病原菌
まずは問題の起きた街の中心部まで行ってみる事にした。
もちろん自分自身とレオ、マザールに闇属性の結界を忘れずに張る。
モーリスは邸に残って水魔法で降水量を調整してもらわなければならないから留守番。
実はレオの魔法は雨を降らすか止めるしか出来ないのだ。
雨の降り過ぎもプラント領の様になりかねないからね。
ゲンには例の酒屋に行ってパウロの捕獲を頼んだ。
「陛下、バネッサ様お気をつけてくださいませ」
青い顔して心配してくれてるモーリス、貴女の方が倒れそうなんですけど…
領民が次々と倒れたという中心部の広場に着くとそこは酷い有様だった。
老若男女、苦しそうに胸を押さえる者、その場に崩れるように横たわる者…
「いったいどうなってるの?」
あまりの地獄絵図に思わず足がすくむが、そんな中、叫ぶ金切り声が聞こえた。
「もおーーやめてぇー無いってばぁー!」
群がる人々の中心から聞き覚えのあるあの声の主は。
はぁー、恵里奈…
「痛いって!ひっぱらないでー!?」
なにしてんのあの子は?
レオとマザールに目配せして群がる人々に近づいていく。
「領主のマザール=グレインだ!お前達、何をしている!」
マザールの一声に群がる人々はこっちを見た。
ああ、領主様だ。
マザール様が来てくれた!
救われたようにマザールを見る人々に、領主としては慕われているのだと意外に感じた。
そういえば奥様とお子様も早々に避難させたり私の知る優像とギャップがある。
「あーまさるん!!たすけてぇー」
そこに相変わらず空気を読まない恵里奈の声。
「あの者が治す薬を持っているって言ったのです!!」
領民の1人が恵里奈を指差し叫ぶとそれからはワイワイガヤガヤと皆それぞれが訴える。
恵里奈を非難する者、マザールに助けを求める者、もう滅茶苦茶だ。
そんな中、マザールが右手を上に上げるとピタリと声が止む。
あら、ちょっと威厳があるじゃない?
「エリーゼ嬢、薬は本当にあるのか?」
鋭い視線を向けて問いただすマザールに半泣き状態の恵里奈が答える。
「持ってたわよーでもみんなが寄ってたかって奪って行こうとするからぁー落としちゃったのー」
はぁ…
とりあえず、恵里奈から話を聞かない事には訳がわからない。
マザールの連れてきた騎士に恵里奈の保護?捕獲を頼み、領民には少し待つようにマザールが話して宥めた。
恵里奈に群がってた人々は顔色は悪いが比較的元気だからまだ良いけど、そこらに倒れてる人達はとても危険ね。
早く何とかしないと…
近くの食堂の一席を借り恵里奈の話を聞いたが。
一同呆れて声も出ないわ…
恵里奈はあの男、パウロから病原菌と解毒薬を買ったらしい。
自分で病原菌を撒いておいて、
「私は聖女よー!」
と自己紹介しながら解毒薬を配ろうとしたのだそうだ。
その後は、突然の体調の不調と倒れる人々に不安に駆られた領民にもみくちゃにされて解毒薬を落としたらしい。
「だってぇ聖魔法使えないけどぉーあたしが癒さないとぉーストーリーが変わっちゃうじゃん!」
あ、やっぱり使えないのね。
だから無理矢理に自分で疫病を拡めて、薬で治そうとした。
でもそれって…
パシッ
不意に沸き起こる怒りの感情、無意識の行動だった。
今、私達のいるこの世界は私の小説とよく似た設定ではあるが小説ではないのよ…
皆、普通に生きて生活しているの。
そんな命を小説のキャラだと思い込んで弄ぶ事は許せなかった。
前世はどんな酷いことされても恵里奈に手を挙げることは無かった。
諦めていたのもあるけど、黙って全て受け入れていた。
たとえ愛した人を盗られたとしても…
だけどこれは違う。
バネッサの本性が出たのかも知れないが迷わず恵里奈の頬を打った。
「えっ…おねーちゃん?」
恵里奈も驚いたのだろう打たれた頬を押さえて怯えた目を向ける。
「解毒薬は?誰から買ったの?」
パウロだとわかってはいるけど、いきなり名前は出せないし仕方ないと思いながら聞いたが、恵里奈の答えは私の予想の遥か遠くをいっていた。
「パパ…」




