04
ゴトゴトと荷台に揺られて、マガネは空を仰いだ。
10月も半ばを過ぎたが、まだ日が高い。雲一つない空の青さを、横なぎの日差しが照らしている。秋口の空は高く澄んで、成層圏の彼方に見えるアステロイドベルトがいつもより鮮やかに見える。
かつて人類は、宇宙にまで到達していたそうだが、今は、衛星軌道上に浮いてリングを作っている無数の隕石が障壁となって、人類は地球から出ることができないらしい。マガネはぼんやりとそんなことを考えていると、少し冷たさを帯びた風がさあッと流れ、麦穂が一斉に揺れていった。
黄金色に広がる麦畑の真ん中を、マガネを乗せた荷台を引いてトラクターがのんびり走る。
「じいちゃん、もっと飛ばしてよ〜!バスに間に合わないよ」
荷台から身を乗り出すマガネ。トラクターを運転する男、善五郎は顎髭を困ったようにさすりながら、マガネに向かってため息交じりに言った。
「寝坊したマガネが悪いんじゃろ?…、早起きは三文の徳じゃろて」
善五郎はマガネの祖父で、母、ユウミの父親だ。善五郎は、マガネが物心ついた時からじいちゃんだった。小麦を中心とした畑を耕し、収穫を得ると、いつもきまってマガネの家におすそ分けに来る。マガネの一家も、たまに手伝いをする。収穫の時に出てくる焼き立てのベーカリーは絶品だ。今年はどうだろうか?マガネは、朝、時間が合えばのんびりスクールバスの乗り場までトラクターで送ってくれる穏やかな祖父、善五郎が大好きだ。
「マガネももう7thかあ……。アメフトは楽しいか?」
「うん、まぁ、まあまあだけど…」
12歳になったマガネは、エステート・ミドルスクール7年生だ。
この地域では、エレメント・スクールの基礎学年は、1thから5thまでかけて学年を終える。11歳を超えると、ミドルスクールへとグレードを上げ、6thから8thまで3年の月日をかけて学業を履修していく。7thのマガネは学年も中盤に差し掛かり、ハイスクールへ進学する9 thまで、あと2年の時間がある。今年、新入の後輩たちも加わったアメリカンフットボールの部活ではレギュラーを目指すマガネだったが、学業のほうはいまいち振るわない。
「…ほら、俺、体が小さいからさ、ハイスクールでは続けられないかなって…」
マガネは困ったような表情を浮かべて言った。善五郎はフムフムとうなずいた。
「そうか、じゃあ、ミドルでいい思いで作らないとな…。じゃが、ハイスクール直前で慌ててもいかんから、進路もそろそろ当てを作っとかんと。ママが心配しとったぞ」
「どうしようかな……。もしあれだったら、じいちゃんの農業、継いでいいかな?」
「わしのは老後の趣味程度でやっとるもんだ。継ぐもなにもないわい……」
バス停にトラクターが差し掛かると、その脇に黄色いスクールバスが横づけをした。
「じいちゃん!行ってきます!」
荷台から降りたマガネは、バスの搭乗口から車内に向かって駆け上がっていく。
「よう!クォーターバック!調子はどうだい?」
「まあまあだよ!」
アメフト二年目のレギュラーでもないマガネを、スクールバスの運転手はいつもクォーターバックと声を掛ける。彼にとって、アメフトをやっている生徒はみんなクォーターバックだ。そんな運転手に軽く挨拶をかわすと、奥の席へと向かう。始発のスクールバスは、まだ生徒の数もまばらだ。プシュッと音を立てて扉が閉まると、バスがゆっくり走り出していく。
マガネは、後部座席の窓側に座ると、荷物を脇に寄せ窓の外に視線を送った。バスが、じいちゃんのトラクターを追い越していく、マガネは後ろを振り向くと、遠ざかる善五郎に手を振った。