生き地蔵
昔、ある村に一人の少年がいた。
その子は幼くして両親を亡くしており、親戚の家で育てられていた。
しかし、親がいないことでひねくれてしまっており、幸せな人を妬んだり、嘘をついて他人を騙したりしていたので、村人たちからは嫌われていった。
やがて、誰にも相手にされなくなると、少年は頻繁にいたずらをし、騒ぎを起こすようになった。
最初は畑の作物を盗んだり、家畜を驚かせて逃がしたりと迷惑な程度だった。
が、それでも村人が無視していると、徐々にいたずらもエスカレートしていき、罠を作って人を陥れケガをさせたりと、手が付けられないほどになっていった。
そうして、ついには親戚の家も追い出され、村にある廃寺に隠れ住むようになった。
ある日、腹を空かせた少年は、寺に祀られていたお地蔵様のお供え物を盗み食いしてしまう。
これが信心深い村人にバレて、少年は罰当たり者として責められた。
しかし、悪知恵が働いた少年は、お供え物を盗み食いする際に、お地蔵様の口元に食べかすを塗りたくっておいた。
そして、
「お供え物はお地蔵さんが食べてしまったのだ」
と、言い訳をした。
村人たちが確かめると、確かにお地蔵様の口元に食べかすがついている。
少年は得意気になり、村人たちは大いに驚いた。
この話はあっという間に村中に広がった。
そして、お地蔵様は「生き仏」として大変ありがたがられ、村人たちは日々お供え物を供えた。
少年は思わぬ展開に喜んだ。
何しろ、愚かな村人たちは自分のウソを信じ、間抜けにもたくさんの供え物を供えていく。
おかげで食べ物にも困らず、少年は怠けながら暮らした。
そんなある日、お地蔵様の背後で昼寝をしていた少年は、一人のおばあさんがお供え物を持ってきたのに気付き、そのまま隠れていた。
おばあさんは、
「お地蔵様、わずかばかりですが畑で採れた野菜です。お召し上がりください」
と言って、痩せた大根などをお供えした。
そこで少年はあることを閃き、声音を変えて言った。
『これ婆よ。我は痩せた野菜などいらん。新鮮な魚が食いたい。魚をお供え物に持ってこい。でないと、天罰をくだすぞ』
これを聞いたおばあさんは腰を抜かさんばかりに驚き、慌てて逃げ帰ると魚を買い求め、お地蔵様の元へ向かった。
「お地蔵様、魚でございます。これでお許しください」
そうして何度も手を合わせながら、おばあさんは帰って行く。
誰もいなくなったのを見計らい、少年は供えられた魚を奪った。
そして自分の作戦が上手くいったことをほくそ笑んだ。
「こいつはいい。これからは欲しいものがもっと簡単に手に入るぞ」
罰当たりにも少年は同じようにお地蔵様になりすまし、村人を騙し続けた。
もともと「生き仏」としてありがたがられていたお地蔵様の話は、おばあさんの話も合わさってさらに広まった。
そして、村人たちは時々しゃべるお地蔵様の要求をのんで、次々とお供え物をしていった。
無論、少年はお供え物を自分で飲み食いしながら、お地蔵様の口元にぬりつけ、お地蔵様が飲み食いしたように見せかけるのも忘れなかった。
やがて、それはエスカレートし、ついには村人同士でお供え物を奪い合って刃傷沙汰になったり、供えるものが無くなり、餓死する者まで出始めた。
そんなある日。
一人の男がお供え物を持ってきた。
そして、手を合わせて帰ろうとした時である。
「これ、男よ。我はこのようなものは要らぬ」
突然のことに男はびっくりした。
「お地蔵様、それでは何をお望みですか?」
「うむ。我に〇〇〇を供えよ」
お地蔵様が口にしたものに、男は再び大いに驚き困惑した。
驚いたが、お地蔵様に逆らうわけにもいかない。
しかも、目的のものを供えるには心当たりがない。
悩みながら男は帰り道を進む。
すると、向こうから例の嘘つき少年が歩いてきた。
どういうわけか最近、この少年は羽振りがいい。
今日も酒でも飲んだ帰りなのか、その足取りは千鳥足だった。
それを見た瞬間、男はあることを決意した。
そして、少年に声を掛けた。
翌日。
お供え物を抱えた一人の村人が、お地蔵様の元にやってきた。
そして、悲鳴を上げて腰を抜かした。
何と、お地蔵様の前にバラバラにされた少年の死体が転がっているではないか。
しかも、お地蔵様の口元にはベッタリと血がついていた。
まるで、お地蔵様が少年を食い殺したようだった。
その噂を聞き、あの日、少年と出会った男はホッと胸をなでおろした。
あの時、お地蔵様はこう言ったのだ。
「我にこの村で一番悪事を働く者を供えよ」と。