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第17話

「――はい。スコーンやチュロスなんかもいいですけど、私は単純にこのホットケーキ粉にみりんと溶かしバターを入れて焼くのが超オススメですね☆」 

「あら~、溶かしバターは分かるけど、みりんなんか入れて大丈夫なの?」

「全然問題ありません。この二つを入れて焼くと、喫茶店で出てくるようなふわっふわのホットケーキになるので、是非一度お試し下さい♪」

「それじゃあ、そのホットケーキ粉、一つ頂こうかしら?」

「ありがとうございます!」


 夕方5時を回り、店内が再びお客さんで混雑こんざつしてきた頃。

 ロコの試食販売の仕事も忙しさのピークを迎えようとしていた。

 もう完全に仕事に慣れたのか、お昼に比べてホットケーキ粉を買ってくれるお客さんが明らかに増えていた。 


「おね~ちゃ~ん、ホットーケーキもういっこちょ~だ~い」

「コラ! 一人一個なんだからダメよ!」

「だって......」

「いいよ~☆ でも、あんまり食べ過ぎると、お母さんの美味しいご飯食べられなくなっちゃうけど、いいの~?」

「う~うん~。いやだ~」

「いやだよね~。じゃ~あ~、今は我慢しないとね~」

「うん。わかった~」

 

 子供との接客もバッチリこなし、俺の知らないロコの新たな一面も垣間かいま見れて、なんだか家族として嬉しかった。


「妹さん、初めてのアルバイトなのに凄い接客力ですね」

「えぇ......本当に」  


 つい先程さきほどまでレジ応援をしていた副店長が、俺の横にやってきた。

 一番疲れが顔に現れやすい時間帯だというのに、相変わらず副店長はすずしい顔をしている。


「妹さんさえ良ければ、是非ぜひこちらでアルバイトをお願いしたいくらいです」

「......それはあとで本人に伝えておきます」


 おそらくロコは断るとは思うが。

 仮にアルバイトすることになっても、土日限定のシフトになるだろう。

 あくまで今日はロコの気まぐれ。俺はそんな気がした。

「浅田さんは、今日は6時上がりですよね?」

「はい。本当は矢代やしろさんが帰ってしまったので、閉店までいるつもりだったのですが......あとは夕方のアルバイトの子に任せて、予定通り6時上りで」

「そうですか。妹さん、初めてのアルバイトで想像以上に疲れていると思いますので、いっぱいめて、優しくしてあげて下さいね」


 副店長は俺に軽く微笑んで、優しい口調で言った。

 こういう部分が、副店長の人気が高い要素ようその一つなのだろう。


勿論もちろんです。それが兄として、家族としてのつとめですから」

「ふふっ。よろしくお願いします。では......」


 そう言って副店長はこの場を後にし、サービスカウンターの方へ向かっていった。

 普段から俺はロコのお世話になっているうえに、本人の望んだことではあるが、今日はロコに大きな借りができてしまった。

 再会してからこれまでの感謝を込めて、何かあいつにしてやりたい......。

 そんなことを俺は、ふと思い立った。  





 約一時間後。

 お互い仕事を終えた俺達は、店内で夕飯の買い出しをしていた。

 いつも使う近所のスーパーの数倍大きい店内に、ロコはいささか興奮しているようで。


「凄いね剣真けんま! 調味料だけでこんなにいっぱい種類があるんだー☆」

「......この野菜、初めて見たけど......どうやって調理するのかな?」

「これだけ入ってこのお値段なんて......近所のスーパーじゃまずありえないよね!」


 と、まるで新しい玩具おもちゃを次々に見つけた犬のようだった。

 柴犬の時みたいにハーネスを付けていたら、間違いなく凄い勢いで引っ張られていただろう。

 俺はそんなロコになかあきれながら、自分の職場でここまで楽しんでくれていることに、胸の奥がポカポカとした気分になる。


 結局30分以上店内を見て回り、電車を乗った時には、もうすぐ夜7時になろうとしていた。


 日曜日ということもあって、下り方面でも電車の中は余裕で座れるほどに空いている。

 俺達は扉の近くに座ると談笑を始めた。


「ふぁぁぁぁぁぁっ、と......今日は疲れたけど面白かったなぁ......」


 ロコは胸をると、首を左右に軽く振った。


「お疲れ様。それは何よりで」

「剣真が普段どんな職場で仕事してるか分かったし、副店長さんの顔も見れたし。とても大きな収穫しゅうかくでした」


 どうして副店長の名前が出てきたのか謎だが、ロコが満足していて俺は安心した。


「あんな綺麗な副店長さんと一緒に仕事できるんだから、剣真はいいね」

「確かに副店長は綺麗だけど......よく喋るようになったのは最近なんだよな」

「そうなの?」

「あぁ。ロコと再会してから辺りだったと思う」

「......ふ~ん」

「......なんだよ」

「いえ~。剣真モテモテだなぁ~と思って.....」


 ニヤニヤと、含みのある笑みを浮かべているロコ。

 副店長、誰にでもあんな感じだと思うけどな?


「.........ねぇ、剣真。同じ場所で働いて、一緒にお昼ご飯食べて、こうして二人で家に帰るのっていいね。家族みたいで」


 ロコはゆっくりと俺の肩に頭を乗せて、言った。

 栗色くりいろに近い、茶色く長い髪が俺のほおに触れ、少しくすぐったい。

 

「......そうだな......」


 窓に映る俺達の姿は、少し歳の離れた兄と妹のように見えた。

 周りの人からは、いったいどんな関係に俺達は見えるのだろう。


 そんなことを考えていたら、横から『.....スゥ......スゥ.........』と、寝息ねいきが聴こえてきた。

 ロコは俺と会話しながら、いつの間にか船をいでいた。


 そりゃあ急に初めてのアルバイトを経験したんだ。

 その上、夕飯の買い出しであれだけはしゃいでは無理もない。

 とりあえず家の最寄り駅に着くまで、このまま寝かせておくか......。


 気持ち良さそうな寝顔を見せて眠るロコを横目に、俺は何とも言えない幸福感を感じていた。

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