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16話

 準備が整い、日もすっかり暮れた頃、ついにパーティの開始を告げる声が響いた。


「さあさあ、全員そろったな!」


村長が声を上げ、皆の注目を集める。


「今日は特別な日だ。ここにいるセシリアさんがこの村に来て初めての収穫を迎えられた! 初めての収穫は、村にとっても縁起の良いことだ。今後の豊作を願って乾杯としよう!」


「おおおーっ!」


村の人々が一斉に歓声を上げた。子どもたちは嬉しそうに両手を上げ、年配の方たちは笑いながら杯を掲げる。


「では、いくぞ。皆の者、かんぱーい!!」


村長の声が響き、全員が一斉に声を上げた。


「かんぱーい!!」


グラスやお猪口がぶつかり合い、パリンと心地よい音が響く。


(……私の収穫を、こんなに祝ってくれるなんて)


驚きと感動が胸を満たしていく。あたたかな笑い声が周囲を包み込み、どこを見ても幸せそうな笑顔が溢れている。


(ここが、私の居場所なんだ)


自然と心が満たされていくのが分かった。こんなに温かくて、優しい場所があるなんて、私は思いもしなかった。


「さぁ、食べて食べて!」

「お肉が焼けたぞー! 持っていけ!」

「子どもたち、アイスは後だぞ!」


大人も子どもも、関係なく笑い声が上がる。目の前には、たくさんの料理が並べられていた。私が収穫した野菜のサラダ、炭火で焼かれた魚や肉、農家さん自慢の新鮮なフルーツまである。


「セシリアさんが作った野菜よ。どうぞ召し上がれ」


奥さんが私の前に炭火で焼かれた野菜を差し出してくれた。


「……はい! いただきます!」


笑顔で答え、私は焼きたての野菜を口に運んだ。香ばしい香りが口の中に広がり、甘みがじゅわっと溢れ出す。


(……美味しい)


涙が出るほど美味しかった。自分で育てた野菜が、こんなにも美味しいなんて。


「セシリアさんの野菜、うまいな! これ、他の野菜より甘くないか?」

「確かに、すごく美味しい!」

「セシリアさんの腕前のおかげだな!」


村の人たちが口々に感想を述べ、笑い合っていた。彼らの言葉はどれも嘘偽りなく、本当に楽しそうだった。


その輪の中心に、自分がいることが不思議で、けれど心の底から嬉しかった。


(……あぁ、私は今、ここにいるんだな)


たったひとつの野菜の収穫が、こんなに多くの人の笑顔を生む。自分の存在が、誰かの笑顔に繋がるのだと、私は初めて実感した。


 パーティはさらに盛り上がりを見せ、村の大人も子どもも、笑顔で楽しんでいた。夜風が心地よく吹き込み、テーブルの上には村人たちが持ち寄った料理が所狭しと並べられている。


「おいおい、レオナードさん! こっちにも来てくれよ!」

「酒が足りなくなったぞ! 誰か追加を持ってきてくれ!」


笑い声が響き、グラスが次々とぶつかり合う音が重なった。


レオナード様も村の人たちに勧められ、お酒を飲んでいるが、顔色ひとつ変わらない。村の男性たちが「兄ちゃん、強いな!」と感心しているが、彼は静かに一口ずつ飲んでいるだけだった。


(さすが、騎士団長……お酒にも動じないのね)


私はというと、初めて見るお酒に少し興味が湧いていた。


(……お酒かぁ)


聖女として大聖堂にいた頃、お酒は儀式でしか目にすることはなかった。神父様や神官たちが隠れて飲んでいるところを見たことはあるが、私は一度も飲んだことがなかった。というか、飲む機会すらなかったのだ。


(でも、みんな楽しそうに飲んでるな……)


村長さんや商店のおじさんが、私に声をかけてきた。


「セシリアさんは、お酒は飲まないのかい?」

「えっ……い、いえ。飲んだことがないんです」

「なんだ、飲んだことがないのか! それなら、ちょっとだけ試してみるかい?」

「え、でも……」


村長さんはお酒が入っているガラスの瓶を持ち、赤い液体が入ったグラスを差し出してきた。


「これはこの土地で作られたワインだ。ぶどうの風味が効いてて、女の子にも飲みやすいと評判だ!」

「ええ、でも……」


ちらりと隣を見ると、レオナード様がこちらを見ていた。

やめたほうがいい、って顔だ。でも、みんな楽しそうだし……一口くらいならいいよね?ごめんなさい、レオナード様!


「……少しだけなら、いただいてもいいですか?」


私がそう言うと、村の人たちは「おお!」と盛り上がった。村長さんはすぐにワインを注ぎ、グラスを私に差し出してくれた。レオナード様の顔色を伺うと、眉を下げて呆れた様な、でも、微笑みを返してくれた。


「さあ、セシリアさん。飲んで飲んで!」


私は少し緊張しながら、グラスを両手で持ち、口元に近づけた。


(どんな味がするんだろう……)


そっと口をつけて、少しだけ飲み込んだ。


(……!)


口の中にふわっと広がる、甘酸っぱくて濃厚なぶどうの味。ほんのり渋みがあり、深い香りが鼻に抜けていく。こんなに美味しいものだとは思わなかった。


「美味しい……!」


思わず声が漏れる。


「だろう? この村の自慢のワインだ!」


村の人たちが笑い合い、私もつられて笑った。


(これなら、もう少し飲んでも……)


気づけば、グラスの中身は空っぽになっていた。誰かが「おかわり!」と叫ぶのが聞こえ、気づいた時には新しいワインが注がれていた。



 パーティが始まってから数時間が経った頃。


(なんか、ふわふわする……)


気づけば、視界がゆらゆらと揺れている。呂律も上手く回らず、体は温かくて気持ちが良い。隣のレオナード様が心配そうにこちらを見つめていた。


「セシリア様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! ほわほわしてて、気持ちいいです……」

「……お水を飲みましょう」


彼は冷静にお水の入ったグラスを差し出してくれたが、私はそれをぷいっと拒否した。


「いりませんっ! 私は今、楽しいんです!」


ちょっと強がってそう言ったが、ふらふらしていてうまく座れない。そんな私の隣で、農家の旦那さんも同じようにふにゃふにゃになっていた。彼の目は座っていて、頬が赤い。


「なぁなぁ、セシリアちゃん……」


旦那さんが私に向かって言った。


「セシリアちゃんと、レオナードさんは……どういった関係なんだい?」

「ちょ、ちょっと、あなた! 変なこと聞かないの!」


奥さんが旦那さんを軽く叩いたが、旦那さんは気にせず続けた。


「付き合ってんだろ? いいよなぁ、美男美女でさぁ。村にこんなカップルがいるなんて信じらんねぇなぁ」

「つ、付き合ってなんかませんっ!」


反射的に声を上げたが、口が止まらなかった。


「レオナード様に……プロポーズされてるけど、断ってるんです!」


ピシリ、とした音が聞こえた気がする。隣のレオナード様が驚いた表情をしていた。奥さんも同じような顔で口を半開きにしている。


「だって……だって……」


私は感情が抑えられなくなっていた。


「お互いのこと、何も知らないのに! それなのにおっきな薔薇の花束持ってきて、それから毎日毎日会いにくるんです……」


レオナード様が静かにお水を渡そうとするが、私は勢いよくその手を振り払った。


「毎日可愛いですね、素敵ですねって、言われても困るんです!」


涙が滲む。


「知ってるでしょ!? 私がそんなこと言われ慣れてないって!!」


レオナード様は何かを言おうとするが、私の言葉は止まらなかった。


「レオナードさんは……優しいし、かっこいいし……!」


一瞬、場が静かになった。


「……そんな素敵な人が、私のこと好きだなんて……!」


周りの人たちが「おお……」とざわつくのが聞こえた。目の前で、レオナード様の顔がどんどん赤くなり、困ったような顔をしていた。


(……あれ? どうしてこんなこと……言ってるの……?)


思考が止まりそうになる。


「……ふふっ……」


笑いが漏れた。


(あ、眠い……)


頭がぐらりと揺れて、私は自然とレオナード様の肩に寄りかかった。彼の声が遠くで聞こえた。


「セシリア様……?」


とても優しい声だった。


(……ごめんなさい、レオナード様)


私は、彼の肩にもたれかかりながら、静かに瞼を閉じた。


(……パーティ、楽しいなぁ)




 「……すぅ……すぅ……」


セシリアがレオナードの肩に寄りかかり、すっかり眠りについている。彼女の柔らかな髪がわずかに揺れ、静かな寝息が聞こえてきた。周囲の村人たちは最初こそ笑いをこらえていたが、次第にこそこそと囁き合い始めた。


「団長さん、顔が赤いぞ?」

「おやおや、これはこれは……子供達には見せられないわね」

「お似合いじゃないか! いいなぁ、若いって!」


一斉に向けられるからかいの視線。村の人たちは、まるで面白い劇を見ているかのように、にやにやと笑っていた。頭を抱えたくなるが、肩にいるセシリアの寝顔は穏やかで、とても心地よさそうだ。彼女の頬はほんのり赤く染まり、口元には小さな笑みが浮かんでいる。


(楽しそうにしているのは、いいことだが……)


その時だった。ドタドタと、外から何かが走り寄る音が聞こえた。


一瞬で空気が変わった。先ほどまでの笑い声がピタリと止み、村の人たちの視線が一斉に扉の方を向いた。


「誰か来たのか?」

「こんな時間に?」


ゴッ、バンッ!!


勢いよく扉が開かれ、ドアが壁にぶつかる大きな音が部屋中に響き渡った。


「きゃっ!?」


女性たちが驚きの声を上げる。


「何だ!? 強盗か!?」


村の男たちが立ち上がり、すぐに構えた。だが、そこに立っていたのは、見知らぬ若い女性だった。


肩までの明るい茶色の髪が軽やかに揺れ、彼女は荒い息をつきながら部屋を見渡した。そして、その瞳がセシリアを捉えた瞬間、目を大きく見開いた。


「セ、セ、セシリアさまぁぁぁあぁ!!!」


彼女の絶叫が、パーティ会場の全員の耳に突き刺さった。

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