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奴隷少女は覇王に恋をする  作者: 紺色のアイリス
一項 奴隷と覇王
9/85

喰噺 【腐れ縁は離れず】

他の小説と合同で出しているので時間ガガガ

一話一話の間が広くてすみません

今回は南関大陸フェイリスに到着した所からです


 結局エベリエトがついてくることに。アイリスは渋々承諾した。

 あれから十分ほどで南関大陸フェイリスに到着した浮海艇。アイリスは久しぶりの元地に少し緊張していた。


「しんみりした場所だな」


 オーバーロードがそう口にする。確かに心がやけに沈む。空気のよどみも少し感じる。

 オーバーロードの隣ではエベリエトがペンを紙に勢いよく走らせる。


「…前よりも静かです。昔は栄えていたんですけど…」


「密猟者による捕獲や狩猟のせいだろうな」


 人気ひとけが全くない。気配すらも感じれない。隠れているのかもしれないが、人が居るという感覚ではない。


「ここは南関大陸の入口だし、中に入れば誰かいるかも知れませんね」


 エベリエトがそう言い、アイリスは頷く。確かに深部へと行けば人が居るかもしれない。

 そんな期待を胸にアイリスが進み出した。オーバーロードとエベリエトもそれについて行く。

 光景は徐々に変わっていく。どんどんと栄えた街のような見た目に変わっている。


「…あの先に街があるようだな。見た目も古びているようでは無い。人がいてもおかしくは無いな」


 街と自然を区別する壁はまだ清掃されたばかりのような見た目だった。


「…ここまでは人がいない、っと。にしても暗いなぁ。ほんとに人いるのか?」


 エベリエトが周囲を見渡す。空が曇っているせいか、やたらと暗く感じる。地には草が生い茂っており、不自然ではない。

 緑が続く道。アイリス達の前にも、後ろにも、観光客はいる。だが、現地人は全く見当たらない。


「とにかく街に行ってみましょう」


 アイリスの意見に二人は賛成の意を表し、進む。

 徐々に遠近感が無くなってきた。

 街の前に到着すると、門番が杖を構えていた。


「ここに来た目的を答えよ」


 厳重な警備が敷かれている。門番の言葉にオーバーロードが回答する。


「観光だ」


「一人づつ名と種族を名乗れ」


「僕はエベリエト・ホドスキー。人間族だよ」


「私はアイリスです。種族は魔族です」


「俺はオーバーロード・フロンティア・カセドラル。種族は羅刹族だ」


 オーバーロードの言葉に門番は驚いていた。


「は、覇王様が此方へ来られたということは、観光だけの用事ではないのでは?」


「まぁ、そうだな。取り敢えず門を開けてくれないか?」


 オーバーロードの言葉に門番は急ぎ門を開けるよう命じ、門を開けさせた。


「そ、それでは、どうぞ」


 若干の焦りが見える門番。オーバーロードとアイリスとエベリエトは門を抜け、街に入った。

 街に入ると、忽ち門は閉じられた。


「オーバーロード様って鬼だったんですね。私初めて知りました」


「クロイラは言っていなかったのか?」


 アイリスはオーバーロードの問いに首を横に振る。


「そうか。取り敢えず、アイリスの家に向かうとするか」


 またアイリスを先頭に進む。

 街は意外と栄えていて、物音が激しかった。獣車じゅうしゃの行き来が激しい道には人集り。商店街らしき場所にはよく魔法書などが置かれていた。


「やっぱり魔族の街だし、魔法書が多いなぁ」


 エベリエトが考えながらメモ帳に記す。アイリスはメモ帳を覗く。

 文字こそ綺麗で、記し方も上者の記し方。やはり手慣れている。


「気になる?」


「あ、いえ」


 アイリスに気付いたエベリエトが声を掛けるが、アイリスは手を振って遠慮を示す。

 エベリエトはそれを見るや否や、またペンを走らせ始めた。


「記事業ってやってて楽しいものなんですか?」


「人それぞれだけど、僕は楽しいよ。誰も調べたことの無いことを調べたり、物に記したりするのが昔から好きでね。でも、よくわからないって言われるんだ。僕もこんな性格だしね」


 エベリエトは諦めのような声を漏らしてペンを止める。確かに、記事業をやっていない者からすれば何が面白いかと思われる。


「俺はいいと思うぞ、記事業。まだ見ぬ地を調べることは男のロマンだしな」


「分かってくれますか!やっぱり覇王様は違うなぁ」


 エベリエトは喜びを表し、メモ帳をしまった。


「もう少しで廃各地に着きます。そこが私の住んでいた場所です」


 廃各地、街の発展により、一部の場所が廃墟となった地のこと。よくそこに住む者は廃者や愚民と言われる。

 オーバーロードも元は廃各地に住んでいた。


「…これは、酷いな」


 何軒かの家は崩されており、壊れかけている。今にも崩れそうだ。


「お墓はもう少し奥です」


 まだ奥地に進む。エベリエトは ″ 墓 ″ という言葉に疑問を抱くが、敢えて口にはしなかった。

 更に奥地へと進み、アイリスが足を止める。奥地へ進むこと十分が経過した頃だった。


「…立派な墓だな」


 オーバーロードがそう口にする。

 廃各地の石を加工して作られた墓は愚民にしては豪華だった。


「…兄さんは、ここで死にました」


 深刻な話にエベリエトは先程の笑みを無くす。笑える状態ではない。そんなことは記事業をやっていてもいなくても分かる。

 アイリスは墓の前に立ち、手を掛ける。そしてそっと額を手の甲に当てる。


「……兄さん、オーバーロード様と会えたよ。有難う、本当に…」


 アイリスの声は曇りを見せ、手の甲から水がつたう。

 それを感じ取り、オーバーロードはアイリスに寄り添う。エベリエトはメモ帳を取り出し、ペンを静かに走らせる。スクープではあるが、二人がこうなっている以上、目の前で態とらしく走らせることは出来ない。このまま隠して記事にすることも望ましくないとエベリエトは考え、後程聞くことにした。

 散々と涙を流し終え、アイリスは顔を上げる。


「……気は済んだか?」


「…はい。お陰様で…」


 アイリスはまだ目の縁に残る涙を拭いた。


「…この話題は記事にしてもいい?」


 恐る恐る聞くエベリエトにアイリスは薄めの笑顔で答えた。


「…はい、是非記事にしてください。こんな気持ちになっている人の助けになるのなら、どうぞ使ってください」


「よし!少女にここまで言われたら動くしかないな!確り伝えるよ、アイリスちゃんの思いを記事にして」


 エベリエトは誓い合い、アイリスと向かい合った。頷き合い、契約が立たれた。


「…少し探索してみるか。もしかしたら困ってる人が居るかもしれない」


 オーバーロードの言葉に二人は賛成し、探索を始めた。


 アイリスとオーバーロードとエベリエトは廃各地を散策。今のところ三人ほどの人を救っている。


「なんか心が浄化されるみたいだ〜」


 エベリエトがメモ帳に記しながら探索。その近くでアイリスとオーバーロードも探索をしている。


「子供が多いな。大人は余りいないみたいだな」


「そうですね。やはり親から捨てられた子供は多いと感じます」


 アイリスはそう言って廃墟の中を覗く。すると、そこには一人の少女が。


「一人いましたよ!」


 アイリスが二人に促す。その声で少女は体をビクつかせた。


「大丈夫ですか?」


 アイリスが問いかけると、少女は震えた体を抑えきれずに震えた声で訴えた。


「…死……にた…い…死に……た、い…死…死……死…」


 死にたい、死にたいと連呼する少女。体には明らかに分かる痣。切傷もある。


「…だ、大丈夫ですか!?」


 アイリスは強く問いかけてみる。少女が顔を上げた。そして、まるで死人を見るような顔でアイリスの後ろを指さした。


「う、後ろがどうか──!」


 アイリスは強い衝撃を受け、そのまま倒れた。


「フヒヒ」


 不気味な笑い声のみがそこに残った。

 オーバーロードとエベリエトがアイリスの元に着いた。


「…アイリス?」


 だが、そこにはアイリスの姿はなく、一人の少女だけが膝を折って座っていた。


「君、大丈夫…じゃなさそうだな。エベリエト、回復魔法は使えるか?」


 オーバーロードが問いかけると、エベリエトは頷いた。


「はい、回復魔法は心得ています」


「なら、この少女を回復させてやってくれ。俺はアイリスを探す」


 オーバーロードはそう言って右目に手を当てる。


真実を見据える邪眼エンシェント・トゥルーアイズ


  ◇◇ ◇◇


 石ころが地面にぶつかる音がなり、アイリスは目を覚ました。


 ──…こ、ここは……?


 アイリスは頭を抑えようと腕を動かす。だが、動かない。腕と足を縛り付けられている。

 アイリスは首を動かし、部屋を見渡す。


 ──…昔の私の家ぐらい古びてる。所々にもヒビが入ってる。下手に暴れたら壊れちゃう


 アイリスがそんなことを考えていると、歩み寄る足音。何故かアイリスはその足音に恐怖が滲んだ。


「やっと見つけたぜ。この俺から逃げるとはいい度胸じゃねぇか」


 その声に聞き覚えのあったアイリスは恐怖と絶望に刈られ、目の輝きを失ってしまった。


「良い身分だな。親父を差し置いてこんな充実した生活をしてよ」


 そう口にする男はアイリスの前に座り、酒瓶を口に運ぶ。


「…あぁぁぁ……まぁでも、お前を売りゃあ金にはなるしな。確りと貢がせてもらうぜ」


 男は立ち上がり、アイリスの元まで近づく。そして、漆黒ドレスを破いた。


「胸もねぇクソガキだが、魔族の処女だ。ざっと百万ヴァリスか?クヒヒヒヒ」


 男はまた酒瓶を口に運び、酒を飲む。


「だが、やっぱり最初の男がどうなるかがかなり気になるな。いっその事俺が最初になってやろうか?」


 男は嘲笑のように声を荒らげる。

 アイリスは生きるという希望が無くなっていた。このまま売られて、腐人ふじんに買われ、性奴隷として扱われ、一生を終える。そう考えれば考えるほど、死にたくなる。


「このドレス邪魔だな。クヒヒヒヒ!」


 男は勢いよく漆黒ドレスを剥がした。


「どうだ?喜べ!俺が最初の男だ!安心だろ?見知らぬ男よりな!」


 男は無表情のアイリスに問いかける。アイリスは返答を返すことすらもできなかった。


「…ちっ。面白くねぇなぁ、なんとか言え!」


 男はアイリスの頬を力一杯にはたいた。部屋には鈍い音が響き渡る。

 アイリスの頬には赤痣が残る。


「これでも表情無しかよ。もっと叩いてやる、よっ!」


 アイリスの頬も、頭も、胸も、腹も、横腹も、腕も、足も、何度も打たれた。響き渡る音は男にとって心地の良いものだった。


「クヒヒヒヒ!ガハハハハハハ!悲鳴もなしとはな!ストレス発散には丁度いい ()() だな!」


 更に打たれる。顔の痣が酷い。


「壊れんなよ!」


 男は飲み終えた酒瓶を砕き、破片を手に取った。そして、勢い良く右眼を切り付けた。

 アイリスの左眼から大量の血が吹き荒れ、アイリスは痛みのあまり意識を失った。体勢を変えずに。


「あ〜あ。気絶しちまったよ。まぁいい、これなら運びやすい」


 男は立ち上がり、酒瓶を取りに行く。


 その時だった


 何かが壊れる音が響き渡った。


「…あ?誰だよこんな時に。せっかく楽しい楽しい親子の戯れだってのに」


 男は物音がなった方へと足を進める。

 そこには一人の背の高い黒服の男が立っていた。


「誰だテメェ」


 男がそう言うと、黒服男は男を睨みつけ、こう言った。


「……死ね、狂腐男きょうふおとこが」


 その言葉が終わった途端、男は顔を蹴られ、吹き飛んだ。


「エベリエト、アイリスを頼む。手前から二つ目の入口付近にいるはずだ」


「分かりました!」


 エベリエトは走り、二つ目の入口に入る。確かにそこにはアイリスの姿があった。だが、とても見るに堪えない物だった。


「アイリスちゃん!アイリスちゃん!しっかり!」


 エベリエトが声を掛けるが、アイリスは動かない。気絶していることはエベリエトも分かっていた。だが、声を掛けずには居られない状態だ。


「これを掛けてやってくれ」


 黒服男がそう言ってエベリエトに上着を渡す。エベリエトはそれを受け取り、アイリスに巻き付けた。


「……くっ…そが…」


 男は立ち上がる。黒服男はそれを見て手をポケットに入れ、見下した。


「良くもやってくれたなクソ男。覇王に喧嘩を売ったことを後悔しろ」


「…は、覇王…?」


 男はヨボヨボしい声で顔を上げる。

 その顔を目がけて黒服男は足を突きつけた。


「……ま、まさか…お前はあの…オーバーロードっ!」


 男はそう口にする。


「貴様如きが気安く俺の名を呼ぶな」


 オーバーロードはそう言って男の顔を踵で蹴飛ばした。


「ぐはっ!」


「貴様がアイリスに与えた痛みはこれだけでは済まされないことだ。最高の屈辱と痛みと後悔の中で死ね」


 オーバーロードは追い討ちとも言えるように頭を踏み付け、地面に押し付けた。


「…くそっ、離せ餓鬼が!こんなことしていいと思ってんのか!」


「それは俺の台詞だ!!」


 響音が響く。轟くような怒声はアイリス以外の耳を打つ。男は震える体を暴れに変える。


「…アイリスはもう貴様の家族じゃない。俺の家族だ!」


 オーバーロードは足を一度上げ、勢い良く振り下ろした。

 骨が折れる音がなり、男は漏れる吐息をなんとか声にしようとする。


「……貴様は打たれる痛みも、隔離される怖さも、親から見捨てられた悲しさも知らないのかもしれない。だからこんなことが出来るんじゃないのか?貴様は、元々アイリスの親じゃなかったのか。名をさずけるのが親の役目、子を成人するまで育てるのが親の務めだ。我が子を弄ぶのが親じゃねぇんだぞ!」


 オーバーロードの怒りは滞りなく伝わってくる。エベリエトはアイリスに治癒魔法を施す。だが、目の傷だけが治らない。

 エベリエトはアイリスに何度も声をかける。アイリスは一向に反応を見せず、気絶したまま。長いこと気絶していれば、いつか死んでしまう。早めに起こすのが先決だが、声をかけるだけでは起きない。


「アイリスちゃん!アイリスちゃん!」


 エベリエトは絶えず絶えず声を掛ける。息が切れ、喉に痛みが走るが、それも構わずただただ声を張り上げて反応を待った。


……

………

…………


 ──…あ、れ…私……確か気絶、して……


 アイリスが目を覚ました場所は漆黒の闇の中。前も後ろも、四方八方暗闇。

 アイリスは恐怖に立つことが出来ない。震える体をアイリスは抱くが、一向に止むことは無い。

 すると、声が聞こえてきた。小さな声だ。その声の方向から小さく指し示された光。その光は一気に闇を支配し、閃光のように一時的に轟光ごうこうした。

 アイリスは目を閉じ、眩しさを感じる。光が抜け、アイリスが目を開けると、そこはアイリスの見慣れた場所だった。


 ──……さ、さっきまで……廃墟の中に…居たのに……


 アイリスが座る場所は土。廃各地の中央の近くだ。


「……ス…アイ……ス………リス…」


 少々と掛けられる声に聞き覚え。女性の喜ばしい声が響く。


 ──………お母…さん……?


 アイリスの目の前に写った光景は自らの母が手招きする光景だ。その奥には昔共に遊んでいた廃各地仲間がニコニコと笑みを浮かべていた。

 普通なら不気味な光景だ。だが、アイリスからすればまるで楽園のような景色。

 アイリスは震えていた体を動かし、立ち上がる。震えはスッカリと消え去っていた。


「…アイリス、おいで」


 とてもにこやかな母親の顔。アイリスは足を動かした。


「こっちに来れば、地獄から解放されるわよ」


 その言葉はアイリスにとって気をなだす言葉だった。


 ──地獄から…解放……


 アイリスは歩くことを止めなかった。そして、ある地点でアイリスは足を止めた。

 いや、止められた。


「……アイリス、まだだ」


 アイリスは勢い良く振り返る。そこにはクロイラの姿があった。


 ──…に、兄、さん……


 声が出せない。アイリスはその事に漸く気付いたが、今はそれどころではないのだ。


「いいか、アイリス。お前はまだ生きなきゃいけない。その先は死だ。楽園なんかじゃない」


 真剣な眼差しで話しかけてくるクロイラ。アイリスは抵抗し始めた。


 ──止めて!もう地獄に引き戻さないで!


 クロイラは抵抗するアイリスの肩を強く掴んだ。


「しっかりするんだアイリス!今、お前を必要としてる奴が現実世界に居る!そいつを裏切っていいのか!」


 ──やめてやめてやめて!!!死にたい!死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!!!!


 アイリスの脳裏には ″ あの男 ″ しか映っていなかった。あんな地獄をまた味わうのなら、いっその事死んでやる。

 アイリスは嘆くように叫び続けた。クロイラは抵抗するアイリスの体をどうにか掴んだまま、黙り込む。

 等々動かなくなったアイリス。クロイラは少し安心するようにため息をつき、アイリスに言葉をかけた。


「アイリス、君には、何が見える?現実世界で、絶望しか味わなかった君の目の前には、誰が居る?君を求める者は、誰なんだ?君が死ねば、悲しむ人が居る。良いかい?僕はもう死んでいる死人だ。死人が口出しするのは変だけど、これだけは言わせてもらうよ」


 クロイラは深呼吸し、それから声を張った。


「君はもう!一人じゃないんだ!!」


 その言葉がアイリスの耳に轟いた瞬間、アイリスは気を失ってしまった。


「行っておいで、アイリス。君には、オーバーロードがついているじゃないか……」


…………

………

……


「アイリスちゃん!しっかりして!」


 ──…………エベリエトさんの…声……


 アイリスはゆっくりと目を開いた。


「…良かった。痛いところはないか?」


 アイリスはゆっくり顔を上げる。そして、周囲を見渡す。

 先程の夢で見た場所ではない。廃墟の中である。


「………エベリエト、さん…?どうして……ここに…」


 辿々しい言葉遣いと弱々しい声。エベリエトは安心しきった顔でため息をついた。


「覇王様!アイリスちゃん目覚めましたよ!」


「そうか、出来でかした」


 そう言うオーバーロードの場所からは男の弱った声が聞こえてくる。

 アイリスは立ち上がろうとするが、腕と足を縛られている上、まだ少し痛む体で立つことができない。


「僕が手を貸すよ」


 エベリエトはアイリスの腕と足を縛っている紐を切る。

 エベリエトが肩を貸し、アイリスと立ち上がる。

 エベリエトに体重がかかる。アイリスは自力で立っているわけではない。エベリエトの力で立っていると言ってもいいほどに力が抜け切っている。


「覇王様の元に行こう」


 エベリエトが動き始める。アイリスのことを気遣い、ゆっくりと進む。アイリスはほとんど足を引きずって歩いている。


「アイリス、大丈夫か?」


 オーバーロードがアイリスを見て問いかける。


「……オー…バーロー、ド……様…」


 弱り切った声はまるで死に間際のよう。アイリスの左眼に入った縦傷を見てオーバーロードは歯を食いしばった。


「……済まない、俺が早く気付いていれば……」


 オーバーロードは独りでに嘆く。アイリスはエベリエトの肩から抜け出すが、体勢を崩し、倒れかける。


「危ないっ!」


 エベリエトが庇おうとするが、アイリスはどうにか自足で歩き、オーバーロードに寄り縋った。


「…ごめん、本当に……」


 オーバーロードの目には薄く輝く涙が浮かんでいた。

 アイリスはそれに気づき、指で涙をすくう。


「……泣かない、で…くだ……さ、い…」


 アイリスは力を振り絞り、笑ってみせる。その笑顔はとても強く、弱々しく、嬉しそうで、悲しそうだった。

 オーバーロードは涙を拭い、アイリスに笑いかけた。


「……泣いてちゃ、いけないな」


「…そう、ですよ……兄…さんが……悲しみ…ますから………」


「……! 二人共、危ない!」


 エベリエトがそう声を上げる。オーバーロードは振り返らず、体を横にする。

 ″ ガン! ″ と地面を叩く音。オーバーロードは振り返る。

 息を荒らげ、立っている男。手には金属板。オーバーロードは睨みつけた。


「…再会楽しんでんじゃねぇよ……その女は俺が直々に売ってやるんだよ、光栄だろ?クヒヒヒヒ」


 威勢を張るように男は薄気味悪い声で笑う。


「……お前にはトドメを刺さなきゃいけないみたいだな」


 そう言ってオーバーロードが手を横にしようとした時、アイリスがオーバーロードの腕を掴んだ。

 オーバーロードはアイリスを見ると、決意の決まった真っ直ぐな目をオーバーロードに向けていた。

 オーバーロードから離れたアイリスは中指に嵌めていた指輪を取る。


「……答えて、エクリプス」


 指輪の形状が変化し、一本の狼煙輝大剣へと姿を変えた。


「……さよう、なら…お父さん…………死んで…」


 アイリスはエクリプスの鞘を取り、勢い良く男の首を跳ね飛ばした。

 跳ね飛んだ男の表情は驚きと怒りが混ざっていた。宙を舞う首から血が吹き出し、雨として降ってくる。

 それにオーバーロードが防御魔法を張り、血を受けるものは誰もいなかった。

 アイリスは鞘をとり、エクリプスを収め、指輪に戻した。その指輪を中指に嵌めると、アイリスは忽ち崩れ落ちた。


「アイリス!」


 オーバーロードが庇い、アイリスは抱き上げられた。


「……少し、疲れました…」


 アイリスの言葉にオーバーロードとエベリエトは安堵を表し、ため息をついた。


「この目、痛むか?」


 オーバーロードが聞く。アイリスは首を横に振り、笑顔を見せた。


「…痛くは、無いです」


「待ってろ、今治癒魔法で──?」


 オーバーロードがそう言うと、アイリスはまた先程のように首を横に振った。


「この目の傷は、置いていてもらって、良いですか?」


「……構わないが、良いのか?」


 アイリスは自らの手で左眼に触れた。


「……この傷は…私が、親に勝った…証拠ですから…」


 全く迷いのない言葉にオーバーロードは微笑み、軽く頷いた。


「分かった。その目は治さずに置いといてやる」


 オーバーロードとアイリスで取り決められた約束。誰も破ることは、出来ない。


「そろそろ戻りましょうか。ここに長居してもあれですし」


「そうだな」

「そうですね」


 エベリエトの言葉にアイリスとオーバーロードが同時に答えた。

アイリスの父親とことん屑ですね

ケジメとしてトドメをさしたアイリスに私は感動しましたよ

エベリエトもよく頑張りました

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