女子高生とおっきな狸
(……)
それとの出会いは唐突だった。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。泣いてるじゃないか」
「……」
それはしゃべる。本当によくしゃべる。
「そういや知ってるかいお嬢ちゃん。隣町の池田さんの娘さんが結婚したらしい。いや、あそこの家は昔からある家で俺もよく知っていたんだが、どうも今の家主のじいさんが頭の固い奴でな、なかなか上手く話が持っていかなかったらしい。そうそう恋愛結婚だってよ。めでてえものだ」
「……」
「嬢ちゃん聞いているのかい?」
商店街の隅。
彼氏にフラれ、しゃがみ込んで泣きに泣いていた私に話しかけてきたのは、よく分からない狸だった。それもデカい。二階建ての家くらいの大きさだ。
どうやら、それは私以外に見えないらしく、行き交う人は気にも留めずに歩いて行く。
(きっと、疲れているんだ。狸が喋るはずないよね。デカいし)
うん、と一人で納得し私は立ち上がる。
「ちょっとお嬢ちゃん、どこに行くんだ。俺を無視するな」
足を止めた。振り返ると、デカい狸が見下ろしてくる。
「…何なの、さっきから」
「おっ、やっと返事してくれたな」
嬉しそうにそれは笑う。
「お嬢ちゃんが泣いていたんでな、元気出してもらおうと話しかけてた。見る限り彼氏にフラれたな?だから隣町の話でもしてテンション上げみざわってわけだ」
(…うわあ)
何だこの狸、若者の間で流行ってる言葉を使って。しかも死語なのがマジウケる。
「どうだ、テンション上がったか」
「いや全く」
はあ、と私はため息をつく。
「普通叶った恋バナを失恋した乙女相手にする?そういうのホント空気読めない」
「こいば…?けーあい…?」
(あ、察し)
これはあれだ、チョベリバを嬉々として使っている自称流行じじいタイプだ。
「もう良いから、放っておいて」
「そう言ってドタキャンするのか」
「そもそも参加してないよ。知ったかでカタカナ語使うのやめて」
通る人からの視線が痛い。
そうだ、周りから見れば、私は空気と話していることになる。若干キレ気味で。帰りたい。
「知ったかとは失礼な。俺はちゃんと調べて使っているぞ、これで」
「ガラケー」
「何だその目は」
「いや、何でも」
私は制服のポケットからスマホを取り出す。
「…!?何だこれ、指で触れるだけで反応する!?」
「それが今ドキの」
「凄いな。おお、見ろ!カメラの画質がこんなにも良い。む、いんかめぼたん?押してみよう。…!?何だ、ここにすっごい可愛らしい狸がいるぞ」
「私には無駄にデカい狸しか見えないけどね」
面白そうなので少しスマホを貸してみることにする。
この狸のことだ、唯一見られたくないのはカメラロールだが、それを見るほど機械慣れしてそうにもない。
しかし、
「お、この四角を押したら写真が大量に出てきたぞ。大量の男子が…」
「ちょっ、見ないでよ」
慌ててスマホを取り上げる。
「今の男子は?」
「…好きなグループの」
「隠す必要なんてなかろう」
「今のカメラロール見られて彼氏にフラれたから」
見られたくなかった。恥ずかしい趣味だ。変だ、と人に言われてきた。親に、兄弟に。そして彼氏にも。
「…?別に良いのではないか。昔だって、好きな役者が絵描かれた浮世絵を買っている女子はたくさんいたぞ」
「いつの時代よ」
「何というグループだ?」
「…七本槍。豊臣秀吉と柴田勝家が戦った賤ヶ岳の戦いで、特に目立った功績のあった七人」
「ほう」
「加藤清正が推し」
「ほう」
「福島正則も良い」
どうせまた変だと言われるんだ。頬が恥ずかしさで火照るのを感じながら、チラッと狸を見上げる。
しかし狸は笑っていた。
「良い趣味ではないか」
「…ッ!」
思わず狸の目に引き込まれる。
「本当にッ?」
「ああ」
頬が緩む。嬉しい。今まで誰にも認められたことがなかったのに。
「フフッ、良い笑顔になったではないか。先ほどの涙も吹っ飛んだな」
「おかげさまで」
目を細める狸にニコッと笑い返す。
最初は何だこの狸と思っていたが、意外に良い奴なのかもしれない。馬鹿だけど。狸だけど。
「あ、そろそろ私は帰るね」
「おお、ではな」
「ねえ、また来ても良い?」
「好きに来い。次は笑顔で、な」
大きく頷き、私は家に帰った。
俺は娘と別れた後、毛に埋もれているポケットの中からスマホを取り出す。
「チッ、あの嬢ちゃんが七本槍好きとはビジョンが狂うぜ」
流麗な動きでフリック入力を行う。
サイトの検索履歴には『女 落とし方』『女子高生 好みのタイプ』などがズラッと並んでいる。
「最近の女子高生の間では七本槍が流行りなのか」
しかし、真似してモテようにも故人では参考にできない。
「嬢ちゃんがただのイケメン好きなら、このままの姿でもいけたんだがな」
カメラアプリのインカメで己の姿を見て、フッと微笑む。この毛の美しさは他の狸には出せまい。
彼女を落とすためだけに、狸一倍努力してきた俺を、舐めてもらっちゃあ困る。
「なうい若者言葉もマスターしたが、ここまで来て七本槍という壁があったとは」
マジでチョベリバ、と俺はため息をつく。
「だが嬢ちゃん、俺から逃げられると思うなよ」
また会う約束は取り付けた。その時に確実に落とそう。
以前、彼女を見かけて一目惚れしてから約三年。
馬鹿だと思われない程度の計算し尽くされた可愛い天然度、話について行ける若者言葉の語彙の数。
そして、女は背の高い男を好むことが多いらしい。そこも俺ならクリアしている。
ここまで人間らしくなった俺が、負けることなどあり得ないのだ。