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家族まで  作者: 長谷川ゆう
3/19

駆ける

サユコに、サユコの双子の娘の妹のみゆの会社から、みゆが会社を辞めて3ヶ月経ち、紙袋に入った忘れ物を取りに来て欲しいと会社社長の田所から、連絡があったのは梅雨入りのじっとりとした6月の上旬だった。




夫の真、一卵性双生児の双子の娘のまゆとみゆが消えてから5日、経過する。



サユコは、平常心を保つために毎日作っていた夫と娘2人の朝食とお弁当と夕食を作るのをやめた。



警察に連絡するべきか悩んでいた時に、毎日、家から30分の会社に行っていたみゆが3ヶ月も前に会社を辞めていた。



サユコは、ますます混乱したが、とりあえず菓子折りを持ちみゆの会社に行く事にした。




何か、この訳の分からなくなっている今の状態からすがれるものなら、サユコにとってはみゆを知る社長の田所に会えるのは、絶好の機会だ。



蒸し暑い、霧雨が上がった午後、サユコは傘と菓子折り、スマホと財布だけを持ち、みゆが入社式の時に教えてくれた記憶を頼りに30分歩き、3階建てのビルの1階にある「株式会社 タドコロ」についた。



小さなWebデザインを受け持つデザイン会社だ。



姉のまゆと同じ大学を出て、みゆが社会人になってから、6年、職場が5人で働きやすい事、取引先の人と付き合うようになった事・・・後は、後はみゆの何を知っていたのだろうか?



蒸し暑い、オフィス玄関前でサユコは自分の娘だと言うのに、娘の事を知らない事に愕然とした。



「山田さんのお母様ですか?」

電話と同じ活発な50代くらいの声がしたかと思ったら、オフィスドアが開き、かっぷくの良い短髪の男性が出てきた。



きょとんとしているサユコを一瞬、不審そうに田所が見る。


サユコは、この5日間でかなり不安で挙動不審になっていたのだろう。何とか少し頭を下げて、微笑む。



「あ、目がみゆさんそっくりだわ、外は暑いので中へどうぞ」

田所が、にっこり笑うと中へ通してくれた。



短い廊下を抜けると、ワンフロアに4つのデスクが2つずつ向かい合わせになっていて、みゆくらいの年齢の男女4人がパソコンに向き合っている。



その奥に社長の田所のものと思われるデスクが一つあり、そのすぐ横にある小さな応接室に通された。



「この度は、みゆがお世話になりまして」

何とかサユコは、平常心をとりつくろい菓子折りを渡す。



「気をつかわせてしまって、すみません。こちらがみゆさんが残していったい紙袋です。中は見ていませんので」

田所は、サユコに座るのをすすめ自分もテーブルを挟み、正面に座った。



渡された紙袋は、思ったより軽く中の物がカサカサと移動する。




「あの、みゆはいつ会社を辞めたのでしょうか?」

サユコがおずおずと聞くと、田所は少し不思議そうな顔をした。



「いえ、あの子、家では外の事をはなさない子なんで」

とりつくようにサユコが言うと、田所は合点がいったような顔をする。


「うちの高校生の息子も似たようなもんですよ、肝心な事を話しません。みゆさんは今年の3月いっぱいで退社しましたよ。何でも彼氏さんと結婚するとか?」


サユコは、動揺したが、ああ、とだけ言いうなずくと田所は納得したような顔をする。



「最後までお世話になりました」

オフィスの玄関前まで田所に見送られたサユコは、喉元までつまった言葉「みゆを知りませんか5日前から行方不明なんです」が出てこなかった。



お辞儀をし、曇天になり始めた空を見上げた時に紙袋を落としてしまった。



中から、一枚の写真が出てきた。

みゆと一度だけスマホで見せてもらった会社の取引先の彼氏だと紹介された、長身の男が笑って写っていた。



サユコの心拍は一気に駆け上がり、オフィスを振りかえると、田所はまだ廊下を歩いている。



サユコは、玄関ドアを開け

「すみません!」と大声をあげ、田所に駆けて行った。



田所は、少し驚きつつサユコの呼吸が落ち着くまで待っている。


「この写真の、男性、田所さんの会社の取引先の方にいらっしゃいますか?みゆがお世話になっていたようで」


田所は、写真をじっくり見ると首をかしげる。


「いや、うちは子会社で取引先とは、ほとんどメールのやり取りで見たことありませんね。お力になれなくて・・・」


さすがの田所もサユコの異変に気がつき始めたのか、心配そうな顔を向けた。



「ご存じないなら、私の勘違いです。何度も申し訳ありません」

サユコは、フラフラと玄関を出た。



すでに、じっとりとした6月の雨がサユコに追い討ちをかけるように降りだしている。





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