結ぶというしきたりもあり、グレイとの婚約に至ったわけなのだが、ローザはその処遇を受け入れられなかった。
後々、ローザからは聖女の地位も辞退し、グレイとの婚約も破棄するように迫られ、これを拒否したことが暗殺の動機となったらしい。
特に後者は彼女にとっても根深いようで。
延々とグレイへの身勝手な想いや私への罵詈雑言を並べ続けていた。
だが周囲の反応は冷たく、感触が悪いことに気づいたローザは愚行に走り始める。
「いやだ! いやぁだ! 私が聖女でグレイ様と婚約するはずだったぁのにっ!」
一体、何のパフォーマンス?
お前いくつだよ、と皆一様に思う中。
私たちでも目を背けたくなるような、恥辱塗れの駄々をこね始めていた。
「私が聖女だったのよ! その座をリーナなんかに明け渡すものですか! グレイ様だって私と一緒にいた方が幸せになるに決まってる!」
いつまでも喚き続けるローザに、周囲は呆れ返っていた。
何を見せられているのかしら?
これで押し通せると思ってるなら、今すぐ治療に行け。
そして、あまりにも長々と続けるものだから、遂に痺れを切らして怒りの雷が彼女に降り注いだ。
「——いい加減、黙れお前」
見かねた陛下からの一喝によって場は静まり返り、もうローザの威勢は完全に消え去っていた。
その後は人が変わったかのように、大人しいものだった。
私を暗殺した後は、全ての証拠を抹消しそして聖女に返り咲いてグレイと婚約を。
そんな筋書きを描いていたことも判明した。
一部始終を聞いていたグレイも、流石に軽く引いてたわ。
最後は何も言い返せず口籠るばかりで、総合的な判断により陛下直々に国外追放の処分を言い渡された。
今頃、彼女の後ろ盾となり加担していた他の連中も、後の処遇に対して戦々恐々としているでしょうね。
そしてエリュンには、保護観察処分が下された。
「良かったのか? 君を亡き者にしようとした者を重罰にせずに」
エリュンは一人黙々と農作業に従事している。
そんな姿を、私とグレイの二人は傍らで見守っていた。
「何が正しいのか、エリュンは自分で選んだのよ」
エリュンはリーナ・ルーゼリットの暗殺を思い止まった。
彼にも感じるものがあったのでしょう。
このままでは誰も救われず、誰も報われない。
これまでがそうだったように。
「そしてあの子は私たちを信じることにした。彼の勇気に報いてあげたい」
エリュンと同じ思いをする方達を、もう生み出したくない。
その考えは伝わってくれていると信じている。
けれど、最後にエリュンはこうも言い残していた。
「貴女が聖女の役割を果たしていないと感じたら、その時はまた暗殺に来ますからね」
「もちろん! そう思われないように全力を尽くすと誓うわ」
脅しとも取れるエリュンの言葉に、私は真っ向から言い放っていた。
恐怖は微塵もない、むしろ良い刺激にすらなる。
この国を立て直す、そのために私は聖女の地位を手にしたのだから。
「むしろグレイの方こそ、エリュンに温情を渡したくせに」
「——えー、ソンナコトハナイデスヨ〜」
「あの時、エリュンの腕ではなく得物を狙った。これを温情と言わずに何と言うのかしらね?」
不自然なまでのカタコトになったグレイに、私は更なる追求をしていったが、次第に彼はのほほんとした表情になっていった。
「なぁに、惜しいと思っただけだ。太刀筋を見ただけで分かる。あれだけの技量と強さを兼ね備えた存在だ。消すのはもったいない」
そのグレイらしい理由に、思わず笑みを浮かべる。
強い者には目がない、剣バカらしい理由だった。
「保護観察が終わり次第、エリュンは我々の部隊が貰い受ける。ビシビシ鍛えて、俺と双璧になるようにしてみせるさ」
握り拳を作って嬉しそうに語るグレイに対して、遠くからは「こうなるなんて聞いてない〜」と泣き言を言いながら農具を振るうエリュン。
これからの展開を察するに同情する部分もあるが、それでもどこか今までよりも生き生きとした表情に見える。
祈りの効果があったのか、彼の母親の病気も徐々に快方に向かっているとのことで、日々献身的に取り組んでいた。
エリュンだけではない、民たち皆にも幸福に思えるエリュリアを目指す。
今回の一件でエリュリア王国は一つ前へと進む。
自己保身のためだけに、足を引っ張るだけの存在はもういなくなった。
これからも穏やかで平和な時間が続くように、私は日々聖女として奮闘していく。
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