5.繭の女王
「いらっしゃい。ここまでありがとう。」
部屋には黒髪の女が、まだ大学生くらいに見える女が、スーツの女よりも少しだけ背の小さな女が立っていた。恐ろしいほど整った顔には鼻の線と唇の形が均整な美術の時おり不自然にすら映ってしまうあの静けさを纏い、人を抑圧するその両目を少し細めるだけで彼女の心にも無い分まで溢れ出てしまう魅惑の優しさと、場を掌握するには十分過ぎる量の視線の束とが無遠慮にオレたちを見つめている。
「君も案内ありがとう。もう下がっていいよ。」
「はい。失礼いたします。」
スーツの女はそう言って頭を下げ、あっさりと部屋を退場した。
「では話を始めましょう。まずは山本直之さんのお話から。」
「は、はい。」
フルネームを呼ばれ、アロハの男が返事をする。部屋に張り詰めた空気のせいで、男のヴィンテージアロハがもはや白けて見えた。
「お仕事をしにいらっしゃったということですが、単刀直入に言わせてもらえば、我々としては貴方には労働をして欲しくないのです。」
「は、はあ。」
「貴方には労働をしないでいいキャパシティがある。我々はそう考えています。」
「そうなんですか? きゃぱしてぃ……。」
女は顔色を変えず淡々と回答する。
「はい、潜在能力と言った方がいいでしょうか。人間誰しも労働をしなくてはいけないという考えは、貴方には通用しないのです。実のところ貴方には生きる上でお金が必要にならない。あるいはあらゆる人間関係、社会的地位に関しても全く必要じゃない。貴方にはそういった、社会の枠から完全に外れた、社会から外れることのできる潜在能力があることを認めました。よって、これから貴方には我々の持つ領域内で暮らしていただきます。もちろん一切の費用は頂きません。貴方にはお金が必要となりませんから。申し遅れましたが、我々は天国の創造を一つの目的として活動しております。先程まで過ごしていただいた海やその周辺、教会も我々の所有する天国領域の一部です。」
「はあ、そうですか。」
「今回貴方はなぜ仕事を探しにこちらへ?」
「なぜって、仕事は就くものでしょう。」
「貴方は自発的に仕事に就きたいと思ったことがありますか? あるいは仕事に就かなければ生きていけない、誰かに頼らなければ生きていけないという危機感を持ったことがありますか?」
「さて、どうでしたかなあ……。」
「まあ、それ自体は別にいいのです。そもそも貴方は断れません。あるタイミングで誰かに仕事の必要性を説かれ、今日までそれに従ったのと同様に、私にここで一生暮らせと言われれば、貴方は何の疑いも持たずにそうするでしょう。」
「はあ、構いませんが……」
「ありがとうございます。それでは来た道をお戻りください。」
アロハの男は、女に言われたとおり部屋を出ていった。
「……で、オレも天国で暮らしていいの?」
女は一度、喋りつかれたという感じで息をつくと、次には顔を上げ、なぜか嬉しそうに目を細めている。オレは瞬間的に近寄られる。
「あなたはまだです。あなたにはこっちに来て私を助けて欲しいんです。」
そのまま手を引かれる先には、扉から暗い外の景色が覗いていた。




