準備
挨拶もそこそこにお父様の執務室を飛び出し、自室に駆け込んだ。
ベッドを整えていた侍女のマリーが目を丸くする。
「どうなさったんですか?お嬢様」
ここのところ、のそのそ動いてばかりだったからな…。思えば彼女にも心配をかけた。
「一番いいお茶会用のドレスを用意して!婚約者に会うことになったわ!」
マリーの目に険がこもった。
「まさか今さらあの男に会う為に着飾るおつもりですか!?」
…元婚約者はマリーの中では「あの男」にまで格下げになったらしい。
私、愛されてるなぁ。
でもそれは誤解だ。
「まさか!そんな訳ないでしょ!新しい婚約者が来るのよ」
「…新しい…婚約者?」
マリーがキョトンとした。
そうよね。それが普通の反応よね。婚約解消したその翌日に新しい婚約者ができるなんて誰も思わないわよね!
「今日の午後に来るらしいわ。だから準備をお願い」
マリーの目がギラリと光った。
「任せてください!今度こそ!お嬢様が!世界一だと!その方の!脳髄に!叩き込んでやりますから!」
頼もしいけれど、ちょっと苦笑してしまう。
私は普通のスペックだから。容姿も能力も性格も。特に秀でたところはない。
でも、一番近くにいるマリーがそんな風に言ってくれるのは嬉しい。
「よろしくね。今度はもう、振られたくないわ」
…ちょっと失言だったかもしれない。
マリーの目が潤んだ。
けれど
「わかりました!このマリーに任せて、お嬢様は豪華客船に乗ったつもりでいてください!」
胸を叩いて請け負ったマリーに頷いて、メイクも服もアクセサリーも、私の外見は全て彼女に任せることにした。
そして全て任せた結果、風呂に入れられ薔薇水を塗り込まれ、最新の髪型とやらに結われた。洗練されたドレスを着せられ品のよいアクセサリーをつけると、なかなか魅力的な令嬢が出来上がった。
会心の出来のようで、マリーも満足そうに頷いている。
「流石ですお嬢様!とってもお美しいです!」
「そうね」
マリーに同意して鏡を見つめる。
前の婚約者の時も、婚約者相手に気合いを入れるなんて恥ずかしいと渋らずに、こうして着飾っていたら「運命の人」に奪われることもなかったのだろうか…
思わず暗くなりかけた思考を、頭を振って追い払う。
そんなことを考えちゃダメだ。
アレはもう、終わったことなのだから。私は前に進むんだ。
気合いを入れ直した私に、マリーの悲鳴が飛んだ。
「やめてくださいお嬢様!折角の髪型が崩れてしまいます!」
「ごめんマリー」
思わず身体を小さくした。