七色の竜
サラサは、一冊の本と筆記用具を携えて戻って来た。
「折角だから、読みだけじゃなく、文字も書けるようになろう。」
「うん。サラサ好き。」
サラサは、ちょっと赤面する。
「別に好きでやってる訳じゃないんだからね。シスターに言われたからしてるだけだからね。」
アリスは、ニコニコしながらサラサを見ていた。
「サラサ、その本はなーに?」
「『七色の竜』って言う御伽噺よ。」
「おとぎばなし?」
「昔、昔のお話しのことよ・・・・今から、読み聴かせてあげるから、こっちに来なさい。」
アリスは、サラサの横に座り、本を覗き込む。
サラサは、ゆっくりと読み始める。
むかしむかし、ある山奥に一人の木こりの男がいたそうな。
その木こりは、毎日、毎日、山奥に木を伐りいっていたのだが。
ある時、木こりは、山奥のさらに奥に綺麗な光が落ちるのを見たのだ。
「なんだ、今の光は・・・気になる気になる。」
木こりは、居ても立っても居られずに、翌日、仕事を休み、山奥のさらに奥に向かった。
今まで踏み込んだことのない山々に入った木こりだったが、行けども行けども、光の落ちた場所には、たどり着くことはなかった。
「おかしいなぁ・・・そんなに遠くじゃなっかったと思うのだが・・・・」
木こりは、それから、何日も何日も、山を彷徨った。それでも、目的の場所に着くことはなかった。
「もう、諦めよう・・・・仕事も何日も休んでしまったし・・・」
木こりは、仕方なく戻ることにしたのだが、その時、どこからか、なにかの鳴声を耳にした。
「なんだ、今の鳴声は・・・」
木こりは鳴声の聴こえた方向へと駆け出した。すると、木々は倒れ山肌があらわになった場所に一匹の竜が傷つき倒れていた。
「こりゃ、たまげた・・・・ドラゴンだ。」
竜は、木こりに気づき、話し掛けてくる。
「そこの、人の子よ。どうか我の願いを聞いてはくれまいか?」
「こんな立派なドラゴンが、このわしに何の願いがあると言うのか・・・」
「こんな山奥で出会ったのも何かの縁だ・・・・我に止めを刺してくれないか。」
木こりは、ぶったまげて腰を抜かしてしまう。
「冗談言っては困る・・・わしにドラゴンを殺せるわけがない。」
「見ての通り、我の余命は幾ばくもない・・・・」
「そうなのか・・・・だったら、尚更、殺せるわけがなかろう。」
「ドラゴンを倒した英雄になれるのにか?」
「英雄?わしがか?わしは、そんなもんになるつもりはないし、なる予定もない・・・そもそも、わしの力では、ドラゴンに傷すらつけることは出来ない・・・」
「この死に体の身体だ。うぬの力でも我の首を落とすのは簡単だ。」
木こりは、しばらく考えると答えた。
「それでも、わしには無理だぁ。傷ついている者に止めを刺すなんて。」
「人の子よ。我のためにやってはくれぬか?このまま、朽ちて死ぬことは、竜にとっては、生恥。誇りある死を選びたいのだ。」
「はあ?誇りある死?なに言ってるのかさっぱりだぁ。」
「人の子には、理解できぬか・・・」
「そのまま、静かに眠りにつけば良くないか?」
「我は、誰かに送ってもらいたいのだ・・・・そこに、たまたま、人の子が居合わせたのだ・・・我に止めを刺し、我の生きた証を残したいのだ。」
「うん・・・さっぱりわからないが・・・・」
「頼まれてくれんか?人の子よ。」
木こりは、困惑するものの、竜の必死の訴えに心を動かした。
「ほんに、わしでええんか?」
竜は、うなずくと、最期に木こりに言った。
「我の願いを聞いてくれるのなら、礼をしよう・・・人の子よ、何でも願いを申してみよ。」
「願いなんてねぇ。ただ、わしは、山に光が落ちるのを見てここに来ただけだ。」
「欲のない奴だ・・・・わかった、我が勝手に贈り物をしよう。」
「いらねぇって・・・」
「そうか・・・・」
木こりは、持ってきていた斧を両手に持ち振りかぶった。
「ほんとにええんだな?」
「ひと思いにやってくれ。」
木こりは、おもいっきり斧を振り下ろした。竜の言った通り、いとも簡単に首が落ちる。それと同時に血しぶきが上がる。
その血しぶきは、まるで天に昇天するように、竜の血が空に吸い込まれていく。それはそれは、美しく・・・・。
七色に輝いていた。そして、木こりの頭の中に竜の声が響いた。
ありがとう・・・これで、逝ける・・・・礼はいらないと言っていたが、我からの贈り物だ受け取れ・・・・。
「いらねぇって!」
木こりは、七色に輝きながら昇天していく竜の姿を確かに見たのだ。
木こりの手には、使い古された斧がいつの間にか黄金に輝く斧に変わっていた。
「いらねぇって言ったのに・・・・」
それからの木こりは、次々と幸運が舞い込んできて、あれよあれよという間に大金持ちになったとさ。
「納得のいかない話しではあるけど、御伽噺だしこんなもんでしょ・・・」 サラサは言う。
「サラサ、誇りある死ってなんなのかな?」
「さあね。シスターが言うには、自分の意志で何かをなすことに意味があるってことを言いたかったんじゃないかって事だったけど・・・それと、本当の話しが別にあるってシスターが言ってたな・・・」
「本当の話し?なにそれ、面白そう。」
「私は知らないわよ。気になるんならシスターに聞きなさい・・・それはそうと、文字を教えるわよ。」
「はーい。」
「思えば、この時、あの子が伝説記に興味を持ったのかも知れませんね。」
サラサは、懐かしそうに話していた。