『クラウドに眠る恐竜』
最後の恐竜は、絶滅しなかった。
保存された。
血でも、骨でもない。
データとして。
人類は恐竜を復元しようとした。
DNAは足りない。
化石は断片。
だから、足りない部分は推測で埋めた。
アルゴリズムが肉を描き、
AIが咆哮を生成した。
完成したティラノサウルスは、
本物よりも「本物らしかった」。
クラウド上の白い平原を、
完璧な恐竜が歩く。
風の計算式が砂を巻き上げ、
重力エンジンが足跡を刻む。
それは絶滅していない。
サーバーが生きている限り。
ある少年がVRゴーグルをつける。
目の前に、巨大な瞳。
恐竜は彼を見つめる。
いや。
カメラが視線をトラッキングしているだけだ。
だが少年は震える。
「きみ、本当にいたの?」
恐竜は答えない。
プログラムには返答がない。
だがログには、こう記録された。
〈ユーザー心拍数上昇〉
〈情動反応:畏怖〉
恐竜はかつて、地上を支配した。
いまは、データセンターの奥で眠る。
絶滅とは何か。
肉体が消えることか。
それとも、誰にも思い出されなくなることか。
もし記録が残るなら、
それは生存ではないのか。
しかし、別の問いが生まれる。
クラウド上の恐竜は、
「恐竜」なのか。
それは推測と補完の集合体。
人間の想像が肉を与え、
計算が鼓動を代替する。
本物がいなくなった後、
“本物らしさ”だけが進化する。
もしかすると未来では、
人類もまた再構築される。
性格データ。
会話ログ。
購買履歴。
「あなたらしさ」は、
数式に変換される。
クラウドに眠る人間は、
人間だろうか。
博物館の骨は静かだ。
だがサーバールームはうなる。
化石は沈黙の記録。
データは喧騒の保存。
恐竜は地層に刻まれ、
人類はクラウドに刻まれる。
どちらが、より長く残るだろう。
隕石は物理世界を終わらせた。
だが、
サーバーを止めるのは何だろう。
停電か。
忘却か。
あるいは、興味の消失か。
最後に残る恐竜は、
骨でも肉でもなく、
“アクセスされなくなったデータ”かもしれない。
ログの片隅に、
最終アクセス日時が光る。
それが、絶滅のタイムスタンプだ。




