15.塔 友紀編1部
お母さんが私の肩に手を置き馬車に手を振っている。私は目をゴシゴシと手で拭いもう遠くに見える馬車を睨んだ。
「優め・・私を置いて行きやがって・・・寂しいじゃないか・・。」
エリアドルさんが歩み寄ってきてニコリと笑い「じゃあ行きましょう。」とだけ告げて塔に向き直り歩き出す。
私も後ろからエリアドルさんの後ろ姿を見てお母さんに頷き歩き出した。
塔の中は思った以上に明るかった。オレンジ色の光が斜めから差し込んでいる。天辺は吹き抜けになっていて、360度至る所に吹き抜けの50cmくらいの穴が空いている。
夜は真っ暗なのだろうが至る所にまだ灯っていないランタンが配置してある。入口の扉をくぐり1階は大広間になっていて小さい体育館程はある。真ん中に大きい丸いテーブルと椅子が20から30脚程置いてある。入口右側に階段があって螺旋状にグルグルと上に上がっていく。
50m程上の天井は塞がっていて最初の螺旋階段の終わりを告げていた。
ここから見える20m先、天井の真ん中には穴が空いていてここから更に上から太陽の日差しが落ちてくる仕込みだ。そしてその穴からロープが1本降りている。
エリアドルさんに促され螺旋階段をエリアドルさんを先頭に私とお母さんは登っていく。
闇の騎士は私の影の中に潜むらしい。器用な奴だ。そのうしろからサランとミランが登ってくる。
「ねえねえ、巫女様さー・・」
「友紀でいいよー。」
「・・・ねえねえ友紀様は光の魔法を使えるんだよねぇ?凄いよねー。」
サランが後ろから訪ねてきた。
「んーん。使えないよー。魔法も使ったことないよー。」
「そうなの?」
とサランは驚いて立ち止まる。
「サラン!止まるなよ。巫女・・えっと・・友紀様にも事情があるんだ。」
ミランがサランの肩を押す。
「今から覚えるのですよ。私は父に前の巫女様より聞いていた光の生活魔法ライトを、まずは友紀様に覚えて貰おうと思っています。」
ライト?蛍光灯みたいなLEDみたいな感じかな?ライトと呟き「んんんん。」と手の上に光を集める要領で「出てこーい。」とお願いしてみる。
手のひらの上にポワンと光の玉が現れ自分の思ったところにホワホワ飛ばすことが出来た。
「おおこれは便利便利。夜でも本が読めるねー?」
エリアドルさんが振り向き、私の方を見て口をポカンと開き止まってしまった。サランもミランも驚いている。お母さんは「凄ーい。」とパチパチと手を叩いている。
「もう覚えてしまわれた・・・のですか?」
「うん。簡単だったよ。思い浮かべればいいんだよ。んんんって。ピカピカって。」
エリアドルさんは肩を竦めてまた上へ登り始めた。
「それが難しいというのに・・・」
と呟きフフっと笑う。
「さあ中間地点です。まだ登りますよ。」
中間にある広間。先程の広間よりは少し狭いが兵士は20人程訓練をしたり話をしたりしていた。壁には槍や剣が立て掛けられて訓練場となっている。
私たちが中間層に登り切ったあたりで兵士がこちらに気付いて武器を置き跪いた。
「お帰りなさいませ。エリアドル様。」
エリアドルさんは手を挙げてそれを制し、私の方を振りむいた。
「巫女様とそのお母さまです。対応は細心の注意を払いなさい。」
兵士たちは私の方に向き直り膝を折って頭を下げた。顔が引き攣る。もう苦笑いだ・・・私達は更に上の階へと登っていく。兵士たちは膝を折りながらこちらを見ている。
私は兵士たちに小さく手を振った。恥ずかしまぎれだ・・1人の若い兵士が笑顔で手を振り返してくれたが、その後ろの兵士にどつかれてしまった。可哀想に・・・
「ここの兵士たちやサランやミラン。勿論私もですが、ここの国の者ではありません。各国から集められた者達で元々自国で騎士長や兵士長の強者ばかりです。」
「へえ。じゃあこの間のゼブラとサフラン?サムライ?」
「サムソンです。はい。そのくらいの力はあるということです。ここはカルナック伯爵領で東にカルナックの森。通称魔物の森があります。弱い魔物たちですが近隣の村を襲い家畜を奪ったり農夫を殺したりもする事もあるそうなので定期的にここの兵士達が巡回し魔物やモンスターを討伐しています。
友紀様もめぐみさまも巡回定員に入れていこうと考えております。
レベルを上げねばMPやHPも増えませんし魔力もそうです。
今はまず光の魔法のライトを毎日MPが切れるまで使って貰います。
めぐみ様はお時間がある時に私が風の魔法属性をお付けします。
基本魔法から順に覚えて行きましょう。風の魔法には戦闘補助もありますので役に立つはずですよ。」
エリアドルさんが説明をしながら登っていく。なんか楽しくなってきた。さとしと優に負けるものか。私もやる時はやる女なのだ。
「はい。到着です。最上階の部屋になります。まだ上に屋上がありますけど。今日は皆さんゆっくり休んで下さい。」
最上階はホテルみたいに左右に部屋割りされ1つの部屋にベッドと机と椅子が置いてある。それが左右8部屋。廊下の奥は吹き抜けから景色が見え四角いテーブルと8つの椅子が置いてあってテーブルの右側にキッチンがある。
トイレは左側隅にある。金属製のトイレだ。便座の下に長いパイプが塔の下まで続き上の雨水を貯めたタンクから押し流すそうだ。
干ばつの時はどうするのだ?と聞くと水魔法で流すのでエリアドルさんかミランを呼んでほしいとの事だ。これは水魔法だけは覚えねばなるまい。私も乙女なのだ。
私たちは早速1人1部屋与えられ私とお母さんは隣同士の部屋になった。
私はさとしが一杯にしてくれたリュックサックを下ろし物色し始めた。
大量のビーフジャーキーとキャンプ道具。大きなナイフ1本。
小型の殺虫スプレーに催涙スプレーが3本づつ。糸と針。伸び縮みする警棒。大きなLEDライトとLEDランタン。
そういえば優は私にLEDのライトをくれてないではないか。
「ぐぬぬぬぬ。」
カレンさんに惚れたな?優に春がきたのはいい事だ。が・・・腑に落ちん。後は乾電池が大量に入っている。あとは歯ブラシ、コップ、着替えくらいか・・・・
優はさとしを探しに行く。と思う。たぶんそれでここを出たんだ。私はさとしと優を信じて私のやるべき事をしよう。
「友紀ーご飯だってー。」
「はーい。」
そういえばお腹が空いた。最後のお昼は馬車の中でパンだけだったな。昨日の夜のウサギのお肉は意外と美味しかった。お米が食べたい・・・
晩御飯は最上階の奥のテーブルだった。エリアドルさんにサラン、ミラン、お母さんに私の5人。今日は野菜のスープにパン・・・
「んんんんんんーー。」
「どうしたの?友紀?頭打ったの?」
「ここは米は無いの?ご飯ご飯。」
私はキョロキョロと皆を見回す。
「あーお米でしょ?あるよー。ここゼストの隣、西の国でアルバート王国と南アルバート共和国ってところにお米があるよ。そのまた南にサウスリッドって国があったんだけど昔のスタンピートで滅んじゃってさ。
そこが作ってたみたいなんだよ。技術輸入したのを今は南アルバート共和国が作ってるってことさ。
それを北のアルバート王国が買い取るって感じかな。だから西の国にはお米があるんだ。」
「サランよ。詳しく聞かせてくれ給えよ。ここでどうやったらお米が食べれるのか・・・を!」
サランは少し残念そうに顔を伏せる。
「ここ魔法王国ゼストはね。強い国境警備を敷いてるんだ。私やミランは南アルバート共和国の出身なんだけど中々帰る事もできない。ここは輸入も輸出もしない。
ここの国は出ることも入ることも難しんだ。私らは塔の管理という名目で入ったはいいが出れなくなった。国境の管理は皆ゼストの血縁達だしね。」
「そっかー。でも南にはとりあえず行けるんでしょ?リンドバル侯爵の領が一番下だし。」
サランは更に難しい顔をする。
「リンドバル侯爵領の真南は2つの旧国家があって、その西側がさっきも言った旧サウスリッド王国。
アンデットの通り道、死の森が隣接しているんだ。
そして東側も300年前に滅んだ神聖国アークダイン。
ここはスタンピートと同時にヴァレンシア帝国に滅ぼされたと言われている。
旧神聖国アークダインには知性を持つアンデットに使役されるモンスターがいて国家を作っていると言われているんだ。まさに魔都だよね。」
サランは一息つきパンを齧りスープを飲んだ。
「友紀様、姉が園長を務める魔法学園、そのすぐ西に旧サウスリッド王国、国境となっている死の森があります。その森の2日ほど中腹まで西に入り北へ4日程進むと南アルバート共和国に出られますよ。
それよりも、ここカルナック伯爵領から西のハウゼン大公の領地に攻め込んだ方が勝率は上がるでしょうね。」
エリアドルさんが意地悪を言う。無理ではないか。エリアドルさんのレベルなら行けそうな気もするが・・・
「エリアドルさんなら行けるでしょ?」
私も意地悪を言ってみた。
「はい。恐らく。戦闘は1人でも大丈夫だと思います。ですがアンデットやモンスターが跋扈する死の森の中を1人で6日も7日も歩くのは流石に堪えそうです。」
それは流石に賢者でも勇者でも死にかける。
私はパンをパクパクと食べスープで流し込んだ。塩味だけの野菜スープだ。これも考えねばなるまい。
「エリアドルさん上は何があるの?屋上?」
エリアドルさんは口をハンカチで拭いこちらを見た。
「はい。上は屋上です。中心に小さな祠があって、そこに風の宝玉を保管しています。毎日その宝玉に魔力を送り続けるのが私の本来の仕事です。」
「うん。そうなんだ。眺めはいいんでしょ?」
「はい。勿論。眺めも日当たりも最高ですよ。」
サランもこちらを見て頷いた。
「上に行ってきなよ?料理の片付けは私の担当だから。しておくよ。」
「私がするわ。サランちゃんも友紀と一緒に行ってあげて?この子馬鹿だから。もう暗いし落ちちゃいそうで怖いし。」
お母さんが皿を集めてキッチンの方に歩いていく。馬鹿はないだろう・・・
「じゃあ私は皿を拭きますね。」
ミランもお母さんの後に付いて行った。
「じゃあ屋上に行きますかー?友紀様?」
私はお母さんとミランが楽しそうにキッチンに行くのを眺めて頬が緩んだ。
「ああ・・うん。行こう。」