謎の天使
魔獣マーリンとの死闘が始まって2時間が立とうとしている。
魔獣マーリンは、あきらめるどころか、益々、エキサイトしていた。
「なんだ、奴のあの執着心は・・・」
船長はぼやく。
それもそのはず、船員は、皆、疲弊し、シフォンたちも疲労が色濃い。
「シフォンさん・・・ごめん。私・・・これ以上は・・・」
コリーダが魔力切れで脱落した。
「シルクさんは?」
「ワタシハ、マダマダ、イケマース。」
「では、左側をカバーして下さい。」
「リョーカイデース。」
コリーダは、悔しそうにうなだれていた。
リチャードとデービットは、船員と共に銛を手にし応戦している。
それをサリエスが応援している。お気楽なものだ。
デービットは、それを苦々しく思っているだけで、魔剣の有用性についてまるで気づいていない。
「不味い・・・このままだと、いずれ落ちる。」
船長に焦りの色が見える。
何か、手を打たないと・・・しかし、これと言った案が出て来ねえ・・・
野郎どもを交代で休ませつつ、応戦させればいいが・・・
嬢ちゃんたちは、もうそろそろ、限界だろう。
防御魔法がなくなるのは、正直キツイ。
魔獣マーリンが飛び跳ね、船に体当たりしてくる。
シフォンが、すかさず防御魔法でそれを弾き返す。
「堅牢なる壁よ。」
プロテクトウォールがマーリンの突進を防ぐと、パリンっと砕け落ちる。
防がれるとマーリンは一旦、船から離れ、油断を誘うように距離を置く。
その合間をついて、ジェイドはシフォンに声をかける。
「やあ、シフォン嬢ちゃん。苦戦してるね・・・息も上がってるじゃないか。」
はあはあと息を吐きながら、シフォンはジェイドを睨んだ。
「今は、忙しいんです。あっちに行ってもらえます。」
そんな要望には応えずジェイドは話しを続ける。
「このままだと、いずれ、海の藻屑だね。」
「・・・なにが言いたいんですか?」
「わかっているんじゃないのかねぇ・・・私の言いたいこと。」
「わかりません。」
言葉とは、裏腹に想像はついていた。
自分の力と向き合えと言いたいのでしょう・・・
言葉に出かけたが、シフォンはそれを押し殺した。
ジェイドは、やれやれと言った感じで続ける。
「じゃあ、言わせて貰うとしますか・・・君だったら、この状況、どうにか出来るはずなんだが・・・私は期待しているんだよ・・・君に。旅に出る前、君は、私に成長を見せると言ったよね?そろそろ、見せてくれないかなぁ?見たいなぁ・・・」
「また、それですか・・・」
「自分の力と向き合うのがそんなに怖いのかねぇ・・・」
「わたしだって、努力はしてます。」
「努力!?とても、そうは見えないんだけど・・・」
シフォンは押し黙った。
この旅の途中、何度も自身の力と向き合おうとはしていた。
だが、そうすると、シフォンに得体の知れぬ恐怖で一杯になり、一歩も前に進まない状態に陥ってしまっていた。
その恐怖に打ち勝とうと足掻いた。
だが、打ち勝つどころか、逆に尻込みしてしまう程に恐怖が植え付けられてしまっていた。
それほど、強力な呪縛がシフォンに掛けられているのだ。
当主よ。封印強すぎ・・・過保護か・・・否、親バカか・・・
ジェイドは思っていた。
「わたしは、わたしのやり方で、何とかしますから・・・」
シフォンは、力なく答えた。
「最初に会った時にも言ったと思うけど・・・大事なものを失ってからでは遅いんだよ・・・」
ジェイドの声にも力がなかった。
シフォン嬢ちゃんがあの状態では、期待できないな。
と、なると堅物くんなんだが・・・
見れば、リチャードと共に銛を持って右往左往している。
こっちも、期待できねぇ・・・
まあ、ヒントぐらいは与えましょうか・・・
その時だった。
船体左側からドスンっと激しく揺れた。
「シルクさん!?」
左側は、シルクが担当していたはずだ。
マーリンの突進で船体に穴が空く。
船長が覗き込むように船体を確認する。
「大丈夫だ、落ち着け。この程度だったら、沈みはせん。とにかく、穴を塞げ。」
「私が見てくるわ。」
コリーダが立ち上がり左側へと走る。
「シルク!どうしたの!?」
そこには、シルクの姿はなかった。
「ここにいた、白い女の子はどこに行ったの?」
コリーダは、近くの船員に聞く。海に落ちたのかもと焦る。
「その子だったら、今しがた船尾の方に走って行ったよ。」
「良かった・・・海に落ちたわけではないのね。でも、何をやっているのよ、あの子は・・・」
◇◇◇
数分前、シルクは、この状況に危機感を感じていた。
一向に止まない魔獣マーリンの攻勢。
疲弊していく船員たち、コリーダの魔力切れ。
このままだと、この船は沈没すると予想がついた。
頼みのシフォンも打開策がない。
リチャード、デービットもあてにならない。
ジェイドは、見張り台で船員と揉み合っている・・・何をやっているのやら・・・
オワル・・・コノタビガ・・・
明確な彼女の意志が彼女を突き動かした。
終わりたくない。終わらせない。と・・・
◇◇◇
それは、燦然と輝いていた。
天空に現れた、一筋の流れ星。
「なんで・・・こんなところに天使が・・・」
シフォンが絶句する。
魔獣だけでなく、天使まで相手にしなければならないのかと。
だが、それは・・・良い意味?で裏切られる。
魔獣マーリンに対して天使が攻撃を開始した。