現実と幻想と絵
静かな森の中、僕は渓流を眺め、その光景を脳に刻み付けていた。僕は今年で三年学級になるK美大の学生だ。だが来年は進級できないかもしれない。
子供の頃、綺麗な絵だねと褒められた。
それが嬉しくて壁にも床にもどこにでも描いてはよく怒られた。そして、いつからか僕は絵に関わって生きていこうと思った。
でも、僕が好きな絵はありふれており、同級生や教授からはつまらない絵だとよく言われる。
いや、それは言い訳だろう。それで評価を得ている人はたくさんいる。単に僕に力がないだけで……
そんなことを考えながら僕は絵を描いている。都会で感じる、嫌なことも苦しい事も綺麗な場所に来ると解放された気分になる。書いていると思う。やっぱり僕は絵を描いている事が幸せだと。
数時間が立って、ある程度完成した絵を見る。……つまらない絵だ。
昔は違った。綺麗な絵だと思っていた。でも、いつもみんなからつまらない絵だと言われているうちに僕自身もつまらない絵だと思うようになっていた。
いや、綺麗だと思う。でも、心の中でつまらない絵なんじゃないかという疑念が付きまとうんだ。
最近はいつもそう、絵を描くことは好きだ。でも、完成した後の絵を見ると苦しい。素直に肯定できない自分が。何より、他人に惑わされて侮辱してしまう事が。お前を馬鹿にする他人ごときに気にするべきではないのに。お前の方がよっぽど尊い物のはずなのに。綺麗なはずなのに……
「よっ、また悩んでいるのか」
「ひっ、びっくりした。いきなり冷たい物をくっつけるなよ」
「ははっ、ごめんな」
ペットボトルをくっつけてきた彼女は同級生の綾香だ。名前の割に高身長でかっこいいと思われるタイプだ。前にそういったときは拗ねられたが、女性にかっこいいはないだろと。
なんでここにいるんだ。僕はここに来ることを誰にも言っていないのに。
「たまたま駅で見かけたから追いかけてきた」
全く綾香にはこういう、いたずらな所がある。……正直、好意を感じている。ちょっと、ストーカーっぽい所もあるなとも思っている。でも、今の僕は価値がない。僕に認められるものはないとそう感じる。僕は僕は……
「おーい」
「はっ、ごめん。考え込んでた」
「あー、お前ってそういうところがあるよな」
「悪い」
「まあ、そういうところがあるのは知っているが、ちゃんと目の前の女の子に集中しろよな」
かわいい。
……さて帰るか
「もう帰るのか」
「うん、寒くなってきたし、後は家でも完成させられるから」
「よーし、一緒に帰ろうぜ」
「もちろんだ。一緒に帰ろう」
「……そういうところあるよなお前」
自分で言っときながら気づいたが寒くなってきた。外は薄暗くなり、どこにでもある場所になった。魔法が解けたみたいだ。いつもこうだ。絵をかき終わったら、暗くなってきたら、僕がいた場所は消えて現実に帰ってくる。
「おーい、早く行こうぜ」
「ちょっと待って、片づけたらすぐ行く」
後片付けを終え、彼女を追いかける。……日が落ちて薄暗くなった世界は僕の目にはただ現実だけを映していた。




