航海中での出来事
魔獣マーリンの襲撃から一夜明け、船は順調にバンセンヌに向かっている。
明日の朝には到着だ。
昨日と打って変わって平和そのもの。
シフォンたちは思い思いの時間を過ごしている。
シフォンは、船長から面白い話しを聞いた。
船員たち専用の食堂でくつろぐ船長と同席した時のこと。
「そんでもって、うちの会長が美術品やら骨董品やらを収集するのにハマってな・・・」
「そうですか・・・」
「昔、買い取った品の価値がだな爆上がりしてホクホクなんだそうだ。」
「先見の明があったって事ですね。」
「その品なんだが、当時は歴史的価値が疑問視されていた品でも、それなりにいい値段したんだが、今ではその価値が100倍にまで上がったって言うだから、おったまげる。」
「100倍・・・それは、凄いですね・・・その品ってなんですか?」
「伝説記って御伽噺が書かれた書物さ。」
シフォンは、御伽噺って事には、異議を申したかったが、そこは、グッと堪えて話しを根掘り葉掘り聞く。
「それは、本当なのですか?」
「ああ、事あるごとに自慢しているからな。」
「では、その伝説記は、第何篇なんすか?」
思わず身を乗り出すシフォン。
「お、おう・・・いきなりなんだい嬢ちゃん。」
「すみません。伝説記に興味がありまして・・・」
「そうか・・・第何篇かは、俺は知らねぇ・・・」
「では、その伝説記を見せてもらうことは出来ませんか?」
船長は、困った顔をする。
「う~ん・・・確かに会長は、自慢したがりだが、それは身内だけでな・・・」
「他人には見せてくれないと?」
「うん・・・」
「会長は、どこに居られるかわかりますか?」
「なんだい、直談判でもしようってのか?」
「はい!」
「・・・教えるのは、構わないが、簡単には会ってはくれないぞ。」
「構いません。それで・・・一つお願いが・・・」
「船長。紹介状を書いて頂けないでしょうか?」
「紹介状ね・・・俺の紹介状なんて、大して役に立たないと思うぞ。」
「それでも、お願いします。」
「嬢ちゃんたちには、魔獣討伐に協力してもらったからな・・・いいだろう、紹介状は書いてやろう。でも、期待するな。所詮、一商船の船長だ、大した力はねぇ。」
「ありがとうございます船長。」
会長は、バンセンヌのブライアン商会本部に居ることが多いと教えてくれた。自宅の場所も聞いたのだが、それは流石に教えてはくれなかった。
伝説記を直に見れるかも知れないと、シフォンは、心躍った。
個人所有の伝説記があるのは知ってましたが、実際に所有者に会えるかもしれないなんて・・・
幸運でした。サバック地方に寄らなければ、この情報を得られたかどうか・・・
後は、会長が会ってくれるかどうかだけど・・・紹介状もあるし・・・
きっと大丈夫よね。
期待に胸膨らむシフォンであった。
その頃、甲板ではリチャードとデービットが日課の鍛錬をコリーダとシルクが魔力制御の訓練をしていた。そして、それを見るジェイドとサリエス。
リチャードとデービットが素振りをしながら会話をしている。
「この間のアレはいったい何だったんだ?」
「アレって何のことを言っているんだい?」
「盗賊と戦った時のことだ!」
「ああ、アレね・・・僕にもよくわからないんだよ~。」
「自分のことだろ!!」
リチャードは少し考えると答えた。
「やっぱり、よくわからないよ・・・ただ、相手の動きがよく見えたと言うか・・・スローモーションの様に見えたと言うか・・・」
「要は、相手が遅く感じたってことか!」
「そうなるね・・・」
すると、今度はデービットが考え込む。
あの時のヤツの動きはキレッキレだった。あの盗賊を軽々とかわしていた。
集中力が高まるとある種の共感覚に入ると聞く・・・
ヤツがその域に達したと言うのか?・・・ありえん。
付け焼刃のように始めた素振り・・・ただ、それだけで・・・
私なんて、何年も何年も槍を振り続けてきた。
この旅でもヤツより、より多く槍を振ってきた。
なのに・・・私はその域に達したことがない・・・
これが、貴族と平民の差だと言うのか・・・
認めない、認めない、認めない。
努力が血統を凌駕することを証明するんだ。
それに、今の私にはグングニルがある。
気力、体力、技量、全て私の方が上のはずだ・・・ヤツには絶対に負けん。
デービットの鍛錬に力が入るのだった。
コリーダとシルクの日課の訓練に精を出す。
「コリーダサン、チカラハイリスギデース。」
「そんなのわかってるわよ。」
コリーダは、昨日のことが頭によぎる。
魔獣マーリンの防御にまわり、一番最初に魔力切れを起こしたことを。
改めて自覚する自身の魔力量が二人に劣っていることを。
魔力制御の効率化することを覚え始めたが、それも、二人に劣っていることも。
コリーダは、これまで、魔導師は如何に強力な魔法を使うかが重要だと思っていた。
それは、シフォンと張り合うため、より強力で派手な魔法を好んで使ってきたからだった。
強力な魔法故、魔力の消費量が多いから魔力が尽きるのも早いのだと思い込んでいた。
学院に通うようになって、周りには自分より才能がある者はいくらでもいる事を知った。
けれど、魔力の総量は個人差はあるにしても、大きな差はないと考えていた。
それも違っていた。
大きな差は存在していた。それは、とてもとても大きな差があった。
シフォンとの勝負で、嫌と言うほど思い知る・・・
そこで行きついた答えは・・・一撃必殺の魔法だった。
どんな相手でも、一発で沈めてしまえばいいと・・・
その結果、強い魔法を求めるようになった。魔力制御の訓練が疎かになった。
非効率な魔力運用をするようになってしまった。
コリーダは、そのことを後悔しつつも、まだ、取返しがつくと思い直した。
そして、その事を気づく切っ掛けになった、この訓練を勧めた男。
ジェイド=オージェン・・・本当に何者なのだろう・・・シフォンさんの親戚らしいけど・・・
今度、もう少し話しをしてみよう。ふざけた人ですけど・・・
その前に、この訓練、シルクより早く終わらすと決意したコリーダだった。
ジェイドとサリエスは、4人の訓練を眺めていた。
「一度、ゆっくりあなたとお話ししたかったんです。オージェンさん。」
「お!告白かい。」
「私は、リチャード様一筋ですわ。」
「それは、残念。」
「残念そうには見えませんけど・・・うちのサンカルロがあなたと戦わせろとうるさいのです。今度、真剣に立合って下さいませんか?」
「それ・・・もう決着ついたんじゃないの。おっさんの勝ちで・・・」
「納得いってないみたいですね。」
「何度やっても同じなんだけどね・・・てな訳で断る。」
「わかりました。そう伝えときます。」
「あら、あっさりしてるのね。」
「私には特に興味ありませんし。」
リチャードとデービットのやり取りを見ると・・・
「堅物くん・・・あまり良い方向に行ってないな・・・」
「それはどう言ったことでしょうか?」
「少年を意識しすぎている。」
「少年?リチャード様の事ですか?」
「まあ、そうだけど。」
「ふ~ん・・・デービットって人はダメなのですか?」
「ダメってことは無いよ。魔剣に認められるのだから・・・張り合うのは悪い事ではないのだが・・・堅物くんは、自分自身を磨くことに集中した方がいいタイプだと私が勝手に思っているだけなのさ。」
「本人に言ってあげないのですか?」
「私は、引率しているだけだからね・・・少年や御学友の様に私の所に聞きに来た訳ではないしね。」
「教える必要はないと・・・」
「別に私が教える必要がないだけで、他の誰かが教えてあげてもいいんじゃないのかな?堅物くんが聞き入れるかは別の話しだけど・・・」
チラッとサリエスを見るジェイド。
「私は、そんな面倒なことしませんわ。リチャード様にしか興味ありませんから。」
「神官ちゃんも、ブレないね。」
ジェイドとサリエスは、陽が沈むまで何やら話しをしていた。
翌朝、船はバンセンヌの港へと着くのであった。