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第35話

「ロコって好きな奴いるのか?」

「ふぇ!?」


 静けかえった住宅街の空気を裂くようなロコの素っ頓狂な声。


 今でも俺は、ロコが家に泊まらない日はこうして自宅近くまで送っている。

 数秒程度の沈黙が異様に長く感じ、耐えかねてつい本音をストレートに訊いてしまった。


「ほら、お前最近よくぼーっとしてるからさ。バレンタインも近いし、誰か好きな奴に告白でもするのかなーって」

「......ぷ! はははははは! 何それウケるー!」 


 近所迷惑上等で思いっきり声を上げ、お腹を抱えて笑った。

 過去一番に爆笑しているロコに俺は呆気にとられてしまっている。


「違うよ~。しかもバレンタイン全然関係無いし。ていうか剣真けんま、超真顔」


 鼻をすんと鳴らして俺をからかう。

 その瞳からは笑い過ぎて涙が出ていた。


「その言い方だと何かあったんだな?」


 はっとした表情をロコは浮かべる。自分で墓穴を掘るとはこいつらしい。

 かまわずそのまま話を続け。


「別に俺に話せない内容のことならそれでいい。むしろ気づかれないようにもっとしっかり隠せ」


 両手で栗色くりいろに近い茶髪をいじり、暗い表情で視線を地面に落とす。


「聞いて欲しいんならいつでも聞いてやる。俺に協力できることならなんでも協力してやる。家族なんだからな」


 隣で黙って俺の話を聞いている。 


 人間誰しも人には話せない・話しにくい話を持っているもの。


 全てを話せとは言わない。


 でも態度に出てしまうくらいの悩みなら、いっそ誰かに話してしまった方が楽になれると思う。


「......気を使わせてごめん」


視線はそのままで、小さく謝罪の言葉をべる。


「なんていうか、自分の中でまだ気持ちの整理がついてないっていうかさ......どうしていいか分からなくて......」


 寒さのせいか感情のせいか、気持ち震えた声で理由を語る。

 

「もう少ししたら多分答えが出るような気がするんだ。だからもうちょっとだけ待ってくれない? 答えが出たら必ず剣真に伝える。約束するよ」


 俺を見据みすえると、優しくにこりと微笑んだ。

 納得させるだけの気持ちが、ロコの瞳からひしひしと感じられる。


「......分かった。んじゃ、この話は一旦いったんお終いな」


 安堵したのか、ロコはふーと嘆息した。


 ロコの抱えているものが何か不安はある。


 でもどんな内容であろうと俺は受け入れる。


 それが、こいつにとって最良の選択であるなら。


「正直、好きな人に告白するとかで悩んでたらどうしようかと思った」

「どうして?」

「だって俺、ロコにアドバイスできるほど恋愛経験豊富じゃないし」

「知ってる。これまでの剣真のうぶな挙動見てればそんなこと分かるよー」

「どう意味だよ」

「そのまんまだよ~☆」


 けらけらと笑うロコ。バカにされているというのに、俺も釣られて笑ってしまう。





「送ってくれてありがと。じゃあ剣真、また明――」


 いつものようにロコの家の近所の道で別れようとした瞬間だった。 


「――加那かなちゃん? 加那ちゃんだよね!?」


 俺達の前方の暗闇から、どこかで聞いたことのある声の女の子がロコ、加那の名前を呼んだ。

 街灯に照らされて現れたのは、俺が先日二度も助けた背の小さな黒髪ボブのJK、その子だった。


「......兎苺うい!?」


 驚きの声を上げると、まるで見つかりたくなかった者に見つかってしまった、そんな困惑の反応が顔に表れていた。


 遠くで鳴り響く救急車の音が、この場の緊張感を更に引き立てている気がしてならない。

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