1.『その親友の名は――藍華。またの名を、死の魔女』
突然だが、俺の親友の話をしよう。
俺、高尾勇樹。今年の春で高校1年になった誕生日が12月25日という俺には、親友がいる。
勇樹はもう、何も思わなくなった。自分の親友が、『魔法』を使う『魔女』だったなど。
初めて、藍華の『魔法』について知ったのは中学1年の時だった。
勇樹の親友、壇ノ浦藍華とは幼稚園からの付き合いだった。
名前に『藍』の字が入っているのは親が藍華の髪色を見て必ず名前に入れたいと思って入れたらしい。
綺麗で艶のある藍色の長髪に椿色の瞳。小さな顔であり、常に人当たりの良いように接している藍華は小学生の時から人気がある美少女だった。
小学生時代に渾名付けが流行った際に付けられた渾名は「アイ」。
それは、色々な意味を持っていた。小学生なんて、自分の興味のある事に関しては知識を増やそうとする生き物だ。「藍」の花言葉にある「美しく装う」というものが、藍華にぴったりと思った誰かがつけた。
藍華本人は特に嫌がる素振りはなく、受け入れていたのを勇樹はよく覚えている。
常に笑顔。常に優しく、自分には厳しい。
才色兼備、文武両道とは恐らくこのことで、藍華と一緒に登下校をしていた勇樹は心の中で「役得だ」と思っていたのは偽りではない。
中学1年生に上がった際。藍華と勇樹は同じ公立中学に進学した。
いくら幼馴染と言えど、クラスが違えば話す機会も少なくなる。
たまに、少しだけ心配になった勇樹が藍華のクラスを覗いてみたことがあるが、小学生の時の接し方で女子集団の支持を総取りしていたし男子は完全に藍華にあまりよくない眼差しや色目、恋の目を向けていた。
だから、嫌な予感はした。
勇樹はボランティア部に入っていた。藍華は帰宅部だった。
部活帰り、下校道の踏切から20メートル以上は離れていた距離で、たまたま藍華の姿を見た。
その日は、土砂降り雨の日だった。
どういうわけか傘を差さず、学校鞄も持たない藍華を見て、勇樹は違和感を覚えた。
「ーーアイっ!」
同小しか知らない藍華の渾名で呼んでも、気づかない。そのことに、段々と勇樹は違和感を募らせた。
かんかんかん、と踏切の遮断機が下りる。流石に止まると思ったが、藍華は止まらずそのまま遮断機の中へ。
「あいつッ!!おい!!アイ!!藍華!!危ないぞ!!出てこい!!」
勇樹は傘を投げ捨て、走った。でも、時間と電車は待ってくれず――藍華の眼前まで迫る。
勇樹の心臓が、止まったような感覚に陥った。伸ばした手も縛られたような錯覚に会い、そのまま藍華は電車に撥ねられた。
人を撥ねる音は、ゴン!と言う音だとそこで初めて知った。
でも、”どういうわけか電車は止まらなかった”。
普通、人身事故とすぐ運転手が分かって止まるはずなのに。その電車は、藍華を撥ねたことなど知らないように進んでいく。
「おい!!藍華!!藍華!!」
勇樹は線路に入り、血だまりの中に沈む藍華を揺さぶる。
冷たく、硬直していくその躯に触れながら、恐怖で痙攣しかける片手を使い、スマホを起動。
すぐに救急車に電話しようとすると――
「待った」
――後ろから伸ばされた手に、スマホが奪われた。
その声は、勇樹の良く知る人物のもので、すぐに自分の目と耳を疑いつつも後ろを振り向く。
そこには、赤色の傘を開いて学校鞄を持った、藍色の長髪に椿色の瞳を持つ藍華がいた。
「……は?」
「大丈夫だから。ゆっくん。私は、生きてるよ」
「で、でも……。だって、ここにも、藍華が……」
「大丈夫。それも私だけど、私じゃないから」
「は、はぁ……?」
耳を疑うような発言。ゆっくりと、ほほ笑みを浮かべた藍華は自分の躯に手を伸ばす。
藍華が藍華に触れた。その瞬間--藍華の躯が藍色の光を纏って消えた。
「ゆっくん」
「なんだよ……」
「この世界に、『魔法』を使える魔女がいるって言ったら、信じる?」
「……今、この状況で言うかぁ?」
さりげなく藍華が勇樹を傘の中に入れ、尋ねてくる。
今の超常現象を見て、これに科学的な何かがあるとは思えない。
だったら、もう――あるのではないか?
「分かった。ある、あるよ」
「ふふ。私は、死の魔女さんなんだぞ?」
「真面目なお前から、魔女なんて単語を聞くなんてな」
勇樹は藍華の幼馴染。ある程度、藍華の嘘や本当は分かるし、そもそも藍華が嘘をつくことなんてしないって知っている。
だったら、ホントなのだろう。ある程度の信頼関係があるからこそ、勇樹は藍華の言葉を受け入れ、藍華が『魔法』を使える『死の魔女』であることを受け入れた。
その時は、勇樹は思わなかった。その一週間後、藍華は転校してしまった。
そして、それから3年後。
3年後に、その――『死の魔女』様と再会し、『魔女』絡みのことに巻き込まれていくことなど。