死の忘却
「死ぬ時どうなると思う?」
「そうだなあ……僕は最後まで強がってしまいそうだ。最後まで笑ってそれで死にたくないなんて言わなすに……死ぬ。終わりが怖いのが正常だけど、その正常を無くして最後まで生きてしまうかもしれない……まあ、良いんじゃない。最後まで死の忘却をすることは悪いことじゃないだろ」
「本当にそれで良いの。本質的な価値を見つけるべきなんじゃない?」
「本質的な価値……」
彼は興味なさそうだったが、私の言葉に一応耳を傾けて考え込んだ。
「だとしても、その本質的な価値は自分だけで手に入れればいいんじゃないか? むしろ、他人に大きな影響を与えるのも自分以外の情報が残ることで自分の死の忘却をしているだけなんじゃない?」
「じゃあ、ただ享楽に浸っているのが本質的な価値なの? 人はいつか死ぬよ。それも、思いもよらぬタイミングで」
彼は手を顎に当てる。
「……確かになんとなく快楽を味わって、なんとなく都合がいいタイミングで死ぬような気がしてた。今、もし脳の血管が切れるとして、死ぬまでの10秒間で納得出来るのか……確かにそうは思えない。でも、良く考えたら、やろうと決めた瞬間で死ぬかもしれないよね」
「それも一理あるわね」
「納得できるようになるためには長い時間と鍛錬が必要なんじゃないか?」
「だとしても、少しでも死ぬまでに実践していたなら納得できるようになるわよ。それが一番大事なんじゃないかしら」
「うーん、かもしれない……でもさ、死ぬことに対して恐怖しちゃいけないのかな?」
「えっ?」
「今までの話は、いつか人は死ぬんだから、死ぬときに納得できるようにしたほうが良いという話だったけど。でも、死ぬことは嫌な事だから、恐怖することは当然だよね。なら、恐怖してもいいんじゃないか? そちらのほうが無理に納得できるようになるより、命に対して誠実かもしれないよ」




