断乳?卒乳?
「バネッサ様、オスカー王子も誕生されて10ヶ月になります」
ある日の事、
私がいつもの様にオスカーの離乳食後の授乳をしているとモーリスが話し掛けてきた。
「そろそろ授乳は終了の頃かと…」
んーー
そうか、もうそんな時期なのね。
たしかに前世の時もそうだった。
生後10ヶ月ともなれば3食とも離乳食を食べられる子もいる。
離乳食で充分栄養が摂れるのであれば授乳の必要性は無くなるから断乳の時期ではある事は確か。
それに加えて仕事復帰で保育園に入れる為に、とか大人の事情も絡んでくる。
元太の時は…
保育園に預ける必要も無かったし、断乳じゃなく赤ちゃんが自然に欲しがらなくなるまで続ける卒乳を私は選んだ。
たしかに子育ての中でも色々な意見がある項目のひとつよねー
昔の人は断乳する為に乳首にワサビを塗って赤ちゃんに吸わせた。
なんて逸話はよく聞く話だ。
でもよくよく考えたら有り得ない事よ。
赤ちゃんにワサビを食べさせている様なものでしょ?
病気や、母乳が止まってしまったりと不可抗力な事情もあったりするので中々デリケートな問題でもある。
なので、保育書や保健師、小児科医もほとんどが同じ事を言う。
(母親の判断に任せる)
まあ、正直そう言うしか無いよね。
早く断乳した方が良いとか、長く授乳した方が良いとか正確なデーターも理論付ける事もできない訳だし、
なんなら赤ちゃんひとりひとり発育状況も性格も違う。
その子を一番よく知ってる母親に託す以外ないわ。
「私、オスカーが欲しがらなくなるまで続けたいと思うのだけど…」
モーリスに絶対反対されると思いながらも恐る恐る言ってみた。
「何故でございますか?」
すると意外にも理由を聞いて来た。
モーリスはすごく真面目な性格だし、乳母としての経験も知識も豊富にある。
それ故に予定外の事を嫌がる傾向にあるのを知っていたからだ。
「オスカーは第一王子だし、将来的には国王を継ぐ事になるでしょ?」
これから成長していくに従ってオスカーは大きな期待とプレッシャーを背負う事になる。
心身共に鍛えられるだろうし、学業も日本の義務教育とは桁違いで詰め込まれる事だろう。
感情をコントロールする事を強いられ、笑う事さえ出来ない場面も出てくる。
そんな険しい未来が待っているオスカーにとって…
「唯一、無条件でワガママを聞いてあげられるのって今しか無いと思うの…」
まだ自分が何者かもわかっていない、右も左もわからない今だけ…
そう言った私の言葉にモーリスは静かに頷いた。
「畏まりました。バネッサ様がその様にお考えならば、そう致しましょう」
あら?
モーリスがやけに物分かりが良い??
いつもならあれこれ説明してあーーだ、こーーだと色々言い合って渋々頷いてくれる流れなのに?
そういえば、王妃宮のみんなも今まで以上に生温かい雰囲気なのは感じている。
肌寒いからストールを、とか散歩に行かれるならお帽子をと、なんだかんだと世話してくれるし、声も掛けられる。
やっぱりオスカーがとんでも無く可愛くて尊過ぎるせいかしら?
しかし実際には…
こっそりと隠れて張ったと思っているディテール領の結界。
その結界のおかげでディテール領が助かった事、王妃宮の使用人は殆どが知っていた。
そもそも、王宮で働く者達の情報収集力は高い。
その時その時の情勢を読まなくては自分の職場に火の粉が降りかかるからだ。
更に情報源はレオナルド陛下その人。
噂話を窘める立場のモーリスも黙認しているとなれば、あっという間に噂が広まるのは当たり前と言えば当たり前の事だった。




