4.甲斐あってシスター
「まあいいよ。とりあえずオレはあの教会へ行ってみたいな。」
「まあいいって何よ!」
「うーんとな、酒飲んでない奴より飲んでる奴のが偉いのだ!」オレはグラスに残った分を飲み干してそれを見せつける。
「じゃあ今から飲む!」
彼女は意地になって、他の子の持っていたお酒のボトルを奪取するが、手汗をかいているのかうまくキャップを回すことができない。赤かった顔から耳の先にまで血色が広がっていく。
「やめろ。法律で子供は格下って決まってるんだ。」
手こずる彼女からボトルを没収し、それを元々抱えていた子に返しておく。「とりあえずさあ、教会まで連れてってよ。」海はもう堪能したし、オレはちょっと歩きたかった。
「そうですなあ。ワタシもこの子らの教会がどんなか気になりますわ。」
客の要望とあらばだ。ずっとじっとしていたスーツの女が見つけた仕事に着手しはじめる。
「私が案内します。みんなも手伝ってね。」
「「「「「「はーい。」」」」」」六人のユニゾン、へそを曲げた女の子はそっぽの海を向いている。
──松林を抜けた先に建つ教会を前に、スーツだった女はいつの間にか絵に描いたようなシスターの恰好へと着替えていた。スーツなら愛想笑いなのが修道服なら慈愛に満ちた笑みに変わるのが不思議だった。オレは露骨にそそられる。木々にしぼられた風にアロハシャツが揺れ、セーラーの子供たちは見慣れた服装のシスターのおかげで少々リラックスしたようにみえる。中でも肌の白過ぎる女の子はまだ何か引っかかっているらしく、幼いなりに難しい表情を浮かべていた。大きくはなくとも教会の外観は荘厳だった。
「すごい迫力でさあ……」
「それでは中へどうぞ。」
シスターが扉を開き、まずは聖歌隊の子供たちが競うように教会の中へ吸い込まれていく。オレと男もその後を追って入り、一つ落ちていたセーラー帽を拾ってやるとその子はありがとうと神妙な面持ちでお礼を一言。それからすぐに子供の顔に戻り、同じく6人の子供たちの方へ駆けて行く。その輪の中にはさっきまで不貞腐れていた女の子も、その子に怒鳴られていた子も一緒に混ざって、案外何事もなかったみたいに賑やかにやっていた。
オレとアロハの男はそんな子供たちの様子を、意気投合した訳でもないのにまったく同じ表情で眺めていた。「大人はなくしてしまった、素敵なもんですなあ。」ただしそう呟いたのは向こうだけだった。
「あの、よろしいですか」シスターがオレたち二人を呼ぶ。
「なんですかな?」
「せっかく教会まで来ていただいたところ悪いのですが、会長との面会のお時間が迫りましたので、私がそちらまでご案内いたします。」
「会長? 何のことだ?」
「はい。65番様はお仕事をしに来られたというお話でしたよね。」
「ああ、その話! その話が通ったですか?」
「はい。それには一度会長とお話していただく必要があります。」
「オレは? オレは特に理由を話さなかったと思うけど。」
「77番様は、会長の方が貴方様にご用があると申しております。」
向こうの方が? 会長って何だ? だいたいこの場所は何処なんだ? オレたちは今一体何をしている?
「お会いいただければ全てご理解いただけるかと思われます。」
「……そうっすか。」
「それではこちらです。」
シスターは修道服から一瞬でモノクロスーツに変化すると、また何事もなかったかのようにオレたちの案内を始める。黒いズボンの皺が歩く度に寄ったり伸びたり、立派な講壇のさらに裏の、何の変哲もない木製の扉へと向かう。そんなオレたち3人の動きに子供たちが気づき、すると一斉に手を振って騒ぎ始めた。
「「「「「「バイバーイ!」」」」」」「******!!」六人のユニゾン、少女の悪態。
「お元気にー!」アロハシャツのはためき。
「じゃあな!」掲げる酒のグラス。
「足下お気を付けください。」モノクロスーツの道案内。
教会の扉から会長の部屋までは、どこまでも暗く沈む短い廊下を挟んだすぐ目と鼻の先だった。