星野あかり
大学4年の夏、就職も無事に決まっていた私はアルバイトに明け暮れていた。
卒業すると学生寮は当然出なくてはならない。
実家になど絶対帰りたく無い私は引っ越し資金を作らなくてはならなかった。
「ありがとうございました~」
寮から徒歩で行けるファーストフード店で出て行く若いカップルのお客様に声をかける。
いいなーデートかなぁ?
私だって一応年頃の女の子だ、恋愛や彼氏、デートという響きに憧れはある。
実際にはアルバイトと卒論、就職先の研修もはじまったらそんな余裕など無いし、大学にいる所謂、肉食系女子には嫌悪感がある。
結局は口先だけでいいなーと言っているだけなのだが…
「あかりちゃん、お疲れ」
声を掛けてきたのは同じくアルバイトで同じ歳の長谷川優君だった。
お互い大学4年生だからなのか、良くシフトが被る。
明るく爽やか系の彼は私にとっては珍しく気軽に話すことが出来る異性だった。
「お疲れ様です、長谷川くん。また同じ時間なのですね」
こんな感じだった私達は大学を卒業して、就職のためにアルバイトも辞める頃には何となく別れ難くなって付き合う事になった。
私はIT系の会社に就職していた。
大学も情報学部だった事もあり在学中にプログラミングの面白さにハマってしまったからだった。
小規模ながらもアットホームな雰囲気でとても居心地の良い職場だった。
私は早く一人前になりたくて必死に仕事をしていた。
一方、優は親の経営する建設系の会社に就職していた。
親元の安心感からか、のんびりと仕事をしている優と私はギャップがあったけどそれなりに仲良くしていた。
休みの前日には優が私のアパートに泊まりに来ていたし、月に数回は外で食事したり憧れのデートを満喫していた。
そんな公私共に充実した毎日を過ごしていたある日、1番関わりたく無い人物から連絡が来たのだった。
「ああ、あかりか?父さんだけど…」
大学を無事に卒業した時に報告の電話をした時以来だから実に半年振りの親子の会話だった。
「実は恵里奈の事なんだが」
半年振りの会話は、私の近況を尋ねるでも元気にしているかと気遣うでもなく、腹違いの妹の話だった。
私より2歳下で短大に通っていた彼女は3月に卒業予定なのだが、就職が決まらず困っていると言う。
そこで私の働く会社に口利きしろと、簡単に言えばコネ入社させろと言ってきた。
「うちは専門職だから普通の短大生には無理よ、あの子が入社しても何もできないわ」
まだ入社して1年も満たない私になんて事を言い出すのかと呆れながらも返事をすると、それならどこの会社でもいいからどこか紹介しろと暴言は続く。
もう面倒になった私は、考えとくと返事をしておいて電話を切った。
本当に相変わらず常識の無い人だった。
父だって一応は会社員だ。
そんなに困っているなら自分の会社に入れればいいのに。
まぁそれが出来なかったから私のところにまで連絡が来たのだろうけど…
携帯を片手に深いため息を吐く私に、私の部屋に遊びに来ていた優が心配して声を掛けてくれた。
何でも無いよと濁しておけば良かったのに、久々に話した父親に強いストレスを感じていた私はつい優に愚痴を言うように内容を話してしまった。
「なんだ、そんな事なら俺の会社を紹介してやろうか?」
思えばこれがこの先の悪夢のはじまりだったんだ。
この時は親切心で言ってくれていたであろう優の申し出を頑なに断っていたら?
いや、電話の内容など何でもないと誤魔化していたら?
状況はまた変わっていたのだろうか?
今となっては知る由もないけれど…




