59 ◇溝
59 ◇溝
不妊を隠されていたことで、俺たち夫婦の間に小さな溝ができた。
その溝が埋まることはなかった。
俺が子供に拘らなければできなかったモノなのかもしれない。
しかし、目覚めてしまった感情はどうすることもできなかった。
子供、子供……俺は自分でも分からないんだな、これが。
亜矢子と離婚する時だって息子のことなど微塵も責任や
感傷なんてものに心動かされることはなかった。
それが子供が欲しい、育てて慈しみたい、そんな感情が
芽生えてしまった俺には不妊を黙って結婚した再婚相手を
許すことができなかった。
過去は……自ら捨て去ってしまった過去は戻ってこない。
そんなことは百も承知。
子供以外のことでは仲良く楽しく暮らしていたのに再婚
相手の景子をどうしても許せない自分。
渡米先でそんなごちゃまぜの訳分からん状態のカオスの
中にいた俺は、離婚後亜矢子に会うのが怖くて日本に
帰国できず、13年余りをここ米国で過ごしてきた。
再婚相手の景子とも別れてしまった。
こちらでもう一度結婚相手を……と思わなくもなかった
けれど如何せんここは異国で、おいそれと同国のお相手が
見付かるはずもなく今だシングルだ。
亜矢子と真樹夫はどうしているだろうか。
ふたりの生活をずっと続けているのだろうか。
帰国を前に矢も盾もたまらず真樹夫に連絡を
してしまった。
真樹夫とは親子なのだからいつでも会いに来て、と言って
くれていた亜矢子は一度も会いに行かなかった俺なのに
真樹夫にスマホを持たせた時から俺がいつでも連絡取れる
ようにと真樹夫のアドレスを送ってくれていた。
一度も会いに行かず、一度もメールすらしたことのなかった自分。
果たして連絡が、返事が……息子から来るのだろうか。
メールを送ったものの、連絡の来ない数日間、胸をドキドキ
させながらあるかないかの返信を待っていた。




