16.カルナック伯爵
魔法王国ゼスト 王の間
「サムソンもゼブラも死んでたわよ。サムソンは頭が潰れててゼブラなんかもう真っ二つよ?笑えるわよねー。」
「マリアンいい加減にしろ。末端の事はいい。それよりもエリアドル達はもう塔に付いたころではないか?」
「アイザック兄様。私が兵を連れ塔に行きましょうか?」
「いや。エリアドルがいる以上俺ら2人では勝てん。ヴァレンシア帝国国境を守る公爵、あの甥と妹がいれば・・・」
王座に座るゼストが足を組み話し出す。
「アイザック、マリアンよ。エリアドル達は今はまだ放っておけ。エリアドルは塔から動けん。機会はいくらでもある。それに・・恐らくだが・あの巫女ではスタンピードは止められん・・。
だが気には掛けておけ。異世界人は何を起こすか解らん。」
「ですがお父様、リンドバル侯爵は如何なさるおつもりですの?」
「余を裏切ったのだ。領民ごと潰さねばなるまいよ。アイザック、リザークに準備させよ。」
「はい。父上。」
「あのリザークを行かせるんですの?」
ゼストはマリアンの方をちらりと見る。
「どうしたマリアン不満か?」
「いえ別に・・・あいつこの間、マリアンおばあちゃん呼んだんですのよ?」
アイザックは鼻で笑う。
「おばあちゃんではないか?あいつはお前より歳が上でも父上のひ孫なのだ。仕方あるまい。」
マリアンは不貞腐れてそっぽを向く。
「ふん。もういいわよ。お父様、用がもうないなら私はお暇させて頂くわ?」
「・・・ああ・・今はまだゆっくりしているといい。」
「じゃあ俺も気分屋のリザークに会いに行きますかね。」
2人が王の間から出ていく。
ゼストはワインのグラスを空け少し目を閉じると立ち上がり自室に戻っていった。
魔法王国ゼスト カルナック伯爵領 風の塔
「凄い凄い。いい景色だねー。月が綺麗。あっちの遠くに見える灯りはゼスト?」
サランが駆けてきて横に並んだ。
「ゼストが見える訳ないじゃない。あれは北東の町カルナ・・・・馬車?・・騎士?」
サランが慌てて下の階に駆けていく。
「よくみえるねー。サランは。」
慌ただしいなー。私もサランの後を追いかける。
「エリアドル様。北東の方角。馬車1台に馬に乗った騎士が複数。こっちに向かってきてるよ。」
エリアドルさんは少し考える素振りを見せたがサランに一言告げる。
「私が出ます。心配いりません、大丈夫ですよ。追手はまだ早いですし、ゼスト王の強力な親族の殆どは魔法使いか魔法騎士。馬車が足りません。」
エリアドルさんはツカツカと中心に向かい歩いていく。サランとミランも付いていく。
「友紀様とめぐみ様もご一緒に如何ですか?」
私は楽しそうだ、と思い付いていくことにした。お母さんは木刀だけ握って部屋から出てきた。
私達の部屋やテーブルの逆側、丸い円の穴があってロープが上から下がってきていた。直ぐ上、屋上中心の祠の底にロープがしっかりと架けられている。祠の回りは吹き抜けていて2本の通路だけになっていた。
暗くて解らなかったが屋上に階段で登ったテラスの内側は穴だったのだ。手すりはあるみたいだが・・馬鹿だと落ちる。まさにその通りだと思った。ブルルと震える。
エリアドルさんが中心の円のロープからスルスルと降りて行った。それにサラン、ミランが続く。私もそれに続こうとしたが、ふとお母さんを見た。笑顔でわくわくしているようだ。
お母さんよ。もうアラフォーだぞ。大丈夫なのか?と心の目で聞くが、お母さんは心の目で早く降りろ!と告げていた。ええい、ままよ。と私はシュルシュルとロープを降りて行った。ちょっと待て掌が痛い。途中で降りよう。
中間層に到着し兵士の訓練場は居酒屋の様相を呈している。初めてみるメイド服が2人、頭を下げてくる。掌をペロペロと舐めながら私も頭を下げて走り抜ける。私は友紀だ。巫女ではない。恥ずかしくはない・・・。
階段を走って下っているとお母さんがスルスルと楽しそうに降りていくのが見える。別に悔しくなんかない。ただ掌を少し火傷しろとは思った。だがお母さんは素の木刀を腰に差し日本風の太刀入れを器用に手に巻いて降りているではないか。
これには目から鱗・・いや娘にも教えろよ。と思った。私はダッシュで走り下りたがお母さんが先に到着していた。
「では門に向かいましょう。」
とエリアドルさん。ゼイゼイしている私には触れずにいてくれた。だがサランがフフンと笑って横を通り過ぎて行った。
「ぐぬぬぬぬ。私は巫女様だぞー。」
「はいはい。では巫女様行きましょー。」
サランが先に歩く。そして、そっとミランが私に手袋を差し出してくれた・・・今かよ・・・遅いよ。私はトボトボと最後尾を歩いた。エリアドルさんが門を開ける。
「はい。確かにこちらに向かって来ていますね。騎士が6、馬車が1。カルナックの紋章です。」
「なんだー。カルナックのあんちゃんかー。」
「ん?カルナックって?誰?」
友紀は首を傾げる。
「そうだよね。カルナックのあんちゃんはカルナック伯爵だよ。ここの領地を納めてる。」
「伯爵様かぁー・・」
サランがにっこり笑いこちらを見やる。
「私もミランも伯爵様なんだよー。凄いでしょ?ゼストの爵位じゃないけどね。」
「そうなの?じゃあサラン様とミラン様なんだね?」
サランは慌てて手を振った。
「いやいや、巫女様に様付けさせてるって知れたら首吊り物だよ。やめてやめて。爵位は賢者のお付きには付くんだよ。大陸ジータの決まり事。別に望んでた訳じゃないよ。」
私がキョトンとしているとサランはミランに耳を引っ張られ退場していく。
「痛い痛い。ミランごめんごめん。」
「サランそういう肝が冷えるような事はもう言うなよ。」
ミランが苦笑いで私に頭を下げた。私も釣られて頭を下げる。
馬の蹄の音が聞こえてきた。馬車の車輪の転がる音もする。私はミランに笑いかけてから馬車の方を見る。エリアドルさんが前に出て馬車を待った。
到着すると騎士が皆、馬から降り跪きエリアドルさんに頭を下げた。馬車も到着し中から黒いスーツに腰に剣を下げた金髪のオールバックのお兄さんが降りてきた歳は30過ぎくらいか。
「エリアドル様。聞きましたぞ。ゼストに反旗を翻したと。なぜ誘って下さらなかったのです?俺は嬉しくて嬉しくて・・」
お兄さんは涙ぐみながらもエリアドルさんに掴みかからんばかりの勢いだ。
エリアドルさんは慌ててお兄さんを止める。
「カルナック伯爵、落ち着いてください。まあ反旗は反旗なのですが・・・理由がありまして。」
「そうでしょう。そうでしょうとも。リンドバル侯爵と共に反旗を翻したと聞いております。ぜひ俺もその盟友に加えて頂きたく参上した訳でして。」
そう言うとカルナック伯爵はエリアドルさんに向かい頭を下げた。
「待って下さい。詳しく話しますのでまずは塔へお入り下さい。」
騎士たちは馬を繋ぎミランに先導されエリアドルさんや私達に一礼して先に塔の中へ入っていく。
「では私達も入りましょうか?」
カルナック伯爵が先に私とお母さんはその後ろに付いていく。その後ろをエリアドルさん、そしてサランの順で中に入った。階段を登っているとカルナック伯爵が後ろを向き目が合う。
「これはこれは。美しいご婦人方。先程からいらっしゃいましたがこの塔の新しいメイドか何かですかな?」
私もお母さんも苦笑いで「ええ。まあ。」とハモる。エリアドルさんは頭を抱え手をフルフルさせていた。
「光の巫女様だよ。カルナックのあんちゃん。」
「へ?・・・ああ・・・・うん?」
「だからこの方が光の巫女様で、こちらがその巫女様のお母さまだよ。エリアドル様じゃなくて他の賢者様ならアンタ死んでるよ?」
「だぁぁぁっぁぁっぁぁあ。」
私は高い階段でのジャンピング土下座を初めて見た。そもそもジャンピングの土下座も初めてみたのだが・・・
「本当に・・本当に申し訳ありません。私はまだ31歳。小さな子供もおりますれば・・」
「いいよいいよ。サランも煽ったらだめだよ。メイドでいいじゃん。この際。」
「でもでも友紀様、面白いでしょ?このあんちゃん。」
「確かに面白かった。正にジャンピング土下座!」
「こんな面白い人も異世界には居るのねー。楽しいわー。」
私はサランとお母さんと3人で会話を弾ませながら登りエリアドルさんが何も言わずに付いてくる。中間層に着いたが遠くでまだ土下座をしているようだ。余りにも可哀想になって声を掛ける。
「えっと・・カルナック兄ちゃん?。許してあげるから早く登っておいでー。」
ムクっと起き上がり物凄い勢いで登ってくるカルナック兄ちゃん。オールバックの長身が涙で顔を濡らし満面の笑顔で走ってくる様はシュールで面白い。
最上階のフロアに到着した私たちはテーブルに着いた。お母さんはお肌が荒れるといい部屋に戻っていった。
エリアドルさんはカルナック兄ちゃんに私達がこの世界にきた辺りから説明をする。
「と・・・いう事はゼストは巫女様が邪魔になったと?スタンピードを止める手は巫女様しかないのでは無かったのですか?」
「はい。その通りなのですが・・恐らくゼスト王はスタンピードを起こしたいのだと考えています。」
カルナック兄ちゃんは頭を抱えた。
「スタンピードを起こしたい?何故です?南のサウスリッドもアークダインも300年前にそのスタンピードで滅んだと聞いています。次は我々ではありませんか?」
「その通りです。・・・・だからゼスト王は・・・1000年程前に南に魔法省を建て北に居を移した・・・とは考えられませんか?リンドバル侯爵領は大昔は王領で首都でしたから・・。」
「1000年前?・・・遥か昔のスタンピードですか?確かに魔獣やモンスターは魔法抵抗がない。魔法部隊の防衛線をリンドバル侯爵領のみに張れば東のヴァレンシア帝国、西の南アルバート共和国にこのゼストから逸らす事ができる・・・と。ですがヴァレンシア帝国も南アルバート共和国も手をこまねいている訳ではありますまい?」
カルナック伯爵が真剣な眼差しでエリアドルさんを見やる。エリアドルさんがちらりと私を見た。