前に進む大人
私は神に至ろうとするこの瞬間にもまだ満たされない思いがある。何が満たされないのか。
私の父親は厳格な人だった。
「お前は私の後を継ぐ優れた存在にならなければならない」
と鞭と言葉で幼い頃から抑え込まれた。
私はその期待に答えようと努力して周りの人皆に評価される人間になった。しかし、父親は温和で優しい後妻を迎え、徐々に表情が軽くなっていった。そして、後妻との間に生まれた弟に向けた表情は私が一度も向けられたことのない表情だった。
私は期待を全うし続けた。私は正しく、跡取りにふさわしい人物だったからだ。
だが、父親は年をとるにつれて耄碌していき、跡取りとして教育してきた私ではなく、弟を跡取りに任命しようとした。あるいは愛情に狂わされたのかもしれない。
唾を飛ばしながら弟に任命した時私が感情は何だろう……そうだな、それは笑みだっただろう。私は正しい人間だ。私怨で傷つけたりはしない。しかし、このような裏切りを受けたのなら何しても構わないだろう。
もうすでに父親が築きあげたものは私が支配してある。隠居して家族ごっこに勤しんでいる父と今直接手腕を握っている私どちらが影響力があるかは当たり前のことだった。
それすらもわからないほど耄碌してしまっていたか。最後は父親と後妻と弟はもう二度と手の届かない所に送ってあげた。監禁しても良かったが区切りをつけることを優先させた。そして、私はよりふさわしい私になり、どこまでも登っていった。
……そうして私は神にまで登りつめたんだ。そんな登りつめた私が何を感じていると言うんだ?
私が抱えているものはなにか……あえて言えば人間性というものなのかもしれない。家族を切り捨てた時、私の心には解放感が満たされたいたが同時に人間性の残滓、悲しみ、喜び、罪悪感、そういった物が存在していた。
それが私が気付かないまま根深く残り、蝕んでいたのだろう、最後神になるというこの瞬間それを自覚したのだ。私は父親に愛してほしかったし、後妻と弟についてもいらついていた……そういった人間的な感性があった。
しかし、あれから十年もたった。確かにあの時芽生えさせた感情がある。その感情を私は根深く抱えていたのかもしれない。だが、逆に言えばその感情と十年付き合ってきたということでもあり、その上で進んでいったということもでもある。
もう、大人だ……後悔ばっかしているときではない。私は神になる。満たされるとか満たされないとかそんなことはどうでもいい、満たされようが満たされなかろうが私はやる……それだけだ。
私は輝きに満ちた扉の向こうに歩いていった。




