光の後日談
後に光の氾濫と呼ばれる現象から一週間は世界が激動の中にあった。
その日の内に自殺と殺人事件と獣害事件が数万件以上起きた。しかし、暴動が起きてもおかしくない事件の数だが人々は冷静に自らがやれることを行い、この規模の変化に比べれば異常とも言うべきほど二次災害が少なかった。
それからは皆がそれぞれ行動的になり、経済は活発化し、どの国でも爆発的な経済発展が起こった。数年過ぎても、騒ぎは留まる所を知らない。
しかし、皆が大事なものを知る世界は不思議とトラブルが少なかった。自らの光を知り、同時にそれらがこの現代社会で得られない者は少なく、殆どのものはこの社会が維持されることを望んだためだ。
こうして、迷うものが居ない社会が始まった。
この事態を招いた元凶を見送ったある一人の男は、社会に対してこの現状は強制的に押し付けられたものであると語り、その危険性について警鐘を鳴らした。
皆はその言葉を知り、警告を受け入れた。しかし、それは他者に強制的に押し付けられる危険性であって、今の光ある生活を誰も手放そうとしなかったという。光を知ったものはその光を手放すことを恐れる。
しかし、大事なものが失われることを恐れるのは当たり前であり、そうならないために頑張るべきだというのが皆の共通認識になっていった。
その男は思った。自分の活動がどれほど皆の役に立ったかは分からない。しかし、少しでも暴発を、人々の不必要な争いを防止できたらならば良かったと。そう思いながら長き眠りについた。
その警告を必ずしも人々が受け入れた訳では無いが、そのものによって救われた人々が数多く居ることは誰もが知っている。偉大な人物の葬式には数万人ものの人々が集まった。
その遺影は苦笑しながらも、穏やかな笑顔だったという。




