02
ダートの土煙が激しく上がる中、白銀の機体が陽光を照り返してゴールに向かってくる。
レイチェルはタイムを切ると、そのラップを見てひゅうと口笛を吹いた。ティナの腕がここ一年でメキメキ上昇しているのを実感する。
しかし、自分が顧問をしているエステート・ミドルスクールのビーストライド部の成績はここ数年低迷していて、存続の危機を迎えていた。
なにせ、ちゃんと走れる部員は、部長のユアンと、ティナの二人くらいしかいない。
ビーストライドは、歴史的に長く伝統的に続けられてきたモータースポーツで、世界のプロリーグは未だに人気がある。
しかし、昨今は、お金がかかり、なおかつ、危険が多いモトクロスマシンレースを扱う競技を、「未成年者に行わせる」こと自体に反対の声が高まりつつあり、その安全性から活動自体を自粛する学校は増加傾向にあった。最近この学校でも保護者達からも、「廃止してはどうか?」との意見を多く聞く。
そんな流れで、部活自体に参加希望をする生徒も減少しているのだ。
レイチェル自身も、かつては、このエステート・ミドルスクールのビーストライド部に所属していた卒業生だった。今でもライド自体大好きだ。かつての先輩であり、顧問である自分が目の黒いうちに部活を再興したい!と日頃考えていたところに、ティナという成長株をゲットできたことは、今は神に感謝をしていた。しかし、
「ビーストライドの真価は、ペアバトル」
と世間的に言われている以上、主戦力が二人と言うのは、あまりにも心もとなさすぎる。
「待ってるだけじゃこないからな~…」
そんな中、今回サイエンス研究部から、メカニック希望とはいえテムジを向かい入れることが出来た。この調子で部員数を増やさなければ!
そんなことを考えていると、走り終えた一台のマシンがドリフトしながらレイチェルの前に止まった。ハーネスを外して降り立ちヘルメットを脱ぐ少女。ブルネットの髪が褐色に焼けた肌にかかると、黒目勝ちの切れ長の目がレイチェルを見つめた。
「レイチェル先生、どうでした?」
「いい調子ね!ティナ!去年より平均ラップが5秒以上縮まっている」
ティナの表情が緩むと、続いてもう一台、マシンがピットスペースに止まった。部長のユアンのマシンだ。
ユアンは、マシンをバイクモードに変形させてスタンドさせると、シートから身を乗り出してメットのシールドを上げた。
「まじかよ、あのジャンプ!高かったなぁ…さすがだよ!ティナ」
息を切らせたユアンがメットを脱ぎながら声をかける。
「…まだ、結構抑えてるんですけど?」
こともなげに答えるティナに驚き、目を丸くするユアン。
「あれでか?ひぇ〜、追いつくのもやっとだぜ!さすが、期待の星!アマゾネス・ライダー!」
その軽口にイラっとした表情を浮かべるティナは、ムキッと腕を突き出してユアンに拳を向けると、
「なぐりますよ?部長」
とボソッとつぶやいた。ユアン頰を引きつらせつつ
「じょ、冗談だって!こわいな…」
と肩をすくませて後ずさっていく。
そこに、後続のライダーたちが次々とゴールに入って来た。チームメイト達のマシンがピットインスペースに止まり、部員たちがそれぞれのラップを確かめ、結果に一喜一憂しているところに、レイチェルはパンパンパンと手をたたくと、皆の注目を向けた。
「はいはい、みんな集まって!今日は新入部員を連れて来たよ!テムジ君!入ってきて!」
ピットイン・スタンドで見学していた、丸眼鏡の小さな体の男の子が現れ、レイチェルの脇に立った。
「はい、紹介するね。今日からビーストライド部に所属することになったテムジ」
照れくさそうに顔を赤らめながら、
「あ、よ、よろしくお願いします。7thのテムジです!えーと…サイエンスクラブにも在籍しています。見ての通り、運動神経はよくないので、ライダー志望じゃありません。ビーストライドのメカニック興味があって参加させてもらうことにしました」
ぱっ!と顔をほころばせると、ユアンがテムジを歓迎する。
「入ってくれてうれしいよ!僕はユアン。8thでこの部のキャプテンをやっている。よろしく!テムジ!」
ユアンは笑って手を差し出すと、テムジがその手を握って握手する。
「見ての通り、部員も片手で数えられるくらいの人数なんで…。ホントは8thにもう一人いるんだけど、そいつはほぼ幽霊部員なんでね…。7thだとうちのエース、ティナと同学年だな」
と言って、にやりと笑ってティナのほうに顔を向ける。
「エースって大げさよ」
とちょっと困ったように目を背け「ティナよ。宜しく」とテムジに手を差し伸べた。
テムジも返して「宜しく!ティナ」と握り返す。その後、新入部員のエンディとカインが後に続いた。9月に入ったばかりの6thだが、今日入部のテムジから見れば微妙に先輩だ。
そばかすが残る頬に、はにかんだ笑みを浮かべるエンディ。赤毛のくせっけをはね上げて、汗をぬぐうと、
「6thエンディです。エレメントスクールではポケット・ビーストライドやってました。地区大会止まりだけど、ミドルでは全国大会での上位成績目指したいです」
その後ろから、背の高い少年が一人、おずおずとした様子で現れた。メットの奥の、ブラウンの大きな目がテムジを見下ろしている。
「同じくカインです。まだ、僕はまだ初心者なんだけど…よ、よろしく」
まだ幼さが残る笑顔をお互いに向けて、「宜しく!エンディ!カイン!」と二人とも握手を交わすテムジ。
その様子を見ながら満足げにレイチェルが、
「これで、次回の練習試合も安心ね!」と、ぽろっ…とこぼした。
すると、驚いたようにユアンが
「えっ!?練習試合!?」
とレイチェルに聞くと、レイチェルはこともなげに言った。
「そうよ、2週間後にユニバース学園との練習試合が決まったわ」
「ユニバース…学園…?」
眉間にしわを寄せるティナ。エンディが驚いたように
「マジか?強豪校じゃん!」
その名前を聞いて「だ!大丈夫なんですか?そ、そんな急に」とレイチェルに問いただすユアン。呆れた顔をしてレイチェルは「もう、ユアン、しっかりなさい!部長でしょ?あなた達は日々何のために練習してるの?」とはっぱをかけるかのように続けた。
「強豪だからって、簡単に怖気付かない。練習試合なんだから。何事も経験よ!け・い・け・ん!」
「で。レイチェル先生。試合の開催場所は?」
ティナが聞くと、
「追って連絡が来るわ、なんだか、新規で設営された特別なコースらしいわよ」
レイチェルが嬉しそうに言うと
「それって、コースエリア情報が無いってことじゃないですか?」
ユアンが困ったように言うと、エンディが震えあがって
「強豪校のうえに、アウェイって…、なんかやばくない?」
そんな部員たちを諭すように、レイチェルは、
「一度、相手の胸を借りるつもりで思い切ってぶつかってみなさい。そのあと、本試合に向けて分析していけばいいんだから!肩の力は抜いて!練習は気合いれて!ね!ペアリングの編成は後で決めましょう。マシンをきちんと格納して、授業はちゃんと受けるのよ!」
と、言うと、レイチェルは背を向けてピットエリアから出ていった。