拝啓勇者さま、これがあなたの救った世界だ。
評価、ブクマなど本当にありがとうございます!
書き直し多いですが、よろしくお願いします。
『神はたった二つの決めごとをして命の種を大地に蒔きました。
一つは命ある限り必ず終焉を迎えること。
それは神が与えた生命の平等性だった。
二つ目は神秘なる力マナを持つ魔族と、持たざる人間の二つに種族を分けること。
それは神が与えた生命の多様性だった。
神は時間を動かして命が発展する様を眺めました。
しかし、神はすぐに力の配分を間違えたことに気づいたのです。
魔族は神秘なる力マナをもって人間を支配し、力によって人間を隷属させるようになっていました。
神は慌てます。
ですが流れ始めた時の中、傾いた天秤を戻すことは出来ません。
いよいよ神はその惨状を前に観測することをやめ、暗い闇の中にこの星を見捨てることにしました。
そんな神さえ見限ったどうしようもない世界。
それでも人間は希望を持ち続けました。
報復の機会を伺い、人間は好機に備え続けたのです。
何代もかけ魔族に毒を盛ってマナの力を緩めさせ、幾億の屍を積み上げ魔族に対抗する術を学びました。
そして魔族と同じ目線に人間が並び立った時、蒼空は雷光を走らせ一人の勇者を遣えさせたのです。
勇者の名はハルシオン。
彼の勇士は仲間を鼓舞し、彼の叡智は魔族に拮抗する力を人間に与えました。
勇者ハルシオンと勇敢なる戦士たちの快進撃は目覚ましいものでした。
たちまちに魔族の栄光は廃れ、瓦礫の海に沈んでいったのです。
そして、このグランヴァル国のダイヤモンドリリーの丘で。
ついにハルシオンは魔族の長であった魔女エリモールをも討ち取りました。
いまや人間はこの世の太陽になり、魔族は光のない月となりました。』
「こうして今の平和があるのです・・・・。」
勇者の帰還を称えた記念碑。そこに彫り刻まれた逸話を読み上げ、渦巻いた二本の角はうなだれた。それはゴート種の女性の側頭部から生えたものだった。
魔族の彼女にとっては忌々しいエピソード。だが十字架に貼り付けられた彼女には、精々目を動かすことしかすることがなかった。だから何とは無く、目の前に見える文字を声に出して読んでみたのだ。
もう直に彼女の足下には火が放たれる。第二百回目を迎える勇者帰還の祝賀祭、その余興となるのだ。
彼女は別に大罪を犯した訳でもなかった。ただその容姿が悪魔を連想させる魔族だからという理由でこの日の生け贄に選ばれたのだ。
「これが平和な世界であるはずがないわ・・・」
白日の中、この場を逃げだそうとする気力はすっかり枯れ乾いていた。
もし彼女が逃げ出せば、まず彼女の家族は無事では済まない。
彼女には年の離れた妹がいる。それはついこの間、やっと十まで数えられるようになったと誇らしげに言っていた童女だ。(彼女が数えあげる声を聞いてみると六が飛んではいたけれど・・・・。)
そんな小さな成長を自慢げになって喜ぶ幼い妹。あの子の世界を狭いまま終わらせるのは、あまりに残酷だ。
「この地に眠られるエリモール様・・・・我々魔族をお救い下さい・・・・どうか、どうか・・!」
神が見捨て、太陽すら人間を祝福する世界で魔族が縋る存在は一つしかなかった。
彼らは口々に救済を求めた。あの古の魔女、エリモールに向けて・・・・。
勇者像を乗せた矢倉がパレードを終える頃。隣国の魔族国家、フェーリス帝国には吉報が舞い降りていた。王妃ステルンベルギアが男女の双子を授かったのだ。
それも恐ろしい程に強いマナを秘めた赤子だった。魔族はこれをエリモールの再誕だといって大いに喜んだ。
これは焼かれるゴート族の少女の祈りが伝わったのか。それとも魔族の怨嗟が呪ったのか・・。
数多の期待と陰謀の中。その小さな身体の鼓動に合わせ、エリモールの心臓は再び動き始めようとしていた。