結婚一月前に婚約者が浮気相手と行方不明になりました。公爵令嬢フォラウニアの波乱の恋。
フォラウニア・アイリス公爵令嬢は扇をテーブルに叩きつけた。
怒りで心が燃えたぎる。
ブルド王太子殿下との王国を挙げての結婚式が一月後に迫っている。
その中の出来事。
ブルド王太子が、学園で仲良くしていた平民のソニアと共に、姿を消したと言う話が飛び込んできたのだ。
フォラウニアは、三年前からブルド王太子殿下の婚約者だ。
アイリス公爵家は国一番の名門。
だから、フォラウニアが15歳の時に、同い年のブルド王太子殿下との婚約が調った。
フォラウニアは金髪碧眼の美しい公爵令嬢である。
ブルド王太子も同じく輝くような金髪碧眼の美男で、勉学、剣技も優秀で、このアベル王国の王太子としてふさわしいと、貴族や国民からの評判も良い、素晴らしい王太子であった。
また、フォラウニアもブルド王太子に相応しくなろうと、婚約者として決まってから一層努力した。
ただ、時折、交流を深める顔合わせ。
ブルド王太子とは、世間一般の話をするのだが、まったく親しくなった気がしない。
婚約者として花を贈ってくれたり、誕生日には異国の珍しい首飾りや、指輪をプレゼントしてくれたり。
誕生パーティに来て、直接手渡してくれるのだが、礼を言っても、にこやかに、
「君が喜んでくれて私も嬉しいよ」
「こちらの、首飾りは王太子殿下自ら、選んでくださったのですか?」
「いや、臣下に聞いて君が好きそうなものをプレゼントした。気にいったのならよかった」
そんな感じで。どこか一線を引かれているような気がして。
フォラウニアは、結婚するならば、政略であるけれども少しでも親しくなりたい。
そう思っていたのだ。
それなのに…‥‥
貴族が誰しも行く王立学園に通いながら、交流をしていくのだが、どこかよそよそしいのは変わらなくて。
そして見てしまった。
見知らぬ令嬢とブルド王太子殿下が、仲良く中庭で話をしているのを。
あんな嬉しそうな笑顔見たことがない。
あの女、誰なのよ。ブルド王太子殿下はわたくしの婚約者。
誰なのよーーーっ
思わず、中庭に出て行って、ブルド王太子に問い詰めた。
「この方はどなた?何故、二人きりで親しくしているの?わたくしが婚約者。わたくしが貴方と結婚するのです。それなのに?この女は何?」
ブルド王太子は肩を竦めて、
「彼女はソニア。平民だ。とても心優しく私は癒されるのだ。だから中庭で話をしていた。確かに私は君の婚約者。勿論、先行き、君と結婚はする。だが、私が愛妾を持ったっていいだろう?」
ソニアという女は平凡な顔立ちの女だ。
茶の髪に茶の瞳。
そんなソニアが、口を挟んでくる。
「私は愛妾になるのですか?」
ブルド王太子は頷いて、
「君の身分なら私の愛妾かな。だって君は王妃にはなれない。身分が足りないからね。だから私の愛妾になって欲しい。うんと君を可愛がるよ。宝石を沢山買ってあげるから」
「贅沢させて下さるのなら、愛妾でもなんでも」
頭に来た。
愛妾って、自分に子供が出来なかったら側妃とかなら解るけれども、すでに愛妾?愛妾って何よ。
あまりにも頭に来たので言ってやった。
「あまりにも我が公爵家を馬鹿にしたやり方じゃありません?結婚前から愛妾?わたくしと結婚して子が出来なかったら愛妾っていうのなら解ります。でも、この王国では子が出来なかったら、しかるべき家から側妃を迎えるのが通例ですわ。平民を愛妾にした話なんて、この栄えあるアベル王国ではあり得ない話です。ですから、愛妾は認めません。わたくしに子が出来なかった時に、しかるべき家から側妃を娶って下さいませ」
ブルド王太子は反論してきた。
「君と結婚してやると言っているんだ。本当に愛するソニアを愛妾にしたってよいだろう?私は愛する者と結婚すら出来ないのか。私はこのアベル王国の未来の国王だぞ。そうだ、法を変えよう。私がソニアを愛妾として迎え入れられるように法を変えるのだ。それならば文句はあるまい」
ソニアは嬉しそうに、
「ブルド様の傍で暮らせるのですね?」
「ああ、愛しのソニア。安心するがいい」
失望した。こんな愚かな男だったのか?勉学も剣技も出来がいいと聞いていたが。
それでも、卒業したら結婚することは決まっている。
「貴方様はわたくしと結婚が決まっているのです」
「ああ、だから、ソニアは愛妾に。君さえ文句を言わなければ、私が法を変えて見せる」
「わたくしが嫌だと言っているのです」
「私はソニアを愛妾にしたいと言っている」
「話になりませんわ。国王陛下に直訴します。わたくしが不快だと思っている事をよく覚えておいてくださいませ」
父と共に、国王陛下と王妃に直訴したら、国王は、
「あまりにも、アイリス公爵家を馬鹿にしているのう。すまん。こちらからよく注意しておく」
王妃も、眉を顰めて、
「全く、ブルドには言い聞かせますから。本当に申し訳ないわ」
と謝ってくれた。
フォラウニアは、
「いえ、お二方にはわたくしの訴えを聞いて頂き、感謝しておりますわ」
この後、まさか、二人が姿を消すとは思わなかった。
王立学園を卒業前、卒業後すぐに結婚式が迫っているので、準備に忙しい。それなのに、式の一月前、ブルド王太子は失踪してしまった。ソニアと言う女と共に。
思わず扇をテーブルに叩きつけた。
あんなに愚かな男とは思わなかった。
いなくなってしまうだなんて。
金をかけて、準備している結婚式。
王位継承者であるブルド王太子とフォラウニア王太子妃の結婚なのだ。
フォラウニアは、国王陛下に、
「王位継承権第二位は‥‥‥」
「私の歳が離れた弟、ロイド。歳は28歳。奴はいまだ結婚していない。そうだ。どうだ?奴と結婚式を挙げるか」
ロイドといえば、金髪碧眼の美男であるが、いまだ結婚していない。
ちまたでは女性に興味がないのではないか?とか、人に興味がないのではないか?とか、色々な説が流れている。
夜会に出れば、それでも令嬢が群がり、ダンスの腕前も一流のはずなのに。
どこの貴族の家も申し込みを受けないのだ。
フォラウニアも何度か、ロイドとダンスを踊った事がある。
一流の腕前に驚いた。
踊っている間だけ、時を忘れられた。
これが恋というものなのだろうか?
だが、フォラウニアは、ブルド王太子の婚約者。ちょっと胸がドキドキしたとはいえ、その想いはしまっておいたはずなのに。
ロイドの態度は、他の令嬢とフォラウニアとは変わらず、
どこか遠い人だと感じていて。
もし、ロイドと結婚出来たら、どうなのだろう?
彼は男の人に興味があるの?
それとも人には興味がないの?
ロイドとじっくり話をしてみたい。フォラウニアは、ロイドに会いに行くことにした。
ロイドは、王宮の庭のテラスに招待してくれた。
薔薇が咲き乱れる王宮の庭を眺めながら、一緒にお茶を飲む。
ロイドはにこやかに、
「私に王位継承の話が出ている。君との結婚の話も。ブルドは愚かにも、姿を消してしまった。君さえ嫌でなければ結婚したいと思っているよ。私は王位を継ぎたい。それは長年の夢だった」
心がざわざわする。
この人がもしかしてブルド王太子殿下を行方不明にした?亡き者にした?
ソニアと共に、始末した?
フォラウニアはロイドに聞いてみた。
「貴方様がもしかして、ブルド王太子殿下を?」
「まさか。王位を継ぎたいと言う思いはあれども、ブルドを始末する程、酷い男ではないよ。私が王位を継ぎたいと思っているのは、国の頂点に立てば色々と出来るだろう?私はやりたい事が沢山あるんだ。南のエフェル山の開発。隣国オルド王国との交易。他にも貧しい人々が減るような福祉政策」
「でしたら、宰相になった方が早いのでは?」
「この王国では最終権限は国王にある。私は前に出て、政が出来る国王になりたい。だから、王位がこの手に転がってきてくれて、とても嬉しい。君が共に手を携えて走ってくれると言うのなら、それはとても有難い事だと思うよ」
この人の言う事を信じていいの?
ブルド王太子殿下を殺したかもしれない。
ソニアという平民女が今、どうなっているのか?彼女も土の下に埋められた?
恐ろしい男かもしれない。
それでも、わたくしは‥‥‥
「貴方と結婚致しましょう。わたくしもアイリス公爵家の娘。王国の頂点に立てるというのなら、貴方と結婚致しますわ」
「有難い。それならば、一月後、結婚しよう」
手の甲に口づけされた。
それからのロイドは優しかった。
結婚式の準備で忙しい合間、二人で一緒に王宮のテラスで紅茶を飲む。
「君は本当は寂しかったのだろう?本当の愛が欲しかったんじゃないか?」
「寂しかった?」
「ブルドに愛されなくて、寂しかったのではないか?私は君とブルドを見ていると、君はいつもイライラしていて、気にはしていたんだ」
「気にして下さっていたんですか?」
「まぁね。でも、君はブルドの婚約者だったから一定の距離を保っていたよ。気にはしていたが、恋していたとか、それはない」
何故かちょっと胸が痛んだ。
ロイドは優しい眼差しで、
「どうした?」
「わたくしに恋をしていたとか言って下されば、わたくしは嬉しかった。そう思ったのですわ」
「ハハハ。私は嘘をつきたくはないよ」
「それならば、教えてくださらない?どうして今まで結婚をしなかったのかしら?仕事が忙しい?それでも妻がいた方が都合がよかったと思いますわ。特に貴方様は立場が上なのですから」
「兄に遠慮をしていたんだ。私は側妃から産まれた息子だから。国王である兄にしてみれば、私は煙たい存在だろう?だからね。兄の機嫌を取る必要があった。結婚してどこぞの家の後ろ盾を得て、兄に睨まれたくなかった」
「お聞きします。改めて。ブルド様は本当に貴方様が関与していないのですか?」
鳥の鳴く声が聞こえる。春の日差しが降り注ぐ午後。
沈黙が二人の間に流れて。
ロイドは優雅な手つきで紅茶を飲み、まっすぐにフォラウニアを見つめて。
「ブルドが行方不明になって、内心喜んでいる自分が私は嫌になる。だって、君と結婚出来るのだから。今まで諦めていた結婚が出来る。こんな綺麗な令嬢と。私は幸せだよ。やりたい政治にも堂々と介入できる。君の事を愛しているかって?それはまだ解らない。これから君と愛を紡いでいきたい。だから私を信じてくれるか?ブルドの行方不明に私は関わっていない。お願いだから信じておくれ」
そう言って、ロイドはフォラウニアの前に来て、こちらを見つめてきた。
フォラウニアは立ち上がって、ロイドの背に手を回し抱き締めた。
「貴方は苦しんできたのね。一緒にこれから走っていきましょう。わたくし、嬉しいの。
今までとても寂しかった。わたくしはブルド様に愛されたかったの。でもそれが叶わなくて。心に隙間風が吹いていたわ」
ロイドの頬に両手を当てて、その顔を見つめながら。
「わたくしを見て。わたくしも貴方を見るから、ね?お願い」
ロイドは切なげに微笑んで、
「ああ、しっかりと見ているよ」
「わたくし達、きっと愛し合える。貴方の苦しさもわたくしの寂しさもきっと癒される。共に走りましょう」
ロイドが顔を近づけて、口づけをしてくれた。
その口づけはとても甘くて。
フォラウニアは幸せを感じるのであった。
ブルドとソニアは半月後、死体で見つかった。
魔物が生息する森の中で、二人だと解ったのは、王族の証の指輪をブルドが嵌めていたからである。どちらも骨になっていたものだから、ブルドが指輪を嵌めていなければ本人だと解らなかっただろう。
何故、二人が森に分け入ったのか解らない。
フォラウニアは、ロイドの言葉をただ信じることにした。
二人が死体で見つかったせいで、喪に服する為、結婚式が半年、延期された。
最近のロイドは、フォラウニアに愛を囁いてくる。
「今宵は王宮の夜会。君と踊るのが楽しみだ」
「わたくしもですわ」
喪に服するとはいえ、王宮では夜会は開かれている。
貴族の社交の場を止める訳にはいかないからだ。
周りの貴族達が見とれる中、二人で華やかにダンスを踊る。
ロイドが耳元で囁く。
「今宵はとても綺麗だ。私のフォラウニア。これからもよろしく頼むよ」
胸がドキドキする。わたくしはこの方に恋をしているんだわ。
顔を見上げて、そっと聞いてみる。
「わたくしの事が好きですの?わたくしは貴方に恋をしているわ」
「君の事が私も好きだ。私も恋をしているよ。一緒に、これからも走って行こう」
幸せだった。とても‥‥‥
でも聞いてしまった。
前側妃であり、ロイド様の母上であるエメリア様。彼女との会話を。。
「母上。フォラウニアは知らないのです。母上が私の為を思って、ブルド達を亡き者にしたということを。もしこの事を知ったら彼女は‥‥‥」
「知らなくてよいわ。わたくしが一人でやった事。国王ゼルスがお前を煙たがって、嫌がらせをしていたのは耐えられなかった。わたくしはお前に幸せになって貰いたかった。だから手を血で汚した。罪はわたくし一人で被るから安心するがいい。お前は現に何も知らなかったのだから……」
「母上一人に罪を被せる訳には。母上が罪に問われると言うのなら、私も共に‥‥‥」
「馬鹿を言うでないわ。お前は国王になる身。どうかわたくしの悲願を叶えておくれ。ずっとわたくしはお前が国王になるのを楽しみにしていたのだから」
ガタっと音を立ててしまった。
扉が開けられて、ロイドが絶望したような顔でフォラウニアを見つめてきた。
「聞いてしまったのだな。ああ、私は昨日知ったのだ。動揺して、警戒を怠った。私との婚約をどうか破棄しておくれ」
フォラウニアは部屋の扉を閉める。
そして、エメリアに挨拶をした。
「前側妃エメリア様。フォラウニアでございます。わたくしは、何も言いませんわ。このことは墓までもっていきます」
「フォラウニア‥‥‥」
「わたくしとて、ロイド様の世を見たい。ブルド様に裏切られて、本当に苦しかったのですわ。わたくしはロイド様の事を愛しています。だから、この事は墓までもっていきます」
ロイドが背後から抱きしめて来て。
「本当にすまない。君にも大きな重荷を背負わせてしまった」
エメリアも涙して。
「申し訳ないわ。でも、わたくしは耐えられなかった。だから……」
ロイドから離れて、エメリアの手を取り、
「わたくし達は共犯者ですわね。これからはこの話は一切、しないで下さいませ。うっかり誰かに聞かれたら大変ですわ。いいですわね?」
エメリアもロイドも頷いた。
ブルドとソニアは、魔物に食われて亡くなったのだろう。
馬車で森に連れて行かれてそのまま‥‥‥
それでも、わたくしは‥‥‥
ロイドと共に今宵も夜会でダンスを踊る。
きっと二人の手は血に濡れているのだろうけれども、それでも、未来の国王と王妃として共に走り抜く為に、罪を背負って、華やかにダンスを踊る。
エメリア様も、ロイド様も、そしてわたくしも地獄に落ちるわね。
でも、愛する人と落ちる地獄はとても幸せかもしれないわ。
華やかなはずの王宮の内面は真っ暗闇だけれども、それでも、わたくしは‥‥‥
ロイドの顔を見つめると、悲しそうに微笑んだ。
フォラウニアはロイドの唇にそっと唇を押し当てた。
わたくしが貴方を守るわ。愛している、愛しているわ。ロイド様。