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スパイスの刺激、ミルクの優しさ、甘い一時。

ついにゼフィランサスとの約束を破って外へ踏み出した少女。

その世界はチャイミルクティーのようで。スパイスの刺激と、ミルクの優しい舌触りで彼女をもてなします。

そして、残酷にも砂糖の甘さは加虐に笑う口に溶けて消えていくのでした。


皐月の十六日、どうかあなたもこの日を知っていてあげて下さい。

 


 お腹が満たされた私はまっすぐ自室に戻り、洋服タンスに向かった。昨夜から閉まりきらず、僅かに開いたままだったその口から唐草模様の風呂敷を引っ張り出す。

 なんでも包んでしまう東洋の魔法のアイテム、風呂敷。それを頭に巻いて、鼻の下で結んだ。

 ・・・よしよし、うまく長い髪が収まっている。これで私を私だと思って訝しがる人はいないはずよ。

 服装も装飾のないワンピースに着替えたし、ばっちり準備万端です。

「シャロン待っていてね」

 ふとイヌの方のシャロンを思い出して出かけ際に屋敷を見渡してみたけど、玄関に至るまでにその姿を捉えることは出来なかった。


 白い飛び石の橋を渡りきると私の背よりもずぅぅっと高い城門に行きついた。

 玄関をくぐるまではそれほど緊張していなかったけど、城門を前にすると緊張の高波が私の胸を打ちつけた。ドキドキする心臓にたくさんの深呼吸をして大丈夫よと教える。

 人里に行くのなんていつぶりかしら。ここへ越してきてまだ三回目くらいかもしれない。

 もちろん屋敷を出るのが怖くないわけはない。だけど、シャロンのために。そしていつまでも子供扱いのゼフィくんを見返すために。

「・・・・うん、もう子供じゃないもの」

 勇気を振り絞って、そびえる大きな門を越えた。


 ―――


 人里につくと沢山の人が家の外に出ていた。悪い魔族たちの討伐遠征に向かう人たちを見送りに出ていたんだとすぐに勘づいた。

「はぁ~!ゼフィランサス様!いつ見ても素敵だねぇ!」

 当然その見送られた側にはゼフィくんも入っている。普段、屋敷から出てこないからか村の人たちはゼフィくんをこぞって話題にあげていた。

「見目が麗しいだけでなく、あたしらにまで優しく声をかけてくれるんだからねぇ」

「本当に人の出来たお方だよ。あの人が先頭に立って戦ってくれてるなら、うちの子も安心だよ」

 口々に彼を褒め称える声が聞こえてくる。

 そうよね・・・みんなは知らないのね。ゼフィくんは澄ました顔をしてるけど人をすぐ小馬鹿にするイジワル大魔神なんだから・・・。

「ふふっ、でもこんな風にゼフィくんが褒められてるのは嬉しいかも・・・ちょっぴりだけど!」

 悪い気はしないので少しだけ人の群れに聞き耳を立てて回ってみることにした。


 行く先々でゼフィくんの噂を聞くことが出来た。

 みんなが口にするゼフィくんは格好良くて、気が利いて、強くて勇ましい、そんな欠点のない物語の王子様みたいだった。これだけの人の中で私だけがホンモノのあの人を知っているんだ。

 人を困らせるのが大好きで。寂しがり屋の女の子を一人置いて出て行ってしまう。本当はそんな人。

 そう、だからゼフィくんは王子様なんかじゃなくて・・・・、


 きっとお姫様なんて助けられない、魔王さまの方だ―――。



 物売りの屋台が並ぶ通りに来ると、四人のおば様たちが円になってお喋りをしていた。よし、ここに聞き耳を立てるのを最後にシャロンを探しにいこう。

「ゼフィランサス様が――――」

 やっぱり。この人たちもゼフィくんを話題にあげているのね。

「お屋敷に移り住んで来た時はどうなるかと思ったけどさぁ」

「あぁ。なんでも二百年前の戦乱、魔族側の長、()()()()()って魔女の生まれ変わりって話だったもねぇ」


 え、り、も、お、る。


 ―――・・・ああ、これ以上ここに居て聞いてちゃいけない。


 わかっている。なのに、私の身体は金縛りにあったように動かなくなってしまった。

 心臓がバクバクと、まるで私を嗤うように耳元で鳴り出す。


 頭に、彼らの声が流れ込んでくる。



「違う違う。そう言われてるのはゼフィランサス様の双子の妹の方だよ」


「髪は年老いてるって訳でもないのに真っ白で、血のような色をした目をしてて」


「それで名前もないって言うんだから、産まれた時から親にも見放されてたんだろうねぇ。いよいよ気味がわるいよ」


「ゼフィランサス様もけったいな片割れをもって難儀だよ、まったく――」



「「「「あんなのいなければ生きやすいだろうに」」」」



『うん、私はゼフィくんの双子の妹』


『そう、髪は白くて瞳は真っ赤』


『それで、お父様もお母様も私に私を示す名をくれなかった』


『私も知ってるよ、ゼフィくんは・・・』



「私がいない方がずっと幸せなの・・・」


 この地に来たときもそうだった。異人の魔族という鎖だけならゼフィくんの人柄一つ、数日で断ち切れていたことだろう。でも、エリモールの生まれ変わりという刻印を持つ私は彼に重すぎる足枷を嵌めた。


 生きる災厄を受け入れられる人なんてそうそうに、いないのだから。


 越してきたばかりの頃。商人は腐った野菜しか売ってくれなかった。ある人は屋敷の塀に心ない落書きをした。村里の子供たちは石のつぶてを屋敷に投げ込んだ。そして、大勢の人が私を気味悪がって、楯突くゼフィくんに暴言を吐いた。


『僕がなんとかするから。君は泣かなくていいんだよ』


 ゼフィくんはいつもそう言って泣きじゃくる私を慰めた。

 それから幾月もかけて、少しずつ私たちへの目に見える嫌がらせは減っていった。いつしか彼は尊敬を集めるほどに名声をあげていた。

 彼にお礼だと言って作物が運び込まれた。彼を慕って剣の訓練を受けたいと申し出る若者が何人も来た。彼が光になってくれたから、私は笑って生活ができるようになった。

 いったいこの平穏な日々のためにどれだけの労力を費やしたのだろう。そして私がいなければその負担はどれだけ減っていたのだろう。


「―――あの人は産まれながらにして不幸な人だよ」


 これは約束も守れない、迷惑ばかりかけている私へのいい罰だ。

「・・・・かえろう」

 そう思って踵を返すとした時、大きな力が私の腕にかかりその場に引き戻された。

「おい!!!やっとみつけたぞ盗人め!!!!」

 盗人?なんのこと・・・?捕まれた腕の先を見上げると見知らぬ男の人がいた。

「連日かけてうちの商品盗みやがって!!」

 連日?そんなはずない。私は今日ここへくるのだって半年以上ぶりだ。

 そして、なにより私は物を盗ってなんかいない。

「・・ひあ、ぁっ・・・・」

 否定しなければいけないのに。私の喉は締まって声なんて出なかった。

 ・・・だってこんなにも身体は恐怖に戦いているのだもの。


 ――聞いたことがない。責め立てるこんなに低くて大きな怒声は。

 だってゼフィくんはいつも叱らず優しく教えてくれるから――。


 ――骨が軋みそうなくらい力を込めて握られたことがない。

 だってゼフィくんは私を抱き留める腕だって優しいから――。


 ――ねぇ・・・どうしてそんなに恐ろしい顔をして私をみるの?

 彼はこんな顔しない。だってゼフィくんはいつも私に優しいから――。


「・・・あ・・・・あぁ・・」


 ゼフィくんと違う。それだけで私の世界は壊れてしまう。


「風呂敷なんか頭に巻いて!こんな盗人ってわかりやすい格好して舐めたもんだ!!お天道さんの下、その顔暴いてやる!!」

 ・・・・嫌だ。これを取られたら私のこの目立つ髪を隠すものがなくなってしまう。

 そうしたら、またみんな氷のような視線で私を突き刺すんだ。

 怖い、怖い、怖い・・・・・・こわいッ!!!!

「・・や、・・ぜっ・・・・・・!」

 お願い・・・ちゃんと声、でてッ!

「おい?!急に暴れるなって!」

「うっ・・・ふぅぅ・・・!!!」

 足も動かして、逃げなきゃ!

「おっ大人なしくしねぇなら、この細っこい腕をへし折ってでも・・・」

「あっ、た・・・ぅ・・・!」

 叫んで!!!助けを呼ばないと!!!


 必死に言葉を出そうとする頭のなかで、あの人の顔が浮かんだ。

 赤い髪。翡翠の目。イジワルを言う口角の上がった唇。


 ほら、私の大好きな人を呼ぶの――――!


「―――た、助けてッ!!!!ゼフィくんッ!!!!」



 声が出た瞬間、風が変ったのを感じた。

 春風のように穏やかで温かな、新しい芽吹きを知らせる。そんな風が吹いたのだ。


「――乱暴は止めないか」


「ゼフィく・・・!じゃない・・・?」

 声の先には知らない、金髪の男の子がいた。年こそ私と近そうだけど、共通点なんてそれくらいで・・・・。

 全く面識もない人が止めに入ってくれたの・・・?この私のために・・・?

「なんだ兄ちゃん??悪いけどな、これはこっちの問題だ!関係ないやつはすっこん出ろ!」

「関係ない?フッ・・・おもしろいことを言う・・・」

 その子は髪をかき上げて、首を回して、前髪をなおして・・・そうしてたっぷりの間をつくって、やっと声を張り上げた。

「関係ならある!なぜならアンタの所で連日、商品をくすねてたのは俺だからだ!!!!」

 ぱっと店の男の人が私の腕を放した。恐る恐るその顔を見上げると、大きな口が開いていて魂が抜け落ちているみたいに生気のない顔をしていた・・・。

「どうした?固まった?あ、感想待ち?なら・・・特に子持ちししゃもがおいしかったです!!!!」

「うるせぇぇぇ!!!!感想なんかいるかぁぁぁぁ?!!!」

 店主の人が金髪の少年に飛びかかる頃には、騒ぎはもうすっかり大きくなっていた。私は集まった人の目を逃れるために、人の群れを割って駆けだした。



 ―――


 私はとにかく逃げた。人の居ない場所を探して突き進んだ。

 所有地ニツキ~と書かれた看板も無視して走っていると細いあぜ道に入った。

「はぁー・・・・はっ・・・はぁぁぁ~・・・」

 水を張っただけの水田で作業をする人はいなくて、ようやく手にした安寧に心から安堵した。

 もう誰も私を気にする人なんていない。

「よかった・・・・」

「いいや、よくないって」

「ひっ?!!」

 突然後ろから返ってきた返事に驚いて咄嗟に横に跳んでしまい、ぬかるんだあぜ道に足を滑らせ私はあわや用水路に嵌まりそうになる。・・・・そう、嵌まりそうになっただけで男の子が手をつかんで引き留めてくれていた。

「ほーら、危ないっての」

「ご、ごめんなさい・・・・」

 握られていた手のひらが離れていく。ごつごつした武骨な手だった。

 キラキラと陽光を弾くその金色の髪は、よく見なくても誰だか分かる。あの助けてくれた少年だ。

「どうしてここに?お店の人とは・・・?」

「それは魔法を使ったのさ」

「魔法・・・?」

「ああ、そうさ。アンタに会うためノわッ?!」

 お話をしていた最中、突然男の子の膝が曲がった。

「ひとの力を口説きの出汁にされるのはいい気がしないわね」

 地面にひざまずく彼の背にはかわいい少女が立っていた。私よりも小さくて二桁の歳があるかどうか。男の子と同じ金色の髪をしていて、着ているドレスがよく似合う整った顔立ちをしている少女。

 それこそ西洋ドールが意志をもって動いているみたいだ。

「すごい・・・花子みたい・・・」

「え、誰?」

「ネリネ!いきなりは心臓に悪いから!」

「あら。身構えられていたら決まらないでしょ?不意を突くからささるのよ、ヒザかっくんは」

「初めからするなってはなし!」

「ハルが常に精神を研ぎ澄ましていればいいのよ。最近のハルってば少し気が緩んでいるし。どこの誰よりも間抜けそうに見えるわ」

「いやいや。俺よりももっと気が緩んでるやつはいるって」

「あら。そんな子がいるなら見てみたいものね」

「・・・え?」

ネリネという少女が私を見て少しだけ微笑んだ気がした。

「それなら!ほらここに・・・・・んじゃ、ちょっと失礼しますよ、っと!」

 二人の会話をぼんやり聞いていた私は確かに気を緩めていた。心を許しかけていた。

 だから、彼の突拍子もない行動に反応出来無かった。


「・・・・こりゃあ、驚いた」


 風呂敷がはらりと私の頭から離れていく。彼が取り上げてしまったから。

 押さえるものが無くなって、私の髪が空中に広がる。

「やだっ・・・・!」

 ・・・・そんな、いい人だと思っていたのに。

 瞳もあんなに開いて・・・私の容姿が醜いから驚いたんだ。

 だって、だって。この姿を。この白と赤を見て人は言う・・・・・。


「・・・アンタ、」


 唇が動く。

 ・・・・きっと言ってしまうのね。


『――――アノ魔女ト同ジダ』


 そう言われると確信していた。経験がいうのだもの。

 なのに。ああ、なのに彼は・・・・・。


「――綺麗な、白だな」


 いっそう強い陽の光が私たちを照らした。

 目に見える景色がワントーン明るくなってみえる。


「・・・きれ・・・・い?」

「おう!それによく見るとアンタ、珍しい色の目をしてるんだな」

「えっと・・・こっちは隠しようがなくて・・・・」

「隠すなんてもったいない!俺、紅色って好きなんだ。目立つくらいのアカ。いいな、それ」


 変だ。

 変なんだ、この人。

 絶対に変。


 ・・・・逃げよう。


「おい?固まってるけど大丈夫か?」

「・・・・わっ、わたし、帰らせてもらいます!!」

「え?!ちょっと!この布・・・!」

「もう近づいてこないでッ!!」

 私はまた走って逃げることになった。だけど今度の逃げ足は違う力をもって動いている気がした。

 後ろから男の子の大きな声だけが追いかけてくる。

「ごめーん!!!一目見たときに俺が探してる女の子に似てたから!どうしても確認したかったんだー!!」

 一目って・・・。それって風呂敷を頭に被った子なのかな・・・?

「俺はハル!!!人を探して旅をしている者だ!!」

 

 ・・・そっか。

 ハル。ハルっていうんだ・・・。

 


―――


 向かい風を浴びて乾いた口。喉は潤いを無くして向かい合う内壁同士が張り付いているように感じる。

 何本もの木立を通り越してもまだ私は走り続けていた。もうあの水田はずっと向こうに行ってしまったのに・・・。


 きれいってなに?・・・・・・好き?どういうこと??


 走っていれば、ずっと頭を巡るこの疑問を落っことせる気がして。

 だけど落ち着こうとする度に、あの人の顔を思い出してまた激しく胸が叫ぶ。


「わかんない、わかんないよぉ・・・・!」

 心臓が飛び出しそうになるのをおさえる胸が弾けそう。

 もう息があがってるのに足はがむしゃらになって動く。腕だって大きく振れて、このまま勢いよく飛んでいっちゃいそうだ。


「へん、変だよ・・・!私も・・・ハルさんも・・・」


 ゼフィくん、あなたならこの気持ちになんて名前を付けるの・・・?


 頭の中に浮かぶ彼が答えてくれるはずもなくて。

 私は未だに慌ただしく鼓動する心臓を連れて、屋敷にむかって走り続けた。




 この屋敷への帰路の途中。私はすっかり浮き足だっていました。

 だから、誰かが後ろをついてきているだなんて・・・思いもしなかったのです。



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