虚無の邪霊
「貴方はなぜこの世に留まっているのですか?」
寂れた公園で時代錯誤の巫女服を着た女性が尋ねる。その先には誰も居ない。
「……私は何か成したという人生を送ったわけではありませんでした。ただ、家族を守るために働き……そして、病気で死にました」
「私の葬式で、家で、家族は悩まず、悲しまず日々に戻っていきました。それで恨みがあるというわけではありません。でも、その時に感じた虚しさが私をここに留めているのです」
誰も居ないはずの空間から声が響く。それだけでなく徐々に姿が見えてくる。その者はどこにでもいるようなサラリーマンの格好をしていて哀れを誘うくたびれた表情をしていた。
「分かっているのですか、死んだものが地上に残り続けたらその魂は消えてなくなるのですよ」
「……わかります、時間が立つに連れて、私が損なわれていくのを感じます」
「それでも、ですか」
「それでも、です。なんというか、やる気がないんですよ。このまま、自分が損なわれても良いそう思っているのです」
サラリーマンの格好をした男はくたびれていて、もはや何も求めるものは無いようだ。自分という存在すら男には執着するものでは無いのだろうか。
しかし、硬い表情を緩めず最後に女が聞く。
「では、なぜ…………殺したのですか?」
その言葉に世界が止まった。サラリーマンの格好をした男は体を震わせる。透けてはいたが人間の様子をしていたものが移り変わっていく。目は黒い穴になりそこから血が流れ出し始める。
「なんだ。気付いていたんですか……ふふふ、自分がどうなってもいいなら他人がどうなってもいいじゃないですか」
「でも、私を単なる加虐趣味と同じにしないでくださいね。人が、見えないなにかに殺される瞬間のあの表情。そんなものでは私の心は満たされない。虚しくて虚しい。
だから今のマイフェイバリットは相手の魂が燃えている所を見てそこを食らうんです。
わかりますか!! 今まで熱中していたものを何度やっても今までの熱が湧き上がらないあの絶望した人の表情!!
ああっ……その虚しさ、無意味さ。あの表情を見るたびに私の魂は満たされていくんです」
正体が明らかになった。自分勝手な論理を振りかざすその存在は邪悪そのものだ。巫女はその狂喜に少し気圧されながら、自らに心に抱える信念を確かめ表情を引き締める。そして、弓を構え宣言する。
「貴方はこの現世に存在してはいけない邪悪だ。霊祓士燐火の名にかけて貴方を祓います」
「きひひ、あなたのその意志が無くなった時の虚無感、それを味わいたい!!」




