ドラール
夜になると、シフォンたちへのお礼の宴が催された。
その宴の最中にシフォンにとって興味深い話しを聞くことになった。
それは、この町、ドラールスミスに残る逸話だった。
◇◇◇
遥か昔、この地にドラールと言う鍛冶職人が住んでいた。
ある時、彼の元に国王に献上する武具の作成の依頼が舞い込んだ。
献上品と言うことで、細やかな細工を施した剣を造ることにした。
ドラールは、納得のいく剣を造ることができず、何度も何度も造り直した。
悪戯に時間だけが過ぎ去り、納品期日が迫っていた。
そこへ商人があるモノを売り捌きにやってきた。
見たこともない、黒い鋼だった。
ドラールは、それに飛びついた。
値は張ったがその黒い鋼で剣の作成に取り掛かった。
剣はできた。
だが、ドラールは、後悔した。
そのおぞましい黒剣に。
その黒剣は、一振りすれば闇がほとばしり、触れれば全てを無に還す恐るべき魔剣だった。
そして、運が悪いことに、依頼人が丁度、品を取りに来ていたのだ。
ドラールは、引き渡しを拒否したが、有無を言わさず黒剣は依頼主の手に渡ってしまった。
そして、悲劇を引き起こす。
黒剣は、国王に献上する前に何者かに奪われ、その黒剣を巡り血で血を洗う争いに発展した。
結局、黒剣の所在は不明になる。
黒剣が再び世に姿を見せたのは、魔族と神族が大きな戦いをしていた時だった。
黒剣を手にした者が小高い丘の上から黒剣を振るった。
そこに居た全てのモノたちが無に還った。草木一本も残らず、全てが無くなった。
それは、この地を訪れたアーネスト=ヒストリーがこの事を【オールブレイカー】と書き残している。
◇◇◇
確かに興味深い話しだった。
でも、シフォンは、この話しは、口伝による伝承で事実だとは思わなかった。
それは、伝説記にドラールなる人物の記載がないからだ。勿論、未発見なだけで、記された物がある可能性はあったのだが、シフォンにとってと言うより、アリスティディスの人の認識は、【オールブレイカー】とは、怪物であって、武具の類いではなかったからだ。
「いけない、いけない。」
シフォンは、決めつけは良くないと反省する。
【オールブレイカー】が武器や他の可能性はあるのだから・・・頭は柔軟にと思うのだった。
シフォンは、少し頭を冷やそうと席をたった。
「シフォンさん。どこへ行くの?」
「ちょっと、気分転換にその辺を散歩してきます。」
「だったら、僕も一緒に行くよ。」
リチャードが立ち上がろうとしたが、サリエスがそれを阻止する。
「リチャード様~。どこに行くんですか~~。」
サリエスは、リチャードの足にしがみついている。
シフォンは、その様子を一別するとプイっと歩いて行った。
宴の騒がしさが薄れていく・・・
町の外れまで来ると、町の境界線の柵の上に座る男の姿を見つけた。
「・・・あなたは、こんな所で何をしているのですか。」
「やあ、シフォン嬢ちゃん。」
ジェイドは、柵から飛び降りた。
「あなたも、宴会に参加すればいいじゃないですか。」
「私には必要のないことだからね。」
「そう言う問題じゃないと思います。付き合いってものがあるでしょ。」
「それこそ、必要がないね。」
「はあ・・・わたしは、戻ります。」
「ちょっと待ってよ。折角、二人きりなんだ、話しをしようか。」
「わたしには話すことはありません。」
「そんなこと言わずにさ・・・」
「手短にお願いします。」
「旅はどうだい?」
「別に。」シフォンは、素っ気なく答える。
「実に面白い旅じゃないか。行く先々で問題が発生して・・・」
「そうですね。」
「もう少しなんかあるでしょ・・・楽しいとか、辛いとか・・・」
「あなたに言いたくありません。」
「あらま・・・」
「もう、いいですか?」
「じゃあ、本題に入ろうか・・・」
本題?
「お仲間のみんなは、それぞれで前に進んでいる・・・それに比べ君ときたら・・・」
「何が言いたいんですか?」
「君は旅に出る前とちっとも変っていない。」
「まるで、わたしが成長していないみたいな言い方ですね。」
「そう、言ってるんだけど。」
シフォンは、訝しげにジェイドを見る。
「以前にも言ったと思うんだけど、君は、自分自身の力と向き合えと・・・」
「わたしなりにやっています。」
「私なりにね・・・それで、何か変わったのかい?」
「それは・・・」
ジェイドは、フーっと一息入れる。
「自分自身の力と向き合えとは言った・・・が、独りで悩めとは言っていない。その為に仲間だ・・・わざわざ、集めさせたと言うのに・・・」
「自分と向き合うのに仲間が必要だとでも?」
「君、独りでは無理そうだからそうさせようとしているのだが・・・」
「わたしは、わたしだけで乗り越えますから。」
「そうか・・・大事なものを失わなければわからないか・・・」
「大事なものは失わないし、失うつもりもありません。」
「だといいな・・・」
ジェイドは、そう言い残すとその場を去っていった。
「なんなんですか、あの人は!失礼なことばかり言って!」
シフォンは、更にジェイドの事を嫌悪するのだった。
ジェイドは、一番成長して欲しい子が一向にその兆しがないことに歯がゆく思っていた。
いつまでも、君たちを見ていたいのだが・・・そうも行かないようだ。
そうなると、荒療治が必要か・・・
いや、そこまでする義理もないか・・・
もう少しだけ・・・もう少しだけ・・・
彼らを見ていていたっていいよな・・・
ジェイドは、夜空を見上げていた。