話し合い
今日私は、彼と会っていた。
前回と同じくうちの屋敷の室内で。ドアを開けたまま人払いをして。
私を好きだと言った彼との間に、どんな行き違いがあったのか確認する為に。
少し離れたところに、立ったまま壁にもたれかかって腕を組んだ彼。
鋭い視線で私を見ている。
婚約者の…もう…元婚約者と呼んだ方がいいのだろうか…の女性関係を問いただすなんて気まずいけれど、確認しなければ。これがきっと最後の機会なのだから。お父様が折角この場を用意してくださったのだから。
…たとえどんな結果になったとしても、聞かずに後悔し続けるよりはきっとマシだ。
「で?」
不機嫌そうに短く促されて、躊躇いながらも口を開いた。
「あの…お話を聞いてしまいまして…」
「話?」
彼が訝しげに眉を上げた。
「その…ジェイ……ソン様が女性と…」
うっかりジェイと呼びそうになって、慌てて付け加えた。
彼の眉間に皺が寄った。
「女性…?」
心当たりがないのだろうか。
それとも…ありすぎる?
本当にもう彼のことがわからない。
モヤモヤする…。
「その…一度お屋敷に伺った時に…」
しばらく眉を寄せていた彼が、ああ、と呟いた。
「従姉妹に会ったのか?」
「会ったという訳では…」
いくら会いに行く約束をしていたとはいえ、盗み聞きした形になってしまったので、少し気まずくて視線を落とす。
…でも従姉妹とあんな会話を…?
「その…込み入った話をされていたのをうっかり聞いてしまって…すみません…」
「……………」
そこまで言うと、彼は黙ってしまった。勝手に話を聞かれて怒ったのだろうか?
チラリと見上げると、難しい顔で考え込んでいた。どんな会話だったのか思い出せないのだろうか?
それとも………まさかあんな会話が日常茶飯事な訳ではーー
ここにきてとんでもない一面が発覚したのかと血の気が引いた時、彼が大声を出した。
「ああ!そういうことか!」
何だかとても驚いたような、呆れたような複雑な顔。そしていきなり距離を詰められ肩をつかまれた。
「あれは従姉妹…というか妹だし、それにまだ10歳だ」
大真面目な彼に困惑する。
「妹…みたいな従姉妹…ですか?」
「いや、実の妹だ。子どもができない叔父夫婦に泣きつかれて、親が渋々養子に出した」
「妹…さん?」
しかも10歳…?
そういえば若い声だとは思ったし、姿も見ていないけれど…
そっと彼の顔を窺うと、大きく頷かれた。
「今度紹介する。何だか妙な懐かれ方をしていて、俺と結婚するつもりでいたようなんだ。兄妹で結婚はできないと言ってはあったんだが…。あいつがもっと小さい頃に、子ども相手だからと適当にあしらったのを真に受けたみたいで…」
「指輪…」
彼の顔が苦々しく歪んだ。
「当時、街に出た時にねだられたから露天の指輪を買ってやった。こんなことになるなら、買わなければよかった」
それで…「結婚するつもりはない」。「ガラクタ」…?
確かに筋は通っているけれど…
「折角君がうちに来るのに、ゴネて中々部屋を出て行かないものだから、気が立っていた。妙な会話を聞かせてすまなかった」
…信じて…いいのだろうか?
迷いはあるけれど、
「あれを誤解されていたのか……俺が結婚したいのは君だけだ」
と真っ直ぐな視線で言われてしまっては
「はい」
と頷く以外、彼を大好きな私にはできなくて。
「その…妙な誤解をしてしまったようですみません…」
半信半疑ながらも謝罪すれば
「何、君も俺のことが好きだと知れた。悪いことばかりではない」
とほっとしたように笑われて、その腕の中にすっぽりと優しく包まれた。
彼の腕の中にいるうちに、信じてしまってよい気がしてきた。
だって私が今まで彼から向けられてきたのは、優しい側面ばかりで。今までずっと、彼は私を大切にしてくれていた。
彼の説明は、十分納得のいくものだった。実の妹なら結婚なんてしないし、まだ10歳ともなれば尚更対象外だ。
…特殊な性癖でもない限り。
だから…勘違いをもう一度きちんと謝って…それで……うん…
しばらく目を閉じてそうしていたのだけれど、不意に彼がボソリと呟いた。
「………いっそ逃げ道を塞いでしまおうかと思うんだが」
「え……?」
低い声に驚いて上を向く。
真面目な、射抜くような視線が降ってきた。
「君のお父上が言っていた。君は俺のことが好きなんだろう?こんなことが結婚までに、またあってはたまらない」
彼の手が、私の頬に添えられた。
大きな手が私の顔を包み込む。
「逃げられなくしてしまえば、婚約を解消したいなどと言い出さなくなるだろう?」
強い視線に囚われて動けない。
「逃げ…られ…なく…?」
彼が暗く笑った。
「『そういうこと』をしてしまえば、君は俺と結婚するしかなくなる」
「っ!!!」
言葉の意味を理解して、ブンブンと思いきり首を横に振った。
そんなのダメ。そんなふしだらな真似。
それに万が一結婚しなかった場合、困るのは女の方だけなのだ。
そんな私の不安を察知したのか、彼が笑った。
「大丈夫だ。結婚前に手を出しておいて俺から婚約解消など言い出せば、君の父上は確実に俺を殺しにくるだろう?」
それは…そうかもしれない…
お父様は結構…実はかなり…血の気が多いから。
「俺からも、婚約を解消したりしない。だから…」
彼の腕に力がこもって抱きすくめられた。耳に唇が触れる。
「してしまわないか?君がもう二度と、俺から逃げようなんて思わないように」
そのまま軽く食まれて、膝からカクンと力が抜けた。自分では立っていられずに彼にすがりついてしまう。
彼が耳元で笑った。今まで聞いたことのなかった、色気のある声で。
「これは了承か?」
必死に首を横に振る。
もう、身体に力が入らないけれど。
彼の声に、呼吸に、腕の熱さにゾクゾクするけれど。
でもダメ。
そんなのダメ…。
「…嫌……」
何とか小さな声で呟くと、彼が困ったように眉を寄せた。
「そんな反応をされると、逆に強引にでもしてしまいたくなるんだがな…」
驚いて思わず身を捩ると、ぎゅっと抱きしめられて動けなくなった。
彼はそのまま動かない。
ただじっと、抱きしめられる。
やがて大きく息を吐いて、彼が身体を離した。
「君がそう言うなら、結婚するまで待とう」
その言葉にほっとしたけれど、
「だが…」
と続けられて緊張する。
何を言われーー
「結婚は前倒しするぞ。二年も待てない」
「え……」
ポカンと見上げると唇を塞がれた。
「それとキスもする。これだけ譲歩しているのだからいいだろう?」
そして、いいと言う間も嫌とも言う間も与えられないまま、もう一度キスされた。
「君の唇は柔らかいな」
そしてもう一度。
顔を赤くする私に彼が微笑む。
「そういう顔もいいな」
更にもう一度。
「待っ……」
彼から逃れようとしたら、拘束がキツくなってもう一度。
「お願い…待って…」
突然の展開についていけず、涙目で訴えたら、ぎゅっと力強く抱きしめられた。そして耳元で大きくため息を吐かれた。
「ダメだろう。その顔は」
…いきなり顔にダメ出しされた。
流石に憮然とする。
確かに今日は、そこまで気合いを入れるのは違う気がして、マリーのスペシャルメイクではないけれど。
マリーの神業がない私は、それはそれは普通の顔だけれど。
何もそこまで言わなくたって…
無言で拗ねていたら
「君はもう、結婚するまで屋内で俺と二人きりになるな」
と言われてしまった。
今、二人きりなのは、私の意思というより止むに止まれずなのに。
と言うか
二人きりになりたくないほどダメな顔なの…?
唖然とする私に、彼が真顔で告げた。
「君の純潔を保証できなくなる」




