星野恵里奈
突然、妹が出来た。
16年間、両親と私の3人家族だったはずの家庭は母が私の高校の入学式の後、離婚届を置いて出て行った事から様変わりした。
母が居なくなって半年足らずで新しい母親と妹は家にやってきたのだ。
この妹とやらは新しい母親とやらの連れ子かと思えばどうやら父親の実子なのだと言う。
これは、あれだ…
もう16歳ともなればある程度は事情を察知できる。
父は私が2歳の頃にはすでにこの新しい母親とやらとそういう関係だったという事だ。
突然出て行った実母に裏切られた様な絶望感と怒りを抱えていた私も、この時ばかりは心底同情した。
実母は父親の不倫をとっくの昔に知っていたと言う。
それならとっとと離婚すれば良かったものの、まだ小さい私を連れて行く事も置いて行く事も出来ず、また父親が心を入れ替えるかもと微かな期待もあったと実母が出て行った時に私の部屋に置いてあった手紙に書いてあった。
そして手紙の最後には、
(生活が落ち着いたらなるべく早く迎えに行くから、出来ればあかりも早くその家を出なさい)
文章だけを見た時には正直何を言ってんだ、と呆れていた所もあったがこうして現実を目の当たりにすると実母の言う事が理解出来たのだった。
それから高校卒業までの3年間は苦痛でしか無い生活だった。
新しい母親と妹ははじめからそうであったかの様に父親と仲睦まじく過ごし、なんなら元々いた私の方が邪魔者だった。
学校で帰りが遅くなる私を置いて外食に出掛ける3人。
妹の誕生日だからと私の起床前に遊びに出掛ける3人。
私が高校2年に進級する頃にはすっかり孤立してしまい、いない者として扱われる事にも慣れてしまっていた。
そしてそのままいない者と放って置いてくれればまだ良かったのに、この妹とやらは何かと私に絡んでくる。
「おねーちゃん見てー!」
真新しいパスポートを手にした妹が駆け込んできた。
また始まったよ…
内心ため息を吐きながらも目線だけは妹へ向ける。
「夏休み、グァムに行くからパスポート作ってもらったのー!」
開かれたパスポートを見ると妹の顔写真と、(星野恵里奈)と書かれた名前が見えた。
グァム旅行の予定など知らないし、私だってパスポートは持っていない。
でもそんな事よりも、パスポートに書かれた名前に胸が苦しくなった。
パスポートは身分証明書にもなる。
ああ、この子はもう正式に(星野恵里奈)と認められているのだと思うと何とも言えない感情に見舞われた。
羨ましい?嫉妬?
いやそんな簡単な事では無くて…
星野あかりと言う存在が消えてしまいそうな、そんな気持ち…
それからは地元から離れた大学に進学するために色々調べたり、勉強に力を入れたりしながら、家では空気の様に暮らした。
食事など私の分は用意されないから朝は抜いて昼は高校の学食、夜はアルバイト先での賄いを食べた。
恵里奈は私に対して何かと揶揄ったり、自慢気にマウント取って笑っていたけど、父親は無関心、新しい母親など会話さえ無かった。
早くこの家を出たい
そればかり考えていた。
そして無事に隣の県にある大学に進学。
学費だって出してもらえるとは思っていなかったからランクを落として特待生で入学したのだった。
17、8歳の女の子が親の支援も無くここまでするのは大変な事だったが、この家からやっと出られる…
その事が何より本当に嬉しかった。
自分は父親からも母親からも捨てられたんだ。
これからは1人の力で生きていこうと、誰からも見送られる事もなく実家を出て隣の県に行ける電車に飛び乗ったのだった。




