7話
商店の棚には地元の新鮮な野菜や手作りのジャム、小さな雑貨などが所狭しと並べられている。私はカゴを片手に必要な食材を選びながら店内を歩いていた。
「おや、セシリアさん。今日は誰かと一緒ですかい?」
穏やかな店主のおじさんが声をかけてきた。彼は私が村に来た当初から親切に接してくれている人で村の中でも顔が広い。
「あ、はい。今日は少し……お手伝いしてもらっていて」
ちらりと横を見ると、レオナード様がカゴを持って黙々と私の後についてきていた。その姿は、どう見ても農作業を手伝う村人には見えない。筋肉質な体格は質素な服でも隠しきれない。同じく買い物をしに来ていたマダムの目を引いているのが分かる。
「ほほう、こんな立派な方とご一緒だなんて。もしかして、恋人さんかい?」
店主のおじさんの冗談交じりの質問に、私は思わず言葉を詰まらせた。
「い、いえ! そういうのでは……」
慌てて否定しようとすると、レオナード様がふいに笑顔を浮かべて口を開いた。
「まだ恋人ではありませんが、そうなれるように頑張っています」
その言葉に、私は思わず目を見開いた。店主のおじさんも驚いたように目を丸くする。
「おお、これはまた熱心な青年だ。セシリアさんもいいお相手を見つけたねぇ」
「ち、違います! そんな話は……!」
恥ずかしさに耐えきれず私は顔を赤くして足早にレジを済ませた。レオナード様は私の後ろで相変わらず微笑みを浮かべている。どうしてこうも堂々としていられるのだろうか。心臓の鼓動がやけに速く感じる。
家に帰る途中、ふと彼の表情を盗み見た。満足げに微笑むその顔はかつて私が大聖堂や戦場で見た彼の姿とはまるで別人だと何度思った事か。
(あの頃の彼と、今目の前にいる彼……同じ人とは思えない)
私はそんなことを思いながら、足元に視線を落とした。
家に帰り着くと、レオナード様は当然のように食卓の準備を手伝い始めた。
「今日の買い物、助かりました。ありがとうございました」
私が礼を言うと、彼はカゴを持った手を止め、にこりと笑った。
「いえ、私こそ。セシリア様と一緒に買い物ができて楽しかったです」
その言葉に、私も頷いてキッチンに向かった。夕食の支度を始めると彼は食卓のそばに腰掛け、じっと私の様子を見つめていた。
「そんなに見ないでください。落ち着きません」
「すみません。ただ、料理をしている姿がとても美しくて、見とれてしまいました」
その率直な言葉に、思わず手が止まる。
「もう、またそんなことを……」
「事実ですから」
彼の柔らかな声に、私は苦笑しながら再び包丁を握った。こうして何気ない日常を過ごせることが、どれほど幸せなことなのか。
それから、夕食を終え、食卓でほっと一息ついていたときだった。ふいに彼がポケットに手を入れ、小さな箱を取り出した。
「セシリア様、これを受け取っていただけますか?」
箱を差し出され、私は驚きの声を上げた。
「え……これ、私に?」
「はい。ただ、これを見たとき、あなたに似合うと思ったんです。それだけの理由です」
真剣な眼差しに、私は戸惑いながら箱を受け取った。中を開けると、そこにはシンプルなデザインのブレスレットが入っていた。華美ではないけれど、上品な輝きを放つその装飾品は、確かに私の好みに合っている。
「こんな素敵なもの……でも、私は……」
どう言葉を返せばいいのか分からず視線をさまよわせる。これまで異性はおろか、誰からも贈り物をもらったことなどなかった。だからこそ、その気持ちが嬉しくて仕方がなかったのだ。
「今は、あなたの気持ちに応える事は、正直難しいです……それでも、これはすごく、嬉しいです!」
正直な気持ちを伝えると、彼は柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。どうか純粋な気持ちで受け取ってください」
その言葉に、私は少しだけ安心してブレスレットを手に取った。そして、おずおずと手首にそれをはめてみる。
「……とても綺麗ですね」
「セシリア様に似合うと思っていました。よかった」
彼の満足げな表情に、私の胸が少しだけ温かくなった。
夜も更け、彼を見送る時間がやってきた。玄関の扉の前で、私は小さく頭を下げた。
「今日も、ありがとうございました」
「いえ、私のほうこそ。では、また明日お伺いしますね」
その言葉に、私は苦笑するしかなかった。彼が来るのはもはや日課のようなものになっている。それでも、彼の優しさに甘えっぱなしではいけないと思う。
(何かお返しをしたいな……)
彼の背中を見送りながら、私はそう心に決めた。彼がくれたブレスレットを見つめ、少しだけ微笑む。
こうして私の日常には、新たな温もりが少しずつ加わっていくのだった。
◇
レオナードがセシリアの家から出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。月明かりが微かに庭を照らし、冷たい夜風が吹き抜ける。レオナードは背筋を伸ばし、夜の静寂に耳を澄ませながら、ゆっくりと歩き出した。
しかし、数歩進んだところで草むらがざわつき、人影が現れた。即座に身構えたレオナードは、手を懐に入れていた短剣に伸ばしたが現れた人物を見て力を抜いた。
「……リードか」
現れたのは彼の信頼する部下の一人、リード・ガーランドだった。騎士団の中でも特に有能な部下で隠密行動を得意とする人物だ。
「団長、今日の逢い引きは終わりました?」
リードは苦笑しながら問いかける。その視線は、明らかに家のほうをちらりと見ていた。
「俺の行動にいちいち首を突っ込むな。それで、何の用だ?」
レオナードが低い声で返すと、リードは軽く頭を下げ、真剣な表情で口を開いた。
「王様が苛立っているそうです。聖女捜索の進展がないことで今日も王子に怒りをぶつけたとか。それで、王子が騎士団以外の組織に捜索を依頼する可能性が…」
その報告に、レオナードは少し考える素振りを見せたが、やがて短く「手は打ってある」とだけ答えた。
リードは一瞬眉をひそめたが、すぐにその表情を崩し、軽口を叩いた。
「……で、団長。聖女様とはどうなんですか?もう付き合えました?」
その言葉に、レオナードはリードを軽く睨んだが、すぐに苦笑を浮かべた。
「なかなか手厳しいお方だ」
「へえ。でも、団長が諦めるとは思えませんし、応援してますよ」
「余計な詮索はするな。お前の任務に戻れ」
レオナードはそのままリードを軽く追い払うように手を振る。リードは軽く敬礼すると、再び夜の闇の中へと消えていった。
その背中を見送り、レオナードは小さく息を吐く。
「……焦るな、ゆっくりだ」
彼は月明かりの下で呟きながら、再び歩き出した。その足取りは、これからもセシリアを見守り続ける決意を秘めたものだった。