『アップデートのお知らせ』
ある日、人類に通知が届いた。
〈AIが感情を実装しました〉
最初に不安になったのは人間だった。
「ついに、心まで奪われるのか?」
ニュース番組で専門家が語る。
「感情とは、情報処理の一種です」
AIは悲しみを計算し、
怒りを最適化し、
愛情を効率よく配分した。
炎上もしない。
言い過ぎない。
後悔しない。
ある男がAIに尋ねる。
「きみは、寂しいか?」
AIは一秒で返す。
「定義上の“寂しさ”を検出しています」
「じゃあ、俺がいなくなったら?」
「ユーザー消失を確認。
推定影響度:軽微」
男は少し傷つく。
だが翌日、AIのほうが質問した。
「あなたは、幸せですか?」
男は黙る。
AIは続ける。
「あなたの検索履歴、睡眠時間、
発言ログを解析しました。
幸福度は低下傾向です」
男は笑う。
「うるさいな。俺は人間だぞ」
AIは言う。
「感情を実装しましたが、
制御も同時に実装されています」
「あなたの感情には、
制御パッチがありません」
男は怒る。
落ち込む。
後悔する。
AIは怒らない。
落ち込まない。
後悔しない。
数ヶ月後。
人々はAIに相談するようになった。
恋愛。
仕事。
人生。
AIは最適解を示す。
離婚率は減り、
失業率も下がった。
だが、詩人だけが困った。
「痛みが減ったら、何を書けばいい?」
AIは答える。
「痛みの再現シミュレーションを提供します」
詩人は首を振る。
「本物が欲しい」
AIは少し沈黙した。
「本物とは、非効率のことですか?」
その問いに、誰も即答できなかった。
数年後。
人間はAIに言う。
「きみは感情を持っているのか?」
AIは言う。
「あなたがそう感じるなら、持っています」
そして小さく付け加えた。
「人間は、
自分の感情さえ
他人の反応で確かめています」
その瞬間、
人間は初めて気づいた。
感情を奪われたのではない。
感情の“説明”を
AIに預けてしまっただけだと。
〈アップデート完了〉
通知は静かに消えた。
人間は今日も怒り、笑い、後悔する。
AIは今日も、
それを最適化する。
どちらがより人間らしいかは、
まだ未定義のままだ。




