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作者: 相良洋之
掲載日:2025/12/04


 大陸緑化計画(Continental Greening Project)が世界中で始動されてから半世紀、地球環境は人類が化石燃料を使い始める以前の状態にまで改善したらしい。人口の爆発的な増加の対策として、様々な対策が練られたが、その中で最も人々が意欲的だったのが、大陸の面積に比例した緑地を確保するという計画だった。ちなみに、最も忌避された、人類を含めたあらゆる生物の大きさを縮めてしまうという計画は、もはや当初のひっ迫した事態を伝えるための語り草に過ぎなくなっていた。その当時「プランB」といえば、たいていの場合これを指すほどだった。

 ただし、今現在の人々の記憶に焼き付いているのは、薄灰色の浮遊体の出現、それだけである。一体目が確認されたのはハワイのパイナップル農園だった。

その後アメリカやロシア、アジア、ヨーロッパの国々でも彼らは確認されるようになった。そのたびに軍が出動することになったが、全長1.3メートルほどの横倒しの紡錘体は、音や光を発することもなく漂うだけで、有力な情報も結果も得ることはできなかった。ものにぶつかっても、同じ速度で跳ね返るだけで、外界への干渉は全くないのだった。

 そんな様子だから、人々の日常生活のありふれた違和として「羊」が受け入れられるのも、さほど時間はかからなかった。

 「羊」、というのは、その色と、植物を取り込んでいく様子から名づけられた愛称のようなものだ。彼らは、一株の草花や一本の樹木に目をつけると、ゆっくりとその植物を「捕食」するという奇妙な生態があった。紡錘形のとがった部分の先から、少しずつ葉に始まり、茎を取り込み、終いには根まで引き抜いてその無機質な内部に吸収してしまうのだった。

 それでも、それぞれの羊の食事は一つの種類の植物につき一度きりであったし、その後もやはり人類や地球環境に干渉する手段も持たない様子だったので、羊は一部の層の人間の興味の中でしか、目立ったりはしないのであった。

 一般人が困ることといえば、車で不意に出てきた羊を跳ね飛ばしてしまうといった物理的な事故、それくらいだった。物好きな人間が羊に触れたとしても、何の被害も出ないし、羊にも変化は起こらない。羊の関心ごとが植物に終始していたこともあって、互いに不干渉とはいかないまでも、平行線をたどるくらいの関係性を維持していたのだった。国家レベルでも、出現した当初こそ、緑化計画の妨げとして目の敵にしていたが、今や何の影響力も持たないオブジェクトとして、ほとんど興味を失ってしまっている。ところが、生物学や力学をはじめとした研究者たちは、羊に対する熱にしばらくの間、浮かされることになった。

 こうした機運もあって、訳のわからなかった羊の活動内容が徐々に明らかになってきた。彼らは、羊におおむね二種類の行動様式がある事を発見した。植物を取り込む採集型と、ひたすらあたりを徘徊する移動型の二つのタイプだ。また、前者は羊が出現し始めた最初期にのみ、そして後者は羊が出現して半年ほどたってから、採集型に代わるようにして今なお増え続けている。不思議なことには、移動型の行動はかなり不規則で、頻繁にものにぶつかったりとその挙動は安定せず、素人目にもぎこちなさを感じるほどであった。    

 羊が現れて一年もたつ頃には、彼らは「乱獲」の対象になった。意欲的な研究機関や野心的なインフルエンサーを皮切りに、一部の動物園やサーカスに至っては羊を見世物にする始末だった。

核心には至れないままに、羊という存在感だけが独り歩きしていた。採集型の捕食行動を除いては、羊は一貫して外界とのやり取りを行わなかったし、人間がいくら干渉したところで、それに応じることはなかった。力ずくで解剖されようとも、面白半分で炎や毒物にさらされても、娯楽として衆人環視の場に晒されようとも、彼らは一切変化を見せないのだった。

そして、驚くべきことに、ある日を境に羊の出現もぴたりと止んでしまった。各地域の区域ごとの羊の数が上昇を止めてしまったのだ。

各国のメディアは当然このニュースを取り上げたし、政府が大々的に公報を出す国もあった。だが、そんな報道もハリケーンの報道のように一時的な注目しか集めず、季節の変わり目の乱気流のように、人知れず忘れられていくのだった。


そして今、一千万近くの数の羊と百億近くの人間が、共存しはじめて五十年が過ぎようとする中、羊は人々の眼前に新たな姿を見せようとしていた。

地球上の各地で、羊が活動を停止し始めたのだ。この事件には、五十年間これといった成果を得られなかった研究者たちがここぞとばかりに飛びついた。そして、羊誕生の地、ハワイで「死体」を解剖することになった。捕食型はおそらく初確認された個体と同じと思われる、パイナップル農園で見つかったものが、そして移動型もおなじくハワイ島で発見されたものが一体ずつ対象となった。島内の大学で行われたこの解剖は、世界中の多くの研究機関にオンラインで即時的に共有された。

完全に動きを停止してしまった羊に、メスが入れられた。いままでどんなことをしても傷一つつけられなかった羊の表面が、あっさりと割りひらかれた。そして、次の瞬間、その場にいたすべての研究者や学者が困惑することとなった。

羊の体内から出てきたのは、一株分とは思えないほどの大量のパイナップルの種と、内壁にかすれた緑色の文字でプリントされた「CGP」のロゴタイプだった。

彼らは興奮冷めやらぬうちに、移動型の切開に取り掛かった。

 見つかったのは、座席、操縦席、そして15~20センチほどの大量の人の遺骸。さきほどロゴがあった箇所には真っ白いラベルが丁寧に貼られていた。

その場にいた全員が、否が応でも同じことばを思い浮かべた。


「プランB」


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