03
時間はAMの8時半を差し始めている。
ユアンは気を取り直すと「さ!各自スタンドにビーストマシンを格納して!」と皆を促した。
エンディとカインも、それぞれが乗っていたビーストマシンのハンドルを握ると、イグニッションキーを回して、ピットインスペースにマシンを誘導し始めた。
その様子を、目を丸くしてじっと見つめるテムジ。とても興味深げにその様子を見ているテムジに向かって、ティナが何の気に無しに聞いた。
「テムジって、ポケットとかビーストライドに参加したことは?」
えっ?っとティナのほうに振り向くテムジが、おずおずと
「いや…、実は初めてなんだ、ビーストライドは野蛮で危険なレースだって…パパとママから聞いていて、テレビですら、あまり見させてもらえなかったよ」
テムジの言葉に驚くティナ「ちょ、ちょっと!野蛮て!」
そんなティナにテムジが笑って答えた。
「あはは、でも、僕はそうは思ってないよ。ビーストライドは、人とマシンが一体になる、とてもエキサイティングなスポーツだと思っている」
熱を帯びて語りだすテムジ、
「ホントは、僕、将来、人口筋肉とそのデバイスの研究をしたいんだ。今後の医療に欠かせない大事な分野だからね。だから、前からビーストマシンに興味があって。レイチェル先生に相談したら…」
やや鼻息荒くしゃべっているせいか、眼鏡が白く曇っていく。そんなテムジの様子に、やや引き気味にティナが聞いていると、ガシャアアン!と何かが暴れるような大きな音がピットインスペースの奥で響いた。
突然の響いた轟音のほうにティナとテムジが目を向けると、ピットポイントで、カインのビーストマシンがロデオのように暴れている。
「なっ!」
「た!たしけて~~~!」
ハンドルを必死で握っているカインがビーストモードで暴れるマシンに振り回されている。
轟音を聞きつけたユアンが急ぎドアから身を乗り出すと。
「おい!おまえら!離れろ!くそ、イグニッションキーの制御が利いてないぞ!」
しがみつくカインを乗せたままその場で暴れるマシン。ピットスペースのマシンが壊されていく。何とかそのマシンに近づこうとするユアン
「非常停止コードを!うわあ!」
押さえにかかろうとしたユアンが、マシンの後ろ足にけられて弾き飛ばされた。
「ユアン!」
近づくこともできないティナが距離を取りつつ、「危ない!みんな離れて!」と呼びかける
暴れるカインのマシンを成す術もなく見守っていると、突如、大きくマシンが痙攣し始めた。
プシューと人口筋肉の縮む音が響いたかと思うと、マシンが四肢の力を失って、がくがくがくっ…と、地面に突っ伏していく。
「今だ!ティナ!イグニッションキーを!」
テムジの声にハッとなって、ビーストマシンにとりつくと、素早くカインのイグニッションキーを抜いて、自分のものと取り換えた。目の色が変わり、両膝、肘を地面につけて、その場にへたり込んでいくビーストマシン。の背中にしがみついていたエンディが、おろおろとしながらマシンのモニタを確認していく。さっきまで乱れていた出力波形が穏やかになり、アラートが解除されていく。その様子を見つめるティナの目の前で、ビーストマシンは待機ポーズへと移行しておとなしくなっていった。
ほうっと息をついたティナがテムジのほうに向く。
「筋肉弛緩液を注入した。大丈夫。しばらくしたら元に戻るよ」
「あ…ありがとう、テムジ…。」
カインが倒れたマシンから這い出して来る。
「ご!ごめんなさい!僕…」
「あなたたち!どうしたの!」
慌てて戻ってきたレイチェルが周りを見回す。棚や荷物がひっくり返って散乱したピットインスペースで、ビーストマシンが待機ポーズのままに寝そべっていた。その脇でへたり込んでいたティナが、レイチェルの声にハッ!となって、ユアンのほうに向く。
「ユアン!」
倒れた棚や荷物の奥で右腕を抑えたユアンが、うめき声をあげてうずくまっている
「ぐうっ!」
「大丈夫?」
荷物をどかして、慌てて抱き起すティナに、ユアンは苦しそうに笑みを浮かべる。
「へへ、ティナの鉄拳よりも、よえーよ…あんなの…。だ、大丈夫だ…痛っ!」
強がるセリフとは裏腹に、破けた右腕のスーツの奥からは、真っ赤な血がジワっと滲みだしていた。