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8話

 「セシリアさん、お祭りのこと聞いてます?」


隣の農家の奥さんが、朝の菜園の手入れをしている私に声をかけてきた。


「お祭り……ですか?」


「ええ。村の豊作を願って感謝を捧げる小さな祭りなんですけどね。毎年この時期にあるんです。家族や友人と一緒に村中が賑やかになりますよ」


私が大聖堂での厳格な儀式以外にお祭りに行くことなんて考えたこともなかった。けれど、村の人々が集まって楽しむ機会なら、一度見てみたい気がした。


「それは、素敵ですね」


すると奥さんがにっこりと微笑んで、「せっかくですし、誰か一緒に行く人がいると楽しいですよ」と意味深な視線を向けてきた。


その日の夕方、いつものように家を訪ねてきたレオナード様に、その話をしてみることにした。


「レオナード様、この村でお祭りがあるそうです。もしよければ、一緒に行きませんか?」


私がそう言うと、彼の目が一瞬大きく開き、頬が赤く染まるのが分かった。


「……セシリア様、今のは、その、デートのお誘いでしょうか?」


「えっ……!」


私は思わず顔を覆いたくなった。デートなんて考えていなかった。ただ、一人で行くより一緒に行ったほうが楽しいかもしれないと思っただけなのに。


「いえ、そういうつもりでは……」と否定しようとしたものの、言葉が詰まる。考えてみれば確かにこれはデートと呼べるものかもしれない。


「……そうですね、デートかもしれません」


顔が熱くなるのを感じながら小さく答えると、レオナード様は信じられないというような表情を浮かべ、次の瞬間には満面の笑顔を見せた。


「ありがとうございます!セシリア様からそんなお誘いをいただけるなんて、まるで夢のようです!」


その嬉しそうな顔に、私はどう返せばいいのか分からなかった。ただ、彼の気持ちが純粋に伝わってくるその笑顔に、なんだか心が少し温かくなった。



 お祭り当日、朝から村の通りは活気に満ちていた。家々にはカラフルな布が飾られ、露店では焼きたてのパンや香ばしい焼き串が売られている。詩人が村の歴史を歌い上げる美しい声が響き渡り、子どもたちの笑い声が楽しげに混ざっていた。


「すごい……こんなに賑やかだなんて」


私は村の意外な一面を初めて見て、驚きと感動を覚えた。隣を歩くレオナード様も同じように目を輝かせている。けれど、彼の視線はどちらかといえばお祭りよりも私に向けられているような気がして、少し気恥ずかしい気持ちになった。


「セシリア様、何か食べたいものはありますか?」


彼が指差した先には、村の特産である野菜をたっぷり使ったパイが並んでいた。


「じゃあ、あれをいただきましょう」


私たちは露店でパイを買い、並んで座れる広場の端に腰を下ろした。焼きたてのパイは熱々で、口に入れると具材の旨みがじゅわっと広がる。


「美味しいですね」


「ええ、村の方々の温かさが伝わってくるようです」


そんな何気ない会話をしながら、お祭りの空気を存分に味わった。


 夕暮れになる頃には、手いっぱいの荷物を抱えながら家に戻ってきた。村の商店で買った食材や露店で見つけた小物たち。いつの間にか買い物が楽しくなってしまい、二人ともつい手を伸ばしてしまった。


荷物をテーブルに置きながら、私はふと決意した。今日は、ずっと準備していたものを彼に渡そうと思っていたのだ。


「レオナード様、少しお待ちください」


そう言って、私は部屋の奥に準備していた小さな袋を取り出した。生成りの布で縫ったその袋には、自分で施した草花の刺繍がささやかながら彩りを添えている。


「つまらないものですが、以前いただいたブレスレットのお礼です」


「これは……香り袋?」


彼は驚きながらも嬉しそうに袋を受け取り、中に詰められた薬草の香りをそっと嗅いだ。


「ミントの香り……これは、あなたが作ってくださったのですか?」


「はい。庭で一緒に栽培していたミントを使って調合しました。香りが疲れを癒す効果があるので、レオナード様のお役に立てばと思って」


本当は、その袋には私の"聖女の力"も込められている。戦場で疲れたときに、少しでも彼を助けられるようにと願いを込めて作ったものだった。


「ありがとうございます……セシリア様」


レオナードはそっと袋を胸に当て、まるで宝物を手にするような表情を見せた。そして次の瞬間、彼は私を抱きしめた。


「レ、レオナード様!?」


驚きの声を上げる私をすぐに解放し、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「すみません……あまりに嬉しくて、つい……」


「……いえ、大丈夫です」


不思議なことに、彼の腕に包まれた瞬間、私は嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、温かさを感じたのだ。それがどういう意味を持つのかは、自分でも分からなかったけれど。彼の手には、私が作った香り袋が大切そうに握られていた。



 「見つからないだと……!」


大広間に響き渡る父である王の怒声に、俺は肩をすくめながらも平静を装った。


「申し訳ありません、父上。騎士団の者たちも全力で探しております」


「全力で探しているだと?結果がこれか!貴族からの不満が膨れ上がっているのが分からんのか!お前がちゃんと管理してないからだろ!」


父の言葉に心の中で舌打ちする。どうしてこんなことで俺が叱責されなきゃならないのか。それに、いなくなったのは彼女自身の意思だろう?


(あいつ、そんなに俺にフラれたのがショックだったのか?)


そんな考えが浮かぶと呆れながらも少し可笑しくなる。そういえば、セシリアも清純そうで可愛い顔をしていた。心優しい"聖女様"には、俺との結婚が相当嬉しかったのだろうな。もう少し優しくしてやればよかったか?


しかし、現実は厄介だ。騎士団からの報告では、セシリアがどこへ行ったのか、手がかり一つ見つからないらしい。彼女が部屋を抜け出した痕跡すら掴めていないとか。


大聖堂にしか居場所がない人間がどうやって完璧に姿を消せるのか理解できない。



 その夜、俺はいつものように貴族仲間たちと酒を飲んでいた。お気に入りの酒場で、同世代の男たちとグラスを傾ける。ここは俺にとっての憩いの場だ。


「アレクサンドル様、今日はまた一段とご機嫌斜めですね」


皮肉げに笑う若い貴族の一人がそう言いながら、杯を差し出してきた。


「機嫌が悪くなる理由はわかるだろ?聖女の件で、父上はご乱心だ」


俺がそう言うと、場の空気が少し重くなる。聖女の失踪は貴族社会でも大きな噂になっていて、彼女の行方が全く掴めない状況に誰もが興味を持っているのだ。


「まあ、金をかければ見つかるんじゃないですかね」


ふと、ある若い貴族が笑いながら口を挟んだ。


「俺の従兄弟、若い女優と駆け落ちしちゃったことがあったんですよ。それで、その親が情報屋ギルドに頼んで見つけたらしいです。手荒な方法だったみたいですけどね」


「……それで、従兄弟はどうなった?」


俺が尋ねるとその貴族は肩をすくめて笑った。


「無事に戻ってきましたよ。まあ、女優のほうは……ね」


その一言で全員が理解した。情報屋ギルドは結果を出すが、その過程で何が起きても関知しない。それが奴らのやり方だ。


「金さえ払えば、動く連中なんていくらでもいる。騎士団が役に立たないなら、そういう手を使えばいいんじゃないですか?」


その提案に、俺は杯を口に運びながら考え込んだ。


(確かに。手段を選ばなければ、早く片付けられるかもしれない)


それからの宴会は、ますます賑やかになり一晩中酒と笑い声が尽きなかった。聖女のことなんて、しばし忘れてもいいだろう。どうせ、すぐに見つかるだろうからな。

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