綠噺 【禍福は糾える縄の如し】
皆さん、この夏どうですか?
私はスコールみたいな雨に打たれながら外出しました
雷怖い……
今回は夕方に差し掛かった所からです
十分に鍛錬を終えたオーバーロードとアイリス。空模様は既に夕暮れになっていて、空が紅に染まっていた。
「もうそろそろ終わりにするか」
「そうですね」
アイリスとオーバーロードは頷き合い、鍛錬を終了する。
アイリスは背鞘にエクリプスを収め、オーバーロードは地面に突き刺し、砂に変えてカタストロフィを収めた。
アイリスとオーバーロードが戻ると、夕食の準備が進められていた。
「鍛錬はもう良いのか?」
エンペラーロードの言葉に返答を返したのはアイリスだった。
「はい、だいぶ鍛錬もしましたし、今日は御開にしました」
「そうか。オーバーロード、アイリスの成長具合いはどうなってる?」
「そうだな、順調だ。だが、順調過ぎる気もする」
「ん?何がいけないんだ?順調過ぎても良いじゃねぇか」
「……そうだな」
オーバーロードは少し考えながら席に座る。
「オーバーロードはん、まだ少しトラウマがあるっちゅうことどすえ」
「……トラウマ、ですか?」
アイリスは ″ トラウマ ″ という言葉に反応する。オーバーロードはイノセントロードに目を向けた。
「アイリスの前でその話はやめてくれ」
「こりゃすまんかったどすな」
アイリスは神威の覇王が言っていたことを思い出し、一人で納得する。
「アイリスちゃん、ちょっと来てくれない?」
「なんですか?」
ルナティックロードに呼び出され、アイリスはそちらに向かう。
「アイリスちゃんって身長何センチだっけ?」
「えっと…すいません、一メートル越えた辺りから身長を測っていないので分かりません」
「そうね。じゃあ、今身長を測りましょうか」
ドラゴンロードがそう言ってアイリスの頭の上に手を置いた。
「…………百四十くらいかしらね」
「百四十か〜。アタイちょっと見てくる」
ルナティックロードがそう言って駆け出した。
「こらこら、走っては駄目よ」
走るルナティックロードにドラゴンロードが大きくもない声で注意した。
「何を、するんですか?」
「正装よ、せ・い・そ・う」
「せ、正装?こ、こんな私に正装なんて勿体ないです!」
アイリスは焦って立ち去ろうとする。だが、ドラゴンロードがそれを止めた。
「待って待って。貴方は十分可愛いんだから、勿体ないなんて言っちゃ駄目よ」
「い、いえ、可愛いなんてそんなことは…」
「自分に自信を持って。磨けばもっと可愛くなる。私とルナティックロード、ぺザントロードに任せなさい」
「…………はい…」
アイリスは観念して小さく返答をした。ドラゴンロードは頷く。その時、ルナティックロードがぺザントロードと一緒に帰ってきた。
「あったよ」
「それは良かった。アイリス、こっちに来て」
「え、え…」
アイリスはドラゴンロードに手引きされ、場を移動した。
「これを着て」
「え、これをですか!?」
白い純白のドレス。丈が少し長く、地面に少し擦れるように設計されている。
「ほら、着てみて」
「で、でも……」
「もう!焦れったい!えい!」
せっかちにぺザントロードはアイリスの服を無理矢理剥がした。
「きゃああああ!」
「てりゃ!」
強引に服をひっぺがされ、アイリスは思わず絶叫。それを無視するようにルナティックロードが純白ドレスを着せた。
「よし!」
「……よ、よしじゃ、無いです〜」
涙目で訴えるアイリスの顔は男だけでなく女まで落としそうだった。
「か、可愛い」
「元がいいから、服が変わるだけで顔を際立たせるわね」
「アタイも惚れそう」
ドラゴンロードはアイリスの肩に手を置いた。
「自分に自信持って」
「うぅ〜。無茶苦茶です〜」
そんなアイリスを見て堪らなくなったルナティックロードがアイリスを抱き締める。
「可愛い〜!こんな子オーバーロードには勿体ない!」
「や、やめてくださ〜い」
その後ぺザントロード、ドラゴンロードにも抱き締められた。
◇◇ ◇◇
オーバーロードとエンペラーロードが少しの間話をしていると、こちらへと歩いてくる音が聞こえてきた。
「あ、あの……」
オーバーロードとエンペラーロードは声のする方向を向いた。
そこには純白ドレスを着たアイリスと先程の服装と変わらないドラゴンロード、ぺザントロード、ルナティックロードが立っていた。
「…あ、えっと……ど、…どうです…か、?」
恥ずかしさと緊張に辿々しく話すアイリス。エンペラーロードはにやけ付き、オーバーロードの背中を叩く。
「いっ」
オーバーロードは背中に走る痛みに一瞬意識を向けたが、赤面しているアイリスを見て意識を戻す。
「…………可愛いんじゃ、ないか?」
何故かオーバーロードも恥ずかしくなり、少し頬を染める。
「…あ……ありがとう…ございます」
ドラゴンロードとルナティックロードは何故かハイタッチし、ぺザントロードとエンペラーロードはピースを交わしあった。
「これは、ラブラブですなぁ」
「そうですね。僕達も、今日くらいは付き合いたての頃になりましょうか」
「サムライロードはん、酒はありはります?」
「この二人を見て一杯でござるか?某も参加するでござるよ」
「お?なんだなんだ?新たな夫婦の誕生ってか?」
「初々しいっすねぇ」
「モビリオ、飯と酒、ワインをターンと持ってくるんじゃ」
「承知しました、ビーストロード様」
ビーストロードの遣いが他の遣いにも通達し、夕飯とワイン、酒が運ばれ、机に並べられた。
「二人の世界に入ってるとこ悪いけど、乾杯するわよ」
「……入ってない」
「……入ってないです」
二人が同時に言う。それを聞き、益々ニヤける覇王達。仕方なく、アイリスはオーバーロードの隣に腰をかけた。
全員の前にコップ、グラスが置かれ、ワインが注がれていく。アイリスには水が、イノセントロードとサムライロードには酒が注がれた。
「それでは、全員コップ、グラスは持ったわね?」
ドラゴンロードの言葉に全員が頷き答えた。
「じゃ、アイリスがオーバーロードの元に来たことを祝して、祝杯!」
全員がコップ、グラスを打ち付け合い、硝子音を響かせた。
「いや〜、全員で集まってこんなことするのはいつぶりだろうな?」
「さぁな」
エンペラーロードの言葉にオーバーロードは少し笑いながら答えた。
「今回は負けまへん」
「某に勝つつもりでござるか?無理でござるよ」
イノセントロードとサムライロードは酒を飲みながら駄々喋りをしている。
「皆さん、はっちゃけてますね」
「お前もはしゃいだらどうだ?」
「私はそういうの慣れていないので」
オーバーロードの言葉にアイリスは首を振って答える。
「そういや、気になってたんすけど、アイリスって何歳なんすか?」
デビルロードがオーバーロードに問いかける。オーバーロードはアイリスの方を向いた。
「えーっと…十六?」
「お、アイリス十六歳なのか……オーバーロードと二歳差か」
「十歳も行ってないと思っておったんじゃがな」
「身長小さいから気づかなかったんだろ。おいもそれぐらいだと思ってたしな」
「歳違いが少し気掛かりだったが、二歳差なら結婚出来るな」
アイリスが頬を軽く染める。オーバーロードはワインを飲み、グラスを机に置いた。
「そう結婚結婚って何度も言うな。そんなお前は妻いるのか?」
オーバーロードの問いかけにエンペラーロードは首を横に振り、否定した。
「居ねぇ。そろそろ欲しいところだが、出会いが無くてな」
「あら、私がいるじゃない」
「俺様がお前と?無いな」
即否定されて少し嫌な顔をするドラゴンロード。どうやら本気だったらしい。
「さっさと妻を作りゃあ良いじゃねぇか。今結婚してねぇのってエンペラーとドラゴンとオーバーぐらいだぞ」
その言葉にアイリスが驚いていた。
「インフェルノロード様も結婚されているんですか?」
「あ?あぁ、今日は連れてきてねぇが、結構美人なんだぜ。今度また連れて来てやるよ。お前も身なりを整えてもらえ。まぁ、素は悪くねぇがな」
インフェルノロードはそう言ってコップに入ったワインをグイッと飲む。
「何だか、皆さん私の容姿をよく言ってくれます。嬉しいです」
アイリスは褒め言葉に素直に喜んでいる。
「ホントのことだしな。おい、オーバーロード、勝負しようぜ」
「おいも参加させてもらうぜ」
「俺っちも参加していいっすか?」
「久しいのう。今までオーバーロードに勝ったものはいたかのう」
「記憶の中では居ないわね」
そんなことを言って全員話し合っている。アイリスは分からず、問いかけた。
「えっと、勝負ってなんですか?」
「ワインを何杯飲めるかっていう勝負だよ。自分はやめとくよ」
「アタイもやめとこ。一度体壊してるし」
「面白くないでござるな。酒ではあるが、某も参加するでござるよ」
「アイリス、実はね、オーバーロードはワイン二十五本は余裕なのよ」
「え、あれって本当だったんですか?」
「俺が嘘をつく意味が何処にある?」
オーバーロードはそう言ってグラスに入ったワインを飲み干す。
「今度こそ負けねぇ!」
「何度でも言ってろ。精々十本の腑抜けが」
「言わせておけば……絶てぇ勝つ!」
エンペラーロードはムキになり、ワインを注ぐことなく瓶ごと飲む。
「エンペラーロード様、それはちょっと危ない気がするんですが…」
「ほっとけ、あいつはああいう奴だから」
オーバーロードは確りグラスに入れて飲む。
そんな時、来客を迎えるようにドアが開いた。
「皆お久〜」
「あ?なんで来たんだ?」
インフェルノロードが言い放つ先には身なりがとても整った女性が茶色のロングヘアをたなびかせていた。
「丁度この国に用事があったから寄ったの……あと、ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「…その子、誰?」
女性はアイリスを見てそう言う。アイリスは椅子から立ち、女性の元まで歩いてお辞儀する。
「初めまして、私の名前はアイリスと言います。訳あってオーバーロード様の遣いになってます」
「そうなの?」
「遣いじゃねぇ、嫁だ」
インフェルノロードが訂正する。それを聞いてアイリスは俯く。
「え!?こんな小さな子が!?」
「十六歳だぞ、そいつ」
「え、嘘」
身長百四十センチぐらいで十六歳。流石に疑問にもなる。
この世界では十六歳を行けば女性でも最低百六十センチだ。それに比べてアイリスは百四十センチ。二十センチ差が開いている。
「可愛い子ね。わすはフロナ、フロナ・プロミネンス。宜しくね、アイリス・フロンティア・カセドラルちゃん♪」
フロナという女性はアイリスの手を取った。
「……け、結婚は…してないんですが…」
「別にいいんじゃねぇか?結婚するんだしよ」
結婚することを決めていないのにインフェルノロードはそんなことを言う。
「け、結婚は……し………したい…です…」
頬を紅くして言うアイリスにオーバーロードも釣られて頬を赤らめる。
「うわぁ、かっわいい〜。で?またイルノはワイン飲んでるの?」
「あぁ、今回こそはオーバーロードに勝つからな」
「無理でしょ、わすにも負けてるんだし」
「ばっ!言うんじゃねぇ!」
「恥ずかしがってる〜。おんもしろーい」
揶揄うフロナと恥ずかしそうにしているインフェルノロード。
「インフェルノロード意外とワイン弱いしな。アイリスは飲まねぇのか?」
「わ、私は結構です」
アイリスは俯き、拒否する。
その近く、オーバーロードが思い出し、少し笑いそうになっていた。
「ん?どうしたのオーバーロード?」
「いや、思い出し笑いをな」
「 ? 」
オーバーロードの言葉にドラゴンロードは首を傾げていた。
それを見てアイリスは一安心とため息をついた。
「フロナは参加しねぇのか?」
「参加していいの?それなら参加するよ」
フロナの言葉の後、アイリス以外の全員が頷いた。
「じゃ、お言葉に甘えよ」
そう言ってフロナはインフェルノロードのコップを手に取り、ワインを飲んだ。
「それおいのなんだが…」
「いいじゃない。他にコップないんだし。共闘ってことで」
「ならいいか」
インフェルノロードはフロナと手を組み、オーバーロードを討ち取ろうとする。
「何人束になろうと、俺には適わないよ」
オーバーロードはそう言ってグラスに入ったワインを飲み干した。
◇◇ ◇◇
散々飲み散らかした覇王達。インフェルノロードとフロナはベロベロに酔い潰れ、イノセントロードはほろ酔い程度、サムライロードは既に眠り、ドラゴンロードは竜と飲んでいる。エンペラーロードは酔い過ぎず、降参。ビーストロードとデビルロードは二人で競い合い、酔い倒れた。メモリーロードとコンケストロードは談話しながら飲んでいて、ルナティックロードとぺザントロードは寄り添って眠っている。
オーバーロードとアイリスは外に出て飲んでいた。アイリスは果汁水を飲んでいる。
「皆さん、酔ってしまいましたね」
「酔ってないやつも居るけどな」
オーバーロードはそう言ってワインを飲んだ。
「綺麗な夜ですね」
白く輝く月輪が大地を照らしている。夜空には煌びやかに輝く星々が浮かんでいた。
「いい夜だな」
「何だか、覇王様と出会った時のことを思い出します」
「まだ一日しか経ってないけどな」
オーバーロードと夕食を食べていた時、窓から夜空が見えていた。その夜空には今のような星が輝いていた。
「……楽しいですね」
「騒がしい夜だよ」
オーバーロードは笑顔で月を見ていた。
「………ほんと、あいつらと出会った頃を思い出す。あの頃も、こんな夜だったっけな」
黄昏ているオーバーロードが何処か嬉しそうで、寂しそうだった。アイリスはそんな顔を知っている。昔、そんな顔をした者を覚えている。
「……なんか、兄さんに似ています」
「…兄さん?」
「はい、もう、死んでしまいましたが……」
アイリスは俯き、悲しそうに言う。オーバーロードは呆気に取られた顔をした後、アイリスの頭に手を置いた。
「そう悲しい顔ばっかりするな。きっと、俺と出会えたのもその兄さんのお陰だろうな」
「……そうだと、いいですね」
その後、アイリスとオーバーロードは月を眺めた。
「……実はな、アイリス。お前の……」
オーバーロードはそこで口篭り、言葉を詰まらせた。
「…どうか、しましたか?」
アイリスは少し不安になり、オーバーロードの顔を覗き込んだ。悲しい顔がそこにはあった。
「いや、なんでもない。そろそろ戻るか」
「 ? そうですね」
アイリスは疑問に思ったが、追求することなく返事を返した。
──お前のお陰だ、クロイラ……
オーバーロードは何かを告げるように月輪を見た。そして立ち上がり、アイリスと一緒に部屋に戻った。
酔い潰れた皆を部屋まで運び、一段落着いたオーバーロードとドラゴンロード、アイリスは一緒に片付けを始めた。
「これで最後。なんとか片付いたな」
「そうね。意外と散らかってたわね」
「時間もかかりましたね。ようやっと終わりです」
三人は椅子に座り、疲れをため息として吐き出した。
「俺も、そろそろ寝るとしよう。流石に眠くなって来た」
オーバーロードはそう言って立ち上がった。
「私も行きます」
オーバーロードに釣られ、アイリスも立ち上がった。ドラゴンロードも眠くなったと欠伸をしてから立ち上がった。
各部屋に入る。オーバーロードとアイリスは同室だ。
オーバーロードはベッドに座り込み、横になる。
「今日はドッと疲れましたね」
「そうだな。お前も早く寝ろよ」
「はい」
オーバーロードはそれを告げると、颯爽と眠りについた。
アイリスは朧月エクリプスを鞘から抜き、剣身を眺める。
「………少しでも練習しよう」
アイリスはオーバーロードを起こさないように部屋を出た。
現時刻は下弦三刻、深き夜に入っている。アイリスは眠たさをあまり感じていなかったため、鍛錬に勤しむ。
「ふっ、はっ、やあ!」
目を瞑らずに剣術能力を上げる。アイリスの今の目標だ。
「やっぱり、少し動きが鈍いですね。あ、敬語が定着してる」
独言を発する時はいつも敬語は抜きにしているアイリスだが、敬語が様になったのか、独言でも敬語を使うようになっていた。
「まぁ、いっか。腰の動き?腕の振り早?」
アイリスは動きを確認しながら武器を振る。
「少し、弱いかな」
アイリスは両手ではなく片手でエクリプスを降り始めた。
「はっ!やっ!」
風を切る音が深夜に鳴る。その時、夜風が草木を揺らし、アイリスの長い髪を撫で下ろした。
「気持ちいい。やっぱり夜、好きだな」
アイリスはそんなことを思いながら武器を見ていた。
その近く、地面の草を踏む、足音が鳴った。
最後の人が気になりますね
何事にも励むのは良いことですが、深夜には程々に