元婚約者と…(ジェイ視点)
本編の「順調」から「知らない一面」の間の出来事。
◇ ◇ ◇
貴族にとって、社交は非常に重要だ。
だから大きな夜会ともなれば多くの人間が集まる。その中には会いたくない相手もいる。
例えばそう、元婚約者とか…。
ある日の夜会で、遠目に見覚えのある姿に気づいた。相変わらず、不安になるほど細い女性。その隣に立つ派手な顔立ちの男。
いつかは会うことになるだろうと思ってはいたが、存外に早かったな。
ため息を吐いて隣を見ると、ミシュはまだ彼らには気づいていないようだった。
教えるべきか少し迷って、黙っておくことにした。別に会場にいる全員に挨拶をして回る訳でもないし、そもそも顔を合わせて嬉しい相手でもないだろう。
…本当の理由は、もし彼女が元婚約者の男に懐かしげな視線を向けたりしたら、今でも慕っているような素振りを見せたりしたら、とても耐えられそうになかったから。
彼女は…今日の夜会に彼らがいたことを後から知ったら、教えなかった俺を責めるだろうか…
重い気持ちでもう一度隣を見ると、ミシュは…彼らとは別方向に置いてあるケーキに気をとられていた。
夜会は社交が目的なので、食べ物にほとんど手をつけない人間も多い。軽くつまむくらいは構わないのだが、やはり色々と気を使う。
ミシュは、好物のピンクがかったフルーツとクリームが乗ったケーキにチラチラと視線をやりつつそわそわしていた。
「食べたいけど、でもタイミングが…」
そんな心の声が聞こえてきそうな様子に思わずクスリと笑うと、ミシュが俺を見上げて顔を赤くした。
「な、何かありましたか?」
「いや」
笑いをかみ殺す。
俺の婚約者が今日も可愛いだけだ。
そんな言葉は飲み込んで、甘いもの好きな婚約者の腰に手を添える。
「ミシュ、あそこに君の好きそうなケーキがある。食べないか?」
彼女の目が一気に輝いた。
「いいんですか!?」と言いそうな顔で、「はい」とだけ言って頷く彼女が可愛い。
「じゃあ行こう」
彼女の背中を押して、さりげなく元婚約者たちから遠ざける。
俺の婚約者は、元婚約者よりもケーキを取ったのだ。
今日のところは、そういうことにしてしまおう。




