1.異世界からの転移者(プロローグ1)
初投稿です。よろしくお願いします。
俺は夢を見た。俺を抱える女性
「この子をお願いします。」
「はい。大丈夫ですよ。お兄さん見つかるといいですね。」
「ありがとうございます」
女の人は何か呟きながらふらふらと歩いていく。。
「わた・・最後・・・もう戻っ・・・・ない・。兄は北のジータ・・・・守ら・・・」
俺は目を覚ました。
また変な夢だ。それに、こういう夢はすぐ忘れてしまう。
布団をどかし、寒さで震えながら立ち上がる。
トイレ正面の狭い台所。すぐ横の台の上に無造作に置いてある袋からパンをだす。
冷たい味気ないパンに齧りつき玄関で昨日と同じ靴を履く。
いつもの朝だ。
「うっ・・・寒い。今日はめちゃくちゃひえるわぁ」
2階建ての古いアパートの自分の部屋の玄関がギィッと音を立て雪の積もる外の廊下に出る。
錆びた手すりの上部に2センチ程の雪が残っているが今は止んでいるみたいだ。
滑らないように注意しながらカンカンと鉄製の階段を降り階段裏の奥の駐輪場に止めてある原付の雪を払い落としスターターを押す。(キュルキュル)と最初は勢いよく回るが(キュ・ルキュ・・ル・・カチンカチン)という音とともにバッテリーが終わってしまった。
「あっだめだ・・・」
バッテリーが終わりそうなのは秋口にはわかっていたことだったがその時は交換しとこうなどとは思わなかった。いざ事が起こってから後悔するものだ。いつもそうだ。
学生にはバッテリーは高いのだ。大学までは徒歩で15分の距離だがいつもバイクだったお陰で4−5分で到着していた。それに去年買った100円の手袋も中指に穴が空いて第一関節がでているがバイクだと気にならなかった。徒歩だと少し恥ずかしい。古着のセールで買ったコートのポケットに手を突っ込み歩き出す。除雪された道路の脇はまだまだ雪が残って踏み固められた道が凍り付いて滑る。コートのポケットから手を出す。恥ずかしいが転んで顔面を地面にぶつけても笑い話にもならないしどちらも恥ずかしいなら前者を選ぼうと思った。
冷たい風が吹いてはいるがしっかり太陽は雪を反射させながら眩しく光っている。
「よう。さとし。お前も今日は歩きか?」
後ろから聞き覚えのある太い声が聞こえてくる。周りにも多くの学生が歩いているので中指の穴を隠すよう手を後ろで組んだ。
「あっ優。・・も今日は歩き?バイク先週修理出してたばっかりじゃん?」
「ま・まあな・・・そうなんだけど。ちょっとたまには歩きもいいかなって思ってよ・・奇遇だな。」
「ん・。そうなんだ。」
優は地元の高校の同級生で、まあ・・腐れ縁ってやつだ。
身長185cmがっしりした体躯で元空手部主将である。ひょろひょろの俺とは世界が違うのだがなぜか仲がいい。
進級課題だとか今日の昼ごはんの話だとか他愛もない話をしながら歩いていると、ふと前方にピンクのマフラーに薄ピンクのコートそれに膝下まであるロングのブーツをジーンズの上から履いている小柄でショートカットの茶髪の少女が手を振っている。
「おっ友紀・・・・も奇遇だなぁ」
そういうことか。だからこいつは歩きだったのだ。嘘つきめ。
「おおぅ。さとしに優、おはよー。今日も元気かね?」
友紀も元々同じ高校で陸上部、短距離のエースである。
最近髪を茶色に染めて耳にピアスを空けた。だがやはり色黒の陸上少女で垢ぬけることはない。
彼女とは幼馴染とかそういうのも何でもなく席が隣になったときに読んでた小説が被っただけという仲なのだが気軽に話せる数少ない・・いや唯一の女友達なので大事にしたい。
と、そう思っている。あくまで友人としてなのだが優は違うようだ。
恐らく友紀に恋心を抱いている。
恐らくというか見え見えである。とてもわかりやすい。
高校の時もクリスマスや友紀の誕生日の前日にはソワソワし始めプレゼントと思わしき物を購入し放課後学校で渡すことができず友紀の家の近くまで尾行するも一度も渡すことができなかったヘタレである。
しかも第三者から見ればストーカー全開なのだが、それには全く気付かない強者でもある。
高身長に体育会系スポーツ万能、実はヘタレでストーカー男子。家が金持ちとくればまごうことなき優良物件である。
しかも彼は間違いなくハイグレードな格安物件であるのは間違いない。
世の女子達は本当に見る目がないと言わざるを得ない。
「さとしに優。さみしい男子共よ。もう春だよねぇ。可愛い彼女でもこのお姉さんに紹介してくれてもいいんじゃないかい?」
もう一人の友人、こちらも体育会系鈍感女子なのだ。
何気ない大学生活。いつも楽しいが何か足りないという日常、何の刺激や進展も無いままもう春が訪れ大学生2年目となっていた。
風も少し暖かくなって春の装いだが大学前の桜の並木達に春が訪れるのはもう少し先のようだ。
今年はいつもより冬が永かったみたいで細道や太陽をさえぎる場所はまだ少し雪を残していた。
俺たちは相変わらずの3人で近場の喫茶店パークウェイでお昼を済ませ表通りにでて直ぐに上着のセーターを脱いだ。
何故かここの喫茶店のナポリタンは超辛口なのだ。唐辛子が中の種ごとたっぷりと乗せてあって赤いナポリタンを更に赤く色付かせていた。
「ナポリタン激辛っておかしくね?辛口とも書いてないし。」
「でも旨いよね。ここ。全部辛い気がする。」
友紀は辛いのが大好きだそうで優とよくここの料理を食べに来るらしい。優は何も言わないが辛いのが大の苦手で俺も友紀に話すべきか、黙っててあげるのが優しさなのか図りかねていた。
これも恋ということである。 本当に世知辛いかぎりだ。
いつもある楽しい日常。しかし今日は少し違っていた。それは突然訪れたんだ・・
喫茶店を出て並木道を歩いて大学に向かう道路。アスファルトの真ん中に小さな風の渦が突然巻き起こる。
緑の風・・?
その中心から大きく緑色が広がり大きく並木を揺らした。
並木を切り裂かんばかりの突風が吹き荒れ始める。
その周りの人や自動車は止まっている。止まって見えるのではなく止まっているのだ。
この周辺だけが時を刻んでいる。
「きゃーマジ?。何?この風?」
小柄な友紀は踏ん張ることができず左膝を地面に着いているがそれでも飛ばされまいと両手を地面に張り付かせ地面のアスファルトに爪を立てる。
「友紀掴まれっ。手を掴め!」
優は並木の木を右手でがっしりと掴み友紀の手を取り引き寄せた。
俺はというと1000円のセーターは飛ばされたうえ並木の前に並んでいる擬木に手も足も絡め
上手に焼けた獣肉よろしくぶら下がっている状態だ。
10秒なのか5秒程度だったのか緑色の風は収まりだし並木道の真ん中の道路に収束していった。
そして収束していった地面の中心に青い陣が浮かび上がる。
「さとし大丈夫か?」
優がこちらを確認して叫ぶ。
「ああ、なんとかね。」
手が震えて地面に転がり落ちる。背中は砂や埃だらけだ。
「優、友紀は平気?」
「ああ。大丈夫だ。」
友紀は目をパチクリさせて優にしがみついている。
優は友紀をしっかり掴み収まりかけている緑の風の中心を睨みつけた。
ピタっと風が止み中心から誰かが立ち上がる。
その前後、いやその瞬間というべきか突然人や車の喧騒が聞こえてきた。
時間が動き出した。というのがしっくりくる。灰色のローブ?をきた浅黒い男だった。
立ち上がったその男はこちらをいや、優と友紀の方を向きゆっくりと歩き出した。身長は180cm前後か、背筋はピシとして日本人離れしている。
何だアレは?大学祭か?いや違う。今は春だ秋ではない。
緑の風の発生源であるのは間違いないだろうが不思議と恐怖心はない。
だが不思議な事が起こっているのは事実だ。
「何あれ?大学祭ではない・・よね」
うん。俺もそれは思った。しかし劇の練習で起こせる風ではないし緑の演出もおかしい。
それに結構年配だ。
「友紀、少し離れてろ。さとし友紀を見ててくれ。」
俺は友紀を後ろに庇い優は俺の前に立ち構えてローブの男の動向をしっかり観察する。
優は緊張感からなのか額から汗が吹き出ていた。
しかし俺は危機感や緊張感もなく場違いな考えで胸を高鳴らせていた。これってファンタジーっぽいなー。と・・
ローブの男はそこから5歩程歩を進めピタリと立ち止まった。微動だに動かず優と俺や友紀を見ている。
大きな緑の宝石が先端に付いた杖を握っているが、老人で杖が必要という感じにもとれない。
魔法使いがしっくりくる。
そのローブの男はまた更に歩を進めだした。
「お前は誰なんだ?もうそこで止まってくれ。」
優も喧嘩をする気はないようで軽めの威嚇をしてみる。
ローブの男も俺たちの顔が見える位置でまた立ち止まりこちらの様子を眼球のみを動かし伺っている。
即ちこちらにもローブの男の顔がハッキリ見える位置にいるという事に他ならない訳なのだが、凄く整った顔立ちで年齢は30歳から35際くらいなのか。
だが顔の色は人間離れして紺色というのか浅黒い。肝臓患っているレベルではない。
こちらは動くことすら瞬きもできずに固まってしまっている。
友紀も俺の後ろで俺の肩に手を置きじっとローブの男の動きを観察している。驚いてはいるみたいだが恐怖心はないみたいに見える。どちらかといえば興味津々という目をしているのが友紀らしい。
そしてローブの男はその場にゆっくりと屈み膝をついてこちらを、友紀のほうを見上げる形をとった。
「光の・・・巫女様・」
声は凄く小さかったが彼はそう言った。そう聞こえたのだ。
流石にあの演出で緑の風を起こし一瞬だが時間を止め人間離れしたその顔色で日本人離れした整った顔立ちで厨二病は、まあ・・たぶん・・ないだろう。
実はただのヲタクで心にダメージを負った人ではないことは間違いない。
ということはこれは、この人は異世界からきた。と思っていいのではないだろうか?
「えっと・・私の名前?・ひかりの・みこ?・・いえ違います。私は岩下。岩下友紀です。」
「ん?・・・・」
「ちょっと待て。さとし、友紀、なんて言ったんだ?その男の言葉がわかったのか?」
「うん。ひかりのみこ様って。たぶんこの人は大きな屋敷の執事的なあれだよ。そして私はそこのお嬢様に間違えられた?オーラっていうの?」
友紀は胸を張って鼻を鳴らした。
なぜかお淑やかな振りまでするが絶対にそうは見えない。でもそうなのか?
じゃあ俺が考えすぎで俺が厨二的なアレなのか?・・・・いやいや違う。
絶対に違うと断言できる。
そもそも執事が先ほどの演出が出来る訳がない。する必要すらないだろう。
しかも名字は呼ぶまい。みこ様とだけ呼ぶだろう。
それにだ。友紀を見てほしい。上下紺のジャージにスリッパだ。
そしてジッパーの中に見え隠れしている地元ゆるキャラのTシャツ。
はっきりとお嬢様ではないとわかるだろう。
「友紀・・・落ち着け。彼はセバスチャン的なアレじゃない。彼は光の巫女と・・・・友紀まだ近づくな。匂いを嗅ぐな。」
友紀はお嬢様にあらざる行動を起こす。
「す・すみません。私は風の賢者と呼ばれている者です。こちらとは別の世界から来たといえばよいのでしょうか。」
ヤバい。自分で異世界の賢者発言したよ。どうするよコレ。
「ちょっと待てって。お前らどこの言葉話してるんだよ。全然わかんねぇよ。何でお前ら話せてるんだよ。」
「優・・日本語で喋ってるでしょ?俺ら?違うの?え・・何で?」
「いや・・それは俺が聞いているんだが。」
確かにそうなのだが。何と説明すればいいのか俺にもさっぱりなのだ。
「まあ、お前らには日本語に聞こえていて、そして日本語を話してるつもりでいた。そういう事だろ。」
本当に優は察しがいい。頭の回転が早いというか感覚が鋭いというか。
「うん。そういう事だよね。俺にも何故理解できてるのかわからないんだ。」
「で、その男が言っている内容は教えてくれるのか?」
「この人はお金持ちの家の執事をしてて・・」
「ちょ、ちょっと友紀は黙っててくれないか?俺が説明するから。」
ぶーぶーと友紀は頬を膨らませているが仕方ない。話が進まなくなるのだ。
「えっと、簡単にいうと異世界というか別の世界から来たらしい。それと友紀が光の巫女だって言ってた。」
「じゃあ異世界とやらに友紀を連れて行くって事か?」
「うん。そうなのかも知れない。でもそうではないのかも知れない。」
優は眉に皺を寄せて俺の肩を引っ掴んだ。
「お前は何言ってんだよ?いいのかよ?友紀がいなくなるかも知れないんだぞ。本当にいいのかよ?」
「わかってるよ。うん。そうだよな。わかってるよ。」
そうだ。優の言う通りだ。異世界とか浮かれてる場合ではなかったんだ。友紀が連れて行かれるかもしれないんだ。友達だよな。何やってんだよ俺・・
「優、俺が話すよ。とりあえず会話が出来て無理やり連れて行く気がないならまずは話と事情を聞かないとな。いきなり喧嘩する気はないんだろう?」
優は少し笑ってゆっくり俺の肩から手を引いた。
「ああ。それでいい。詳しく聞いてみるべきだろう。悔しいが俺には言葉がわからん。頼むわ。」
とにかく詳しく話を聞いてみるべきだろう。友紀がどうしても行きたいと言わない限り俺たちは止める側だ。
まずはこのローブの賢者をここから移動させないといけない。この状況は110番通報される恐れもある。
幸い俺の家は狭いが1人暮らしだ。6畳1間だが文句は言うまい。
「よし。俺の家に行こう。いいな。優、友紀。」
友紀が嫌な顔をして俺をジト目で見上げる。
「えーさとしの家?狭いし、なんか臭いし・・」
俺も慌てて顔があかくなる。
「友紀は五月蠅い。拒否は認めない。優はいいだろ?」
優はふっと笑って頭を掻いた。
「ああ。俺は別にかまわない。全く問題なしだ。」
「あなたもそれでいいですか?」
ローブの賢者も頷いて笑顔をこちらに向けた。ってか凄くいい人っぽいんだけどな。
「はい。お気遣い感謝します。さとし殿でいいですか?」
明らかに年上の人にさとし殿はこそばゆい。
「いえ。さとしでいいですよ。」
「ありがとうございます。さとし。私の名はエリアドル、風のエリアドル。普通に名で呼んで貰えると私も助かります。」
エリアドルさんか。訳アリ苦労人って感じだな。もう空がオレンジ色になってきだしている。
もう春なのだが日が落ちるのが緩やかになるのはもう少し後のようだ。皆何を話していいか分からないままゆっくりと歩く。
友紀はぼんやり空を眺めながら歩いている。優はその友紀が少し気になるようだ。
エリアドルさんは少し距離を開けてキョロキョロしながら付いてくる。
いい人なのだが完全に不審者だ。
10分程で漸く家に帰り着きカンカンと階段を上り部屋の前に到着する。
「でもさー相変わらず狭いよね。さとしの家。私の家も広くはないけどさ。」
友紀は玄関に靴をコロンと脱ぎ捨てツカツカと中に入っていく。
「仕方ないだろ。文句言うなよ。ささ皆入って入って。」
俺は友紀の脱ぎ捨てられて片方裏返しになっている靴を拾い右隅に並べる。
「すまない。」
「なんで優が謝るんだよ。まあ入れよ。エリアドルさんも狭いですけどどうぞ。」
エリアドルさんも優の後に続いて玄関に入ってくる。優が靴を脱ぐのを観察してからしゃがんで黒いブーツを脱ぎ始める。
「おい友紀詰まってるんだからさっさと中に入れよ。冷蔵庫開けるなよ。」
友紀は玄関入って直ぐの台所の横に設置してある冷蔵庫の上の扉である冷凍庫を開けてゴソゴソ何かを探している。
「アイスとか無いの?」
「無いよ。まだ寒いだろ。さっさと奥に行けよ。本当に・・」
友紀はまた頬を膨らませてブーブー言いながら奥の部屋に入って本棚のマンガをあさりだす。友紀の傍若無人な性格にも慣れてきた。そこそこ付き合いも長いのだ。友紀の後に続き6畳間に3人の大人がテーブルの周りに座りだす。友紀は既にテーブルのお菓子の封を切ってマンガを読んでいる。
「お菓子食べるよー。」
もう既に封を開け食べているがつっ込む気も起きない。
「ああ。お茶を沸かすからちょっと待ってて。」
「お茶を沸かすって・・おばあちゃんですか?」
「五月蠅いよ。暖かい方がいいだろ?」
俺はテーブルの前から立ち上がり3歩で台所に到着する。エリアドルさんも立ち上がりこちらに歩いてくる。
「お手伝いしましょうか?それと先ほど巫女様が・・」
「巫女じゃないよー。友紀だよー。友紀って呼んでねー。」
「はい。すみません。」
エリアドルさんが台所から友紀の方を向き友紀に頭を下げる。なんだかなー。
「先程、友紀様がアイスとおっしゃってたのですが、水の魔法か何かなのですか?こちらの世界には魔法が存在しないと父に教わったものですから。」
「いやいや。魔法はこっちにはないですよ。ってかそっちには魔法があるのですね。」
電子ケトルでお湯を沸かしながらエリアドルさんに湯呑を4つ取ってもらう。ケトルのお湯が沸いていく様をじぃと眺めて不思議そうな顔をしているのが面白い。
「こっちは水を冷やして氷を作るんですよ。」
「原理は同じなのですね。私たちも水の属性魔法を圧縮してアイスに変換してるんです。食べ物ではありませんけどね。アイスはあちらでは上位魔法なんです。」
エリアドルさんは湯呑を4つお盆に乗せながら笑顔で説明してくれる。
「そうなんですね。ファンタジーだなー。いいよなー。」
エリアドルさんは静かにこちらを眺めていた。お湯が沸いたので湯呑に緑茶の粉を入れてお湯を注ぐだけで完成だ。
「お茶煎れたから友紀は寝転んでないで道を開けて。」
「お茶を煎れるって・・おばあちゃんですか?」
「もういいよ。そのくだりは。」
「へへへへー」
友紀は頭を掻きながらゆっくり起き上がってテーブルに顎を乗せた。