パンツを被った本
閲覧にお越し下さりありがとうございます!
よろしければ少女たちがむかう結末、それを最後まで見守ってあげて下さい。
色のついた雪が季節外れにも、い草の大地に降り積もった。
隣に立ち並ぶ家屋は一軒もなく、とにかく見晴らしのいい広大な土地にその武家屋敷はあった。卯建のついた瓦屋根は月光のベールを被り、その風格を誇示するように青白い光を放っている。
厳かな風情ある屋敷の和室。その一室で少女が荒れ狂ったように洋服タンスの中身を引っ張り出していた。
「・・ない!ない!!どこにもない!もう絶対にこの部屋には無いのよ!」
ついにタンスの中の最後の一枚が放り投げられ畳の上へと落ちていく。既に宙を舞って降り積っていた衣類たちは山岳を作り上げていた。
少女は散らかした部屋をそのままに、障子を開けふんふんと鼻息を荒げながら自室を出ていく。
彼女が縁側を駆け向かった先、それは敷地内に建てられた一軒の赤いレンガの洋館だ。
「私が連れだしてあげるんだから・・!」
決意を声に出し、武家屋敷に似つかわしくない、その洋館の扉を少女は開いた。
洋館は一本の廊下から始まっていた。建物的にも奥行きはさほどないはずだが、先を見渡せない宵闇がこの廊下は永遠に続くぞといたずらをしてみせている。
少女は入り口に置いてあるランタンに明かりをつけ、ワイン色の絨毯が引かれた廊下をずんずん進む。やがて執務室と書かれたドアプレートのかかった扉に行きつき、少女の眉間の皺は深くなる。
扉の隙間から橙色の光が漏れているのを確認して、少女はそのドアノブを勢いよく引いた。
「―――入るときはノックをするものだよ。」
扉の先にはワイシャツ姿の少年が一人、広い執務机を前に座っていた。少年はお咎めを言いながらも、上がった口角と下がった眉をしていて、部屋に訪れたその天狗風を快く迎えている様だった。
少女は少年の声を歯牙にもかけず、ランタンの火を消すとずかずかと部屋に立ち入り、大股で少年に歩み寄った。
「私のシャロンを攫ったのはゼフィくんでしょ!」
ゼフィくんと呼ばれた少年の名はゼフィランサス。歳は少女と変らないながらもこの大きな屋敷の主人である。
「シャロン?君のお人形さんにそんな洒落た名前の子がいたっけ?ウサギのミミ・ナガ美、くまの大五郎・・・西洋ドールでさえ花子と名付けた君だったはずだけど。あ、花子が改名したとか?」
「してないもの!特に花子は目が合った瞬間、びびーっと頭の中に浮かんだ名前なんだから!絶対に改名なんてしないわ!」
「ふむ・・・和洋折衷、異文化同士の調和。うん、今の世が見習うべきあり方だ。それを直感的に人形一つで体現してしまうとは、さすが君だね。」
「なんか褒められちゃった、えへへ・・・じゃなくて!」
弛んだ空気を変えるため、少女はゼフィランサスとの間にある執務机に音を立てて両手をついた。
「私が洋服タンスにしまってた本!『奉公娘シャロン~初恋ロマンス~』!ゼフィくんが取っていったんでしょ!」
「・・・ああ!あれか。桃色のハードカバーの。」
「そうそれ!探しにくそうな場所にと思って、わざわざパン・・下着をしまってある段に入れて、そのうえ擬態までさせてたのに!」
「擬態って・・・確かに本が水色と白の縞々パンツを履いていたね・・・。あれを発見したとき僕はどうしてか凄く悲しい気持ちになったよ・・・。」
「うう、馬鹿にされてる・・・。そんな遠い目をしなくてもいいでしょ!わ、わたしだって下着を見られて恥ずかしいんだから・・・。」
少女は赤らんだ頬をしてうつむいた。ゼフィランサスを除いてこの屋敷に男はいない。少女が彼を異性として強く意識するのも無理はないのだ。
一方でゼフィランサスの方はというと、未だ虚空を見つめ記憶に新しいその光景を憂いていた。
「・・・と、とにかく、続きが読みたいから返して。」
「あー、いや。その本なら僕は持っていないよ。」
「え、でもゼフィくんは本を見つけたんでしょ?そのまま没収しちゃったんじゃないの?」
「うん。日課の異物探知をして反応のあった場所を漁ったのも、見つけた本を持ち去ったのも僕――そして、それを最後に燃やしたのも僕だ。」
「・・・え?」
「そういうわけだから僕は今はもう持っていないのだよ。」
少女の思考が止まること5秒。ゼフィランサスの言葉を繰り返し反芻させること20秒。情報処理を行うこと10秒・・・ついに導火線の怒れる炎は雷管に到達した。
「ううううっうそでしょ?!ゼフィくんでもさすがに許せない!許せないよ!!!確かに余所から部屋に持ち込んだものになるだけど・・・でもあれはただの本!刃物でも魔道具でもなかった!危険なんてないじゃない!!!」
「ただの本。危険はない、か。」
「そうだよ!なのにどうして?!どうして?!!」
「それは、低俗そうだったから処分したんだ。中身もなさそうだったし。」
「中身はつまってたッ!!!」
喉を裂いてしまいそうな声が狭い部屋の中に反響した。これには冗談めいたように笑っていたゼフィランサスも目を見張った。
「あれは女中のモニカがわざわざ私にって選んで、プレゼントしてくれた・・・大事な物語だったの・・・。」
少女の目にはうっすらと涙の膜が張っていた。目ざとい彼がそれに気づかないわけはない。
「・・・なるほど。そういうことか。」
ゼフィランサスは一層真剣そうな表情に変え、執務机に備え付けてある引き出しに手を伸ばす。
三段ある引き出しのうちで、二段目の取っ手にまず指が触れた。しかし、その引き出しは開かれることはなく、ゼフィランサスの指先はさらにもう一段下へと下っていく。そして辿り着いた三段目の取っ手に指先を絡めて引っ張った。
「ごめん。今回は僕が悪かった。物で釣るようだけど、お詫びのしるしに今日は特別に“いい子にしてたで賞”のご褒美をあげるから。」
引き出しには大小様々な紙袋がいくつも入っていて、そのいずれもが賑やかな色をした身体を膨らませていた。ゼフィランサスは中からそれほど大きくはない、マチ付きのものを一つ取り出す。
そうして座り続けていた椅子から立ち上がり、頬が膨らむ少女の頭に乗せた。
「これで僕を許してくれとは言わないけど、少しは元気になってほしいかな。」
「・・・むー。」
少女は手の甲で一度両目を擦ってからその紙袋を手にした。
「・・・・・いま開けても?」
「うん。どうぞ。」
紙袋は軽く、中に手を入れると指先はすぐに綿の布にぶつかった。
取り出してみるとそれは山型に広がり、少女の手を暖かく包んだ。三つの穴を残し二枚の布を重ねて一つに縫い合わせたそれは――パンツだった。少女は何度かクロッチ部分を上下左右に傾けていたが、やっぱりパンツだった。
いや、贈り物にランジェリーをチョイスするまではありだろう。だが、なによりの問題はその柄だ。まるで今日の日を予見でもしていたかのように、そのパンツには見開いた本の模様が無数に刺繍されていた。
「・・・明確な悪意をかんじるッ!!」
少女は大きく振りかぶって、目の前のゼフィランサスの胸元めがけパンツを投げつけた。パンツは引っかかることのないゼフィランサスの平たい胸を滑り床に落ちていく・・・。
「うん、よかった。元気でたみたいだね。」
「これは怒っているの!!!ゼフィくんのイジワル!とんちんかん!!過保護!!!」
「まぁまぁ。次は身の詰まった面白い物語を買って用意しておくからさ。よいしょっと」
「あれは本当に!とっても!面白い話だったんだから!代わりなんて・・・はぁーもういい!かえる!!」
ゼフィランサスの手によってパンツが回収されている間に少女は自室への帰路を決めてしまった。
「何事も中身があるからこそロマンが生まれるんだよ。」
拾い上げた布きれをひらひらと振って少女の背を見送った。パンツを片手に言ったその言葉が深く意図する部分には気づかぬまま、少女は大きな声でイジワル大魔神!と言い捨てて執務室を出て行った。
そしてゼフィランサスの居る部屋はまた凪いだ。
「・・・モニカ。屋敷の旧邸側で働く女中。垂れた犬耳が特徴の獣人族と人間の混血。歳は今年の秋で17。趣味は読書で特に恋愛ジャンルが好き。・・・こんなところだったかな」
ぶつぶつと呟きながら、ゼフィランサスはまた執務机の方へ戻ってきた。
先ほどは開くのを躊躇した二段目の取っ手。だが、今度はためらいなく引き出しを開ける。
「やぁ、シャロン。ご機嫌いかがかな。」
そこに居たのは桃色のハードカバーの小説。紛れもない、彼の言葉の中で燃やされたはずの『奉公娘シャロン~初恋ロマンス~』である。
「書物は一番タチが悪い。書き残された文字は時に呪詛になって呪いを孕み、書かれたものを言霊にすればそれは詠唱になる。」
ゼフィランサスは本を開きパラパラとページを捲った。少女が挟んでいた栞を越え、左手に余るページもあと僅かという本の巻末。そこで捲るのを止め、物語の結末部分の一節を読み上げ始める。
「『――さあ、あなたも幸せの合い言葉を口にしましょう。来タレ天使ヨ。史上ノ幸福ヨ。我ガ身ヲ喰ラエ』。」
読み上げ開いていた彼の唇が結ばれた途端、本がガタガタと震えだしゼフィランサスの手を離れた。空中に浮いたそれは紫色の濃い煙を吐く。次第に煙は一つに集まり塊となった。
煙の塊は八方向にぶくぶくと膨らみ、やがて三つの獣の頭、四本の脚、一本の尻尾に分化した。
「モニカ・テイラー。出陣する前にひとつ探っておくべきだね。」
ゼフィランサスは壁に掛けてあった剣を手に取り鞘を抜いた。
月齢十三の月が見守る中、背の高い塀で囲まれた武家屋敷内で二つの争いが同時刻に勃発していた。
そう、戦っているのはゼフィランサスだけでない。少女もまた、散らかした衣類の片付けに苦戦を強いられているのであった・・・。
次話からこの世界の様子がじわじわ明るみになっていくので、よろしければまた次のお話で・・・。