2.ドリームイン湾
隣に座る男は、ヤシのシルエットが波状に描かれた黄色のアロハシャツを見事なまで着こなしていた。
「ワシは港湾から小っちゃくみえる島の出ででしてね、子供ん頃はこの街にやけに憧れたもんですわ。明かりのねえ島からはこの街がピカピカ輝いて見えましてな、『母ちゃん。あのでかい宝石プレゼントしたら、嬉しい?』とか言って、よく母親も笑っていましたわ。それで大人になって実際出てきてみたら、この街は全然宝石でないし、内側から見ていれば汚い部分も見えてきます。ましてその辺に売ってる小指の先みたいなダイヤすら買えないし、そもそもワタシがロクに金を稼げないんだから、笑っちまいます。もう笑うしか! ダハハハハ! ねえ、笑えるでしょお?」
大袈裟な身振り手振り、合わせてはためく質の高い生地。やけにアロハシャツの似合う男。その男がオレに話しかけてくる。金が稼げないならどうしてそんなヴィンテージを着ているんだ?
オレは受付の柱に掛けてある純銀製の時計をみる。長針はまだ5分と進んでいない。
「この話、誰も信じてくれないんですけどね、実のところワタシは島から出る時、クジラの髭から編んだ船に乗って来たんですわ。島だと同い年の子たちとあまり仲良くなかったんですが、夜の浜にこっそり現れるクジラとは大の友達でして……」
まったく、頭の痛くなる話だ。苛つきで汗の粒が首を伝う。こうして無視を決め込んでいるのも限界が近いかもしれない。いっそこっちから取り込んでやるのが一番か……それしかない。「はは、ああ、それはたしか……」
「77番の方。」
それはオレの番号だった。絶好のタイミング!
「そして、65番の方。65番の方はいらっしゃいますか。」
「ああやっと呼ばれた。もう65番なんて数字は飽き飽きでさあ。」
──ヴィンテージアロハの男と一緒に案内されたのは、警察の取調室のような部屋だった。オレとアロハと横並びに座らされ、青い机を挟んで向かいにはモノクロスーツ姿の、髪色の明るい女が、ペンとボードを持って何か確認作業を行っている。取調なんて二人同時に受けるものじゃないだろう。とにかく、この男とはできるだけ離してもらいたかった。オレとアロハの男とは規格が違う宇宙なんだ。近づけすぎると超新星爆発を起こすぞ。
「まずは65番の方から、失礼ですがこちらへいらっしゃった理由をお聞かせください。」
「ええとたしか、何か仕事があると聞きまして。」
「ありがとうございます。特に従業員を募集しているという話は聞いていませんが、何とかしましょう。77番の方も失礼ですがお願いします。」
「ああ、多分、目的の場所はここで合ってるんだけど、なんだか今朝から色々と忘れていて……でもここまで無理矢理連れて来られたんだ。でもとにかく理由は、まだ何とも……」
「なるほど。ありがとうございます。」
「それは大変ですねえ。ワタシも最近めっきり覚えが悪くなってきて……」
「それではお二方の確認が取れましたので、私の後ろに付いてきてください。」
スーツの女はあながちドライだった。明るい髪色と顔つきの若さが、その冷たい振る舞いを増強して映している。それはオレと彼女とが同年代の生まれじゃないせいだ。普段、歳の近い友達と話しているときの彼女は、一体どんなだろう? 惹かれるほどきめ細かい輪郭線は、こちらの勝手な空想さえ遮断してしまう。部屋の天井にぶら下がる暖色のライトが彼女の髪に光を垂らすと、そこに空見したキレイな色の蛾が一匹、壁にある白茶けた換気扇のプロペラをすり抜けて外へ出ていくのをオレは見届けていた。隣のアロハシャツも風に凪いでいた。長い廊下を歩きながら、男がオレに話しかけてくる。
「ここにいると、なんだか不思議なくらい昔のことを思い出します……でも忘れてることも多いから、時々、記憶の中から得体の知れないもんも湧き出てくるんです。こういう時は無性に絵を描きたくなりますな。ハハ、絵はいいもんでさあ……。」