沈潜の結論は葡萄だった。
朝の露が身に触れるたび、胸の奥の沈殿がわずかに揺れた。薄い光の下、ひと筋の道を自転の輪が静かに滑っていく。平坦な田野の道は、思考だけを遠い水面の底へ引きこむようで、気づけば今日もまた君の影をたどっていた。
末端の緩やかな傾斜にさしかかると、風に混じって熟れた果実のような匂いが漂う。季節がこぼし落とした名残であり、人々が歩んできた痕跡でもある。それがかえって、自分ひとりだけが時の外側に立っているような錯覚を呼んだ。
やがて辿り着く地点は、ただ人が往き来するための場でしかないはずなのに、そこではいつも“借り物の言葉”で形づくられた僕が先に歩き出していく。外側の僕と内側の僕がわずかにずれ、そのたびに本当の自分が遅れてついていく。今日もまた、他者を演じる仮面を見送るだけだった。
陰翳の深い時間は、朝のうちに沈みきる。光の満ちる刻限が訪れるのは、君がそこにいるからだ。限られた明るさが、湖面に差し込む短い陽光のように僕を照らす。
その前で僕は今日も、どこかで拾ってきた思想や、他人の声で響く言葉ばかりを並べてしまう。わかっている。それは心の孤独を埋めようとする自己慰撫に過ぎないと。けれど、君はそのすべてを静かに受け止めた。その姿だけが、僕を世界へ細く繋ぎとめていた。
ある日、君がふとこぼした。
「……少し、過去を思い出してしまう」なんてさ
その“過去”には、僕の知らない誰かの面影が眠っている。触れれば砕ける翅のように繊細で、踏み越えてはならない境界でもある。僕はその前で足を止めた。踏み出せば傷つき、踏み出さなくても静かに失われていくことを知っている。心は葡萄の実を前にした獣のように、「どうせ届かない」と自ら道を閉ざし、見ないふりを選ぶ。そんな情けなさだけが胸に沈んでいった。
帰途、風は冷たく耳の縁を刺す。吐いた白い息だけが、その場に残って温もりを示す唯一の痕跡になった。人影のない道で、胸に残った言葉のかけらが、歌の破片のように微かに震える。
──もし、あの葡萄に手を伸ばしていたなら、味は違っていたのだろうか。
その問いは、暗い水の底で揺らめいて答えを持たなかった。けれど沈潜の果てにひとつだけ確かに残ったものがある。
君は僕が諦めの理由にしていた幻影より、ずっと穏やかで、ずっと近い場所にいた。
それでも目を背けたのは、僕自身だった。
沈んだ末に見つかった結論は、ひどく酸っぱく、ひどく人間的だった。
それでも僕は、朝露の降りる道を今日も静かに進む。
沈んだまま、それでも前へ。
結論が葡萄であったとしても、僕の物語はまだ底へ沈みきってはいない。
駄菓子を見つけたら、童心に帰ってもいいかもしれない。
まばゆい光に僕は吸い寄せられた。
僕も彼も世界は愛せない




