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初めてはいつも突然に

作者: とーます

 ずっとただの腐れ縁みたいだった幼馴染との間柄が、急に変化する時って一種のプロポーズなんだなと感じた。木陰に横たわる俺をすぐ側で見守ってくれていた心配そうな目が、うっかり秘密を口走ってしまったらしいせいか気恥ずかしげに伏せられて、その直感は余計に強まっていく。

「知世?」

「なに」

「こっち向けよ」

「やだ」

「ともちゃん?」

「うるさい」

 もちろん13なんて歳じゃ、まだ結婚には早すぎることくらい知っている。例え今の状況をプロポーズに照らし合わせてみたとしたって、そのシチュエーションが全くもって謎でしかない。俺の格好は、学園祭によくある客引き用の、ダンボールでできた間抜けにも程がある仮装のまま。しばらく寝転がっているこの場所にしても、9月の終わりとはまるで思えない、辺りを埋め尽くすほどの蝉が延々と鳴き喚く、炎天下の旧校舎脇。水分補給を忘れて熱中症になりかけの中、足がもつれ転んで頭を打った情けないありさまで。しかもこうなったいきさつが、なぜか敷地内に紛れ込んだ犬を取っ捕まえようと、あちこち走り回ってここまで必死こいて追い詰めたはずが、あと少しってところでその犬が返り討ちとでも言うように俺の顔に跳びかかってきて。それで驚いた拍子にすっ転けたなんて、ギャグ漫画でもそうそうお目にかかれない流れだ。目を覚ますまでの俺を取り巻いていた7、8人の野次馬クラスメイトどもには、無様な俺を笑いの種にするつもりも結構あっただろう。

 そして極めつけに、プロポーズだなんだと言っているものの、先に自分の思いを打ち明けたのは、暑さにあっさり屈した俺よりも遥かに火照った真っ赤な顔で今目の前にいる、幼馴染の知世だ。真夏ばりの熱気でやられた俺に付き添ってくれる割には、猛暑でありながらセーラー服のリボンを優等生らしくぎゅっと締めている。Yシャツのボタンを外し気味の俺は、きっと普段なら今日もやんわり釘を刺されていた。そして俺も俺で、どこか辻褄の合わない知世へ遠回しに皮肉の1つや2つ言っていただろう。

「でさ、俺どんぐらい寝てた?」

「……かれこれ1時間以上」

「よく見つかったな、こんなとこ」

「さっきの子たちが言ってたから。それで私もすぐ来たの」

「ふーん。1時間も一緒にいてくれたのか、知世」

「あっ、ち、違っ!」

「そっか?」

「……バカ」

「はは、ごめん」

「年上として、って思ってもいたのに」

「今更だろ。でもまあ、実際頼れるんだよな」

 知世を持ち上げたつもりが、返ってきたのは脳天へのチョップだけ。いて、と小さく呻いた後身体を起こし、また冗談めかして半笑いで頭を下げようとした。けれどそれすら許されず、ややあって俺の顔は無理矢理知世に近づけられた。頬に添えられた柔らかな両手は小刻みに揺れながら、それでいてほんのり力がこもっていて。そっぽを向いたままでも、今あらわになっている俺自身への思いは今までと比べものにならない、そうはっきり分かる意思表示だった。

「ほんとに、不安だったんだよ」

「うん」

「もう絶対にいなくならないでね」

「大丈夫」

 だから、顔を向き合わせた時にやることも、これまでと違う。10cmぐらい先にいた幼馴染との距離が、3cm、2cm、1cmと短くなっていく。ずっと隣にいてくれた幼馴染をそうやって感じるのは、今日から2人の口先どうしだ。

 そしてお互いが触れ合い、その存在を確かめ合った瞬間、辺りはしんと静まり返った。鼻を掠め、耳に届く感触まで、どれもこれもが今までと違う知世でいっぱいに満たされた。時間にすれば5秒経ったかも分からないけど、その間には今まで過ごしてきた時間が全て詰まっている気がした。目を開けてやっと見つめ合っても、知世からは相変わらず真夏以上の熱さが止め処なく流れていたし、俺が思い出したように「これからもずっと隣にいるから」と口走って尚、この木陰はしばらく2人だけを包み込む世界の全てであり続けた。

 ——おれ、ずっとそばにいるから! ともちゃんの!

 ——ぜったいだよ、かず。そのしるしにまたやろう? はな、こつんって。

 ずっと隣にいる。たった今俺自身の口を突いた言葉、それも小さい頃よりずっと気取りすぎている言葉を、俺は今一度頭の中で繰り返す。その宣言は間違いなく、斜に構えがちな俺なりの先取りプロポーズであり、変わっていく俺と幼馴染の、「初めて」の始まりでもあった。

※2人の動きがまた見えたら、改めてシリーズとして投稿を始めるかもしれません

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